第01話 どの面をさげて
場内には、入り切れないほどの人々が集まっている。
が、熱気喧騒とは、無縁どころか正反対の粛々たる空気。
ここがどこであるかを考えれば、当然だろう。
大人たちはみな、黒い上下に身を包んでいる。
生徒と思われる子供たちは、ほとんどが同じ制服姿。
その学校制服たちの中には、
彼女は今、焼香をしているところだ。
お経と木魚を打つ音の中、焼香台の前に立っている。
礼をすると、抹香を摘んだ。
隣には、
二人は、手を合わせ、礼をし、下がり、仏の遺族たちへと礼をする。
入れ替わりに、次の生徒たちが二人、立ち上がって焼香台へと向かう。
告別式である。
先日亡くなった、
式場の奥に、花々に囲まれて桐の棺が置かれている。
既に納棺されており、仏と対面するための小窓も閉じられている。
花束を敷き詰める作業も、スタッフによって完了済だ。
遺体が、あまりにむごたらしいためである。
殺害、されたのである。
首を切断されて、なおかつ、その顔からは眼球が二つともくり抜かれていた。
そんな、ショッキングな殺され方で。
現在、首は胴体に縫い付けられており、目にも義眼がはめられている。
だからといって、姿を晒すのもどうなのか、そもそも恐怖に歪み切った顔を生徒さんに見せるのも、情操上どうなのか。そんな、遺族の意向配慮によるものとのことだ。
死後五日。
発見されてから、三日。
殺害現場は学校の中。
自身の城であるはずの、校長室で殺されていた。
発見者は
教員であり、メンシュヴェルトメンバーである。
もっと有り体にいうならば、樋口校長の片腕、メンシュヴェルト活動における参謀である。
先日、須黒先生の自宅に、ヴァイスタが出現した。
メンシュヴェルトのサーバーへの、通信が拒否されていたためである。
そのことについて相談しようと、早朝の校長室を訪れて、死体を発見したのだ。
リヒトに牛耳られている可能性もあるとして警戒し、これまでメンシュヴェルト上層部への接触を避けていた須黒先生であるが、こうなっては是非もなく、ことを報告するしかなかった。
過去に何度か会ったことのある、幹部の一人、
彼は、ショックを受けた後、憤った口調で、「全力をあげて調査をする。同朋を殺した者を、必ず捕まえてやる」といっていたらしい。
らしい、などと不確定なのは、アサキにとってすべて須黒先生から聞いたことだからだ。
須黒先生は、こうもいっていた。
メンシュヴェルトの幹部たちは、このことを知っていたのではないか。
加担したのか、率先したのか、容認したのか、黙認したのか、そこまでは分からないけれど。
樋口校長が殺されたのは、色々と知り過ぎてしまったことと、なおも知ろうとしていたこと。加えて、リヒトに対して少し敵対的で、あり大いに懐疑的だったから。
そこを、アサキたちの精神を不安定に追い込むための、玩具として利用されたのではないか、と。
そういわれてみれば確かに、この葬儀のやり方についても、そう思えてしまう。
アサキは、以前、校長から聞いたことがある。
異空で死んだり、あまりにむごたらしい死体は、行方不明として処理されて、組織の中だけで葬儀する、と。
不可解な死体があちこちで上がったら、人間の社会が混乱崩壊するからだ。
だというのに、この一般葬。
組織の中での秘密葬ではない。
先日の、
応芽の時には、遺体のない不可解さがメディアに取り上げられて多少騒がれたし、今回の樋口校長に関しては、むごたらしい殺され方をしたことを、まったく隠してもいない。
ぜんぶ裏で、
あえて、世を乱れさせようと。
至垂にとっての、超ヴァイスタ有力候補がアサキであることは、本人の暴露によって分かっている。
だからといって、他から第二のアサキが出るのなら、それはそれで大歓迎であろうし。
と、これらの話は、
この葬儀場へと向かう道の途中で、須黒先生が悔しそうに唇を噛みながら、話していたこと。
あえて大きな話に持っていくことで、辛い気持ちを、はぐらかそうとしているのではないだろうか。
アサキには、そうも感じられた。
第三中は、組織の非戦闘員つまり背広組が、たった二人しかいない。いや、いなかった。
だから二人、須黒先生と樋口校長は、いわば唯一無二のパートナーとして、何年も活動してきたのだから。
メンシュヴェルトの末端は、戦闘員が少女に限られることから、利便性を考えて中学高校を中心としたものになる。が、指揮する大人つまり背広組の数は、少ない。
無駄に人数を置いても、極秘裏に動けなくなってしまうからだ。
従って、異動や交代も慎重だ。
なんらかのアクシデントがない限り、ずっと同じ顔合わせで、仕事をすることが多い。
