第03話 わたしの個性ってなんだろう

「うちは、あきらはるいうたじゃろ、ほいでこの幼児っぽいのがへいなる、見た目も中身も優等生なのがおおとりせいじゃ」

「ナルハぜんっぜん幼児っぽくなんかないし! ちょっと背がちっちゃいだけだもん」

「わたくしも別に優等生ではないですよ。そもそもそのような表現自体が相対的……」

「分かった分かった。二人の頭の中ではそがいなっとると、思っといてやるけえね」


 現在は業間休み。二時限目と三時限目の間にある、他の時間より五分長い休憩時間だ。

 この仲良し三人で、りようどうさきに天王台第三中学校の校舎内を案内しているところなのである。


「よろしくね、大鳥さん、平家さん」


 和咲は笑顔で小さく頭を下げた。


「おーっ、そんなふにゃっとした顔で笑うんだねえ。さっきまではカッチコチだったのにい」


 平家成葉がからかった。


「わたしね、緊張しやすいから、最初がとにかく苦手なんだよね。それで前の学校でも、無視されちゃってて。……でもこの学校はいい感じの人が多そうで助かった。こうやって声も掛けてもらえたし」

「でもまあだ堅苦しいよお、アサにゃん」

「ア、アサにゃん?」


 和咲は自分の顔を指差した。


「だってアサキでしょ。アサにゃんじゃん」

「……何故、にゃん……まあいいや、それより、そりゃあ堅苦しくもなるよ、まだ転校初日だよ」

「すぐ慣れるよ。あらためてよろしくねアサにゃん」

「こちらこそ」


 廊下を歩き続ける四人。

 和咲は、もちろん案内されるまま校舎内もしっかり目に入れていたが、それ以上に、この三人へと注意が向いていた。


 あきらはる

 いつもほがらかで嫌味なところがなさそうで、一緒にいるだけで元気を貰えそうだ。


 おおとりせい

 おっとりして物腰も柔らかいが、内面から意思の強さを感じる。

 長い黒髪が、とっても綺麗だ。

 やはり、どこかの社長のお嬢様なのだろうか。


 へいなる

 背丈といい喋り方といい、なんだか幼く思えてしまうけど、芯はしっかりしてそうだ。

 自分のことをナルハって名前で呼んでたけど、うちとか、わたくしとか、いってる子と一緒にいるもんだからあまり気にならないや。

 それよりなんだアサにゃんって。


 三人は同じクラスの仲良し組、ということらしいけど、

 仲良し、といっても……


「なんか、個性的だなあ、みんな」


 いままで普通に普通にと生きてきた和咲であるが(結果的に日影族ではあったが、だからこそだ)、こうまで個性さらけ出して堂々しているのを見ると、ちょっと憧れてしまう。


 ちょっと真似したくなってしまうけど、でも、わたしの個性ってなんだろう。

 わたしが個性開放したら、どんなになるんだろうか。


「個性的? まあ、うち以外の二人はそうかもな。ほじゃけど、もっと凄いのがおるけえね」

「え、他のクラスに?」

「いや。うちらのクラスじゃ」

「えーっ。それっぽい人なんて教室にいたかなあ」

「じゃけえさっきは……お、さっそく発見!」


 明木治奈が、びしっと前方を指差した。


 肩を怒らせズボンのポケットに両手を入れて歩く、いかにもといった長い茶髪の男子が二人。

 うち一人が、反対から歩いてくる気弱そうなひょろっとした男子にぶつかった。


 どう見ても、ぶつかったのはわざとだろう。

 ひょろっとした気弱な男子は横へとずれて、壁際ぴったりくっついていたくらいだというのに、追うように軌道修正して激しく肩を当てたのだから。


「いてえだろが!」

「邪魔だろ!」


 怒鳴り凄む不良たちの剣幕に、


「す、すみませんっ」


 ひょろひょろ気弱男子は、肩を小さくして頭を下げた。


「凄いっていっても、なんだ男子かあ。というかっ、それどこじゃないでしょっ! どど、どうしよう!」


 和咲が突然おろおろと慌て始める。


「ええからええから。うちが指さしちょるのは、そいつらじゃのうて……」


 そいつらじゃのうて、一人の女子生徒である。

 廊下の向こう側から、歩いてくる。


 肩を怒らせて、ぶっ殺したるぞといった狂暴そうな表情を満面に浮かべて、ずんずんと。

 うっすら茶色掛かった髪の毛をポニーテールにしており、顔の造作も可愛らしいのであるが、その表情で全部が台無しである。


 女子生徒は不良たちへと近づくと背後から突然、


「邪魔なのはてめえらだろ! 失せろや、このゴミカスが!」


 ビリビリ空気を震わせる、とんでもない大声で怒鳴った。


「うわ、あきかず!」

「くそっ、いい気になってんじゃねえぞお!」


 振り返って相手が誰だか認識するや、二人はそんな捨て台詞を吐きながら、そそくさと逃げ出した。


 ひょろっと気弱男子は、昭刃和美に軽く頭を下げると、すっかり気が動転しているのか不良二人と同じ方向へと走り去っていった。おそらくこの後、タコ殴りにされるのであろう。


