第9話 凶兆
和馬の部屋には空になったウイスキーの瓶がごろごろと転がっていた。片付けるという概念がやはり彼には欠落しているのだろう。瓶ごとウイスキーをぐいと吞んでは袖で口を拭う。
「親父が変な死に方したんだぜ?吞まないとやってらんないよ」
井筒警部は肩をすくめる。多分薬師寺暢彦が死ななくてもしょっちゅう吞んでいるのだろう。
「いやぁ、僕は下戸でしてね。酒でも吞めれば厭なことも少しは忘れられるのかな、なんてたまに思ったりするんですよ」
九龍頭は言った。ちらりと九龍頭を見ると小馬鹿にしたように鼻を鳴らして笑うとまたウイスキーを吞んだ。
「美沙絵さんや親父にとっての精神安定剤みたいなもんさ。酒は百薬の長、薬なんかより余程健康的じゃないか?」
九龍頭は笑った。さて、と頬を張って和馬に向き直ると訊いた。
「ところで、話は変わりますがお母様はどういった方でしたか?亡くなられた」
「優しい母さん……とは言い難かったかもな」
和馬は昔を思い出すようにして言う。
「俺と姉さんはね、あの女の所有物でしかなかったみたいだぜ」
「と、いうのは?」
九龍頭は訊いた。堅い笑顔を貼り付けたようなぎこちない笑いを浮かべ、和馬は続けた。
「姉さんはそれなりに綺麗だろ?俺はまぁ、こんなだよ。あの人は俺には全く興味がなかったんだよ。そりゃあもうひでぇもんだ。姉さんにはしょっちゅう買ってきたケーキをあげてたのに、俺にはなかったしよ。そりゃこんな捻くれるよな」
和馬は自分自身にそれなりにコンプレックスがあるらしい。それを紛らわすように外でも家でも浴びるように酒を吞み、自分を膨張させる。
「薬師寺暢彦さんは……」
「俺は本なんて読まないからな、あの人が凄いかどうかなんて判らない。ただ、金持ってるなってだけ」
くすくすと笑う和馬。
「美沙絵さんも、それに惹かれてあれと結婚したんじゃないのかな?美沙絵さんはま~美人だよ。そういや、あの人昔は銀座のクラブにいたみてぇだよ。そんな感じだよな?見た感じ」
だいぶ酔ってきているのか、和馬はしゃっくりと欠伸を繰り返しはじめた。大した話は訊けないかもしれないと思い始めた九龍頭と井筒警部は、一言おやすみなさいと告げて部屋を出た。
「こっちも、どうしようもない感じがしますな」
「はぁ、ははは」
九龍頭は誤魔化すように笑った。次は薬師寺美沙絵に話を聞こうと膝を叩いた。
「おや、兼末さん」
「奥様に御荷物が届いた模様ですわ」
「あ~、それなら我々が持って参りますよ。ちょうど、奥様にお話を伺いたいもので」
九龍頭と井筒警部は登美子が持っていた段ボール箱を受け取った。登美子に手を振ると、九龍頭と井筒警部は美沙絵の部屋に向かう。
「差出人不明とは……」
小さく呟くように九龍頭は言った。井筒警部から箱を奪うと耳を当て、中の音を確認した。特にこれと言って音はしないようだ。
「奥様、お話を宜しいですかな?おぉそうだ。今し方お届け物がありましたよ?」
井筒警部は部屋の外側から中に声をかけた。些か疲れたような美沙絵が顔を出す。美沙絵は二人を部屋に迎え入れた。
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