人数の少なさにしても、配属の長期傾向にしても、より顕著なのが天王台第三中学だ。
樋口校長は、十年前から。
須黒先生は、六年前から。
気の置けない、信頼し合えるパートナーに育っていただけに、今回の件は、辛さ並大抵のものではないだろう。
転入からまだ半年しか経っていない自分ですら、ショックで夜通し大泣きしたのだ。
須黒先生は、その百倍も千倍も辛く悲しいだろう。
そんなことを考えながら、アサキは、治奈と一緒に戻り、パイプ椅子に座った。
先に焼香を済ませている、カズミや祥子のいる近くに。
ふう。
アサキは、微かなため息を吐いた。
最近、葬式続きだ。
しかし、
正香は、幼少期の家庭内殺人という過去を、引きずった挙げ句、絶望からヴァイスタ化。昇天つまり処分された。
成葉は、そのヴァイスタ化した正香に、顔と内臓を食われ死亡した。
応芽は、魔道着を制御出来ず暴走させてしまい、自分の作り出した妹の幻影に刺されて消滅。
そして今回の、樋口校長の死。
すべて魔法使いの活動が絡むところではあるため、仕方がないことかも知れないが。
でも、
でも、
酷いよ。
悲し過ぎるよ。
あまりにも、残酷過ぎる。
ちらりと、前の席に座っている須黒先生の、小さくなっている背中を見たら、また奥から込み上げて、く、と呻いた。
じわり涙が染み出して、人差し指で拭った。
そんなアサキを見ながら、カズミが申し訳なさそうな表情で、
「悪いけど、もうあたし泣けないや。なんだかすっかり、感覚が麻痺しちゃって……」
言葉途中で、びくり肩を震わせた。
アサキが、
うー、うーー、と呻きながら、
ぼろぼろ、ぼろぼろ、大粒の涙をこぼしていたのである。
「どうしてお前は、そんなに真っ直ぐなんだよ」
カズミは苦笑しながら身体を伸ばし、なおもえくえくと嗚咽の声を上げるアサキの肩を、優しく抱いた。
と、そのカズミの視線が、すっ、すっ、と注意深く動いた。
アサキと反対側に座る祥子の肩が、ぴくり震えるのに横目で気付き、続いて、祥子がなにに肩を震わせたのか、視線を追ったのである。
振り向いたカズミの、視線の先にいるのは……
グレーのスーツ。
内側からはち切れそうなほどに筋肉のみっしり詰まった、大柄な体躯。
オールバックにした髪の毛。
野生的とも知的とも、どちらとも取れる容貌の、男性。
会場へと、入ってきたばかりのようだ。
カズミは、アサキを抱いた腕を解くと、椅子から立ち上がった。
グレーのスーツ、至垂徳柳へと向かった。
なにか一言、いってやる。
そんな、不満と憤りをたっぷり詰め込んだ顔で、睨み付けている。
今回の件について、直接の指示を出した本人かは分からない。
だが、無関係とは思えない。
まったく知らないはずは、ないだろう。
問い詰めようとも、ボロを出すことは決してないだろうが。
それでも、一言、なにかいってやらなければ、気が済まない。
一触即発の気配ぷんぷん漂う、そんな、険しい顔のカズミ。
導火線に火を着けたのは、「ああ、いたの?」といった感じの、飄々というかのんびりとした、至垂の表情であった。
ぶつ
カズミの血管が切れていた。
強く、踏み出し床を踏み付け、怒りの形相で口を開こうとした、その瞬間、
「命を弄んで楽しいか!」
怒鳴り声。
アサキである。
カズミの脇を後ろから抜け、アサキが、至垂へと詰め寄っていたのである。
「魂を、生命を、バカにして楽しいか!」
周囲が、ざわついていた。
敵意を向けられた当の本人は、どこ吹く風であったが。
どこ吹くどころか、このような粛々とした場において、不自然なほどに、楽しげな笑みを浮かべていた。
宣戦布告をした身であるから、底意地の悪さを隠す必要もない。など単純なものかは分からないが、その表情に、アサキはさらにカッとしてしまい、腕を振り上げ、言葉にならない言葉を怒鳴り続けていた。
「やめなさい令堂さん! やめなさい!」
須黒先生が、アサキを背後から羽交い締めていた。
なだめようと、抑えようとされるほど、アサキ猛然と反発。身体をよじり、暴れさせ、身体がままならないまでも視線を、敵意を、恨みを、至垂へと向けた。
恐ろしい顔で、睨み付けていた。
「令堂さん!」
「せ、先生が、先生がっ、一番辛いんじゃないかあ!」
大きな声でそう叫ぶと、アサキは、ぷしゅうと破裂した風船になり、床に縮んで座り込み、大声で泣き始めた。
「なにやら、わたしへの誤解があるようですが……いずれにしても、ここの校長は、生徒にも教師にも、こんなに慕われていたのですね」
グレースーツの大柄な男性は、低いがどことなく女性的な甘い声を出すと、寂しげに、苦笑をした。
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