「いつでもかかってきやがれってんだよ」


 けっ、と吐き捨てるように前方を睨み付けると、「ああかったり」などといいながら、廊下のど真ん中にスカートも気にせずどっかりあぐらかいて座り込んだが、次の瞬間、


「あたっ!」


 その頭をペシリと引っぱたかれていた。


「あなたも充分に邪魔です!」


 大鳥正香が叩いたのである。


「いってえなあ。……なんだ正香か。ぽかぽか気安く殴んじゃねえよ、もう。バカになったらどうすんだよ」

「そのようなことを気にするくらいなら、はじめから殴られるようなことは謹んで下さい!」

「は、はいっ……すみません、善処しますっ」


 昭刃和美、たじたじである。


「それよりも、授業はちゃんとを受けなきゃだめでしょう」

「面倒くさくてさあ。あたし学校は好きだけど勉強は嫌いなんだよな」


 自分の頭をさすりながら、和美は気怠そうに立ち上がった。


「せめて席にだけは座って、じっとするのが耐えられないならノートに落書きでもしていてください。本来しっかり勉強をすべきですが、まずは教室に入る、着席する、というところから覚えていきましょう」

「サルみたいに……。分かった、分かったよもう。教室にいけばいいんだろ」


 と、ここで和美は初めてりようどうさきの姿に気がついたようで、「ああ?」と睨んだ後、ちょっと表情やわらげて、頭から足先までじろじろ好奇の視線を送る。


「なに彼女、よその学校の制服着てて、ひょっとして転校生? あ、ひょっとしてうちのクラス?」

「ほうよ。うちのクラスじゃ。すごい面白い子なんよ。挨拶の時もみんな大爆笑じゃったわ」


 明木治奈が楽しげに語る。


「いや別に面白くないんですが。……勝手に先入観を与えるのはやめてもらえますかあ」


 突っ込む和咲。


 なんかギャグやれとか、無茶振りされたらどう責任とってくれるんだ。


「そっか、転校生か。あたし昭刃和美。よろしくな」


 和美は手を差し出した。


「令堂和咲、こちらこそよろしく」


 ガラはとてつもなく悪そうだけど、一応弱者の味方みたいなことしてたし、かっこいいかも……


 などと思いながら、和咲も手を伸ばした。

 と、その瞬間である。


「パンツ何色じゃああああああああい!」


 昭刃和美の手が、和咲の手をすり抜けるように急降下して、スカートの裾を掴んで思い切りまくり上げたのである。


「わあああああああああ!」


 と悲鳴を上げながら、和咲は両手でスカートを押さえつけた。


「やめてください! 中学生だし白に決まってるじゃないですかああああ!」

「自分でいう、それ? 白に決まってるとはいえ」


 ははっと和美は笑った。


「実は、うちも去年、あれやられたんよ」

「知ってる。確かハルにゃんは黒いパンツだったんだよね」

「履いたことないわ!」


 なるほど、エロ不良なのか。

 治奈たちの会話を聞きながら、屈んでスカートの裾乱れを確認しながら、破廉恥なことしておいて平然としてるその顔を見ながら、令堂和咲は思った。


「ん? どしたあ? あたしの顔になんかついてんのかあ?」

「『さっき、よろしくっていった時、やっぱり漢字で夜露死苦って思ったのかなあ』だそうじゃ」


 治奈が勝手に代弁だ。


「そんなこと思ってないよ!」


 和咲と、和美は、声をぴたり合わせ、治奈をぎろりんと睨み付けた。


「おー、ハモった。……リョウドウって、珍しい苗字だよな。漢字でどう書くの? あとアサキも、教えてよ」


 昭刃和美が尋ねる。


「律令のリョウに、お堂のドウ、昭和平成のワと書いてアと読んで、花が咲くのサキ」

「リツリョーとか、勉強嫌いなあたしをコバカにしやがって。……ん、あれ、あたしも昭和平成のワだから、被ってんじゃんかよお」

「あ、ああっ、そうだねえ」


 和咲は、ぽんと手のひらを叩いた。


「紛らわしいから、お前、改名しろよ」

「ええっ、そんな無茶苦茶なあ!」

「冗談冗談。あらためてよろしくな、和咲」


 昭刃和美は後頭部に左手を当てながら、右手を差し出した。


「よろしくね、昭刃さん」

「和美でいいよ」

「じゃあ、和美、ちゃん……」


 和咲は恥ずかしそうに微笑んだ。


 ……改名しろやと、和美は冗談でいっただけかも知れないが、確かに和咲と和美は紛らわしい。

 これから文中では、なるべくカタカナで表記することにしよう。


 それはさておき、和咲と和美、いやアサキとカズミの二人は、ぎゅっと握手をかわしたのであるが、


 いや、

 ぎゅっ、ではない、ぎゅぎゅっ、ぎゅうううううううう!


「いたっ! いたたたたたたっ! つ、強いっ、強く握りすぎだってばあ!」

「これが男同士の握手だあ! おりゃあああ!」


 ぎゅぎゅぎゅぎゅう!


「男なのカズミちゃんだけでしょっ! いたたたた骨が砕けるうう!」


 これまで転校のたびに友達作りに失敗して、なんとも寂しい学校生活を送ってきた令堂和咲。

 しかし今回はこのように、初日にして四人の生徒と仲良くなってしまったのである。


「死ねええええええ!」

「いたーーーっ! やあめてえええええええ!」


 仲良く……かな?

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