第14話 検討

 釈然としない気分を抱えたまま、九龍頭は登美子に案内された部屋に入る。椅子に座り、はらりと広げたメモ帳に書き殴るようにボールペンを走らせる。

 ほぼ衆人環境下で事件は発生した、当然の如く発生時刻には皆に不在証明アリバイがある。そもそも、何故和馬は殺害されたのか。一体。九龍頭は同じ所を何度も彷徨っている気になってしまう。本当に、あれは黒柳紫苑という人形作家の磁器人形による呪いなのだろうか……?

 何度も自問自答を繰り返す中、何回か入り口の扉が叩かれていたようだ。我に返った九龍頭は生返事をする。

 扉の向こうには、薬師寺美沙絵が立っていた。手にはティーポットとカップが持たれている。


「先程のお礼に、私がお紅茶を淹れて差し上げますわ」

「えっ、先程戴きませんでしたか?」

「そういう事は気になさらないで」


 九龍頭の前で紅茶を淹れる美沙絵。やはりやや疲弊している感じがする。九龍頭は目を逸らして小さく頭を下げた。


「あ、奥様はあの黒柳紫苑という人形作家はご存知でしたか?」

「えぇ、存じ上げておりますわ」

「あはは、なんとも私は不勉強なもので、そんな人形作家さんがいらっしゃる事を全く知りませんでしたよ」


 くすくすと美沙絵は笑った。


「九龍頭さん、何だか不思議な方ですわね」

「何がでしょうか?」

「何というか、何だか何でもお見通しでいらっしゃるような。その綺麗な瞳のせいでしょうか」

「奥様、煽てても何も僕にはありませんよ?」


 九龍頭はからからと笑いながら一口紅茶に口を付けた。


「美味い」

「九龍頭さん、ご存知?お紅茶と日本茶の違い」

「そりゃあ、見た所全く違いますがね」

「同じなんですわよ。違うのは発酵時間だけですの。緑茶を発酵させると、まず烏龍茶、それから更に発酵させるとお紅茶になりますのよ」


 九龍頭はほぉ、と感心したような声を出した。


「そうなんですか!こりゃ凄い」

「九龍頭さんとは、お話が合いそうですわ」

「あはは、僕は全くの下戸でしてね。紅茶は酔いませんから」


 九龍頭は訊いた。


「和馬さんとは……」

「そりゃショックですわ。私の息子ですもの」


 美沙絵の瞳がやや潤む。九龍頭は項垂れる美沙絵に訊いた。


「しかし、和馬さんは随分と女性がお好きな感じがしました」

「……」

「以前、和馬さんに言い寄られたりは?」

「……ありましたわ」


 九龍頭は美沙絵に顔を向けた。美沙絵は遠くを見るような目で1点を見つめている。


「私は確かにクラブで働いていましたから、そういう事も慣れておりますから、それは和馬さんもご承知のことでしたからね?」

「やはり、貴女は大人の女性ですね」

「無駄に歳をとっただけですわ」


 九龍頭と美沙絵は顔を見合わせて笑い合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る