第3話 偵察
一夜明けた次の日、夜明けとともに目覚めた風渡りは昨日梅に呼び止められて進むことの出来なかった場所へと行くことに決めた。
薄暗い部屋から出てまだ肌寒い廊下を歩く、向かいのふたりを起こしてしまわないか心配だったが、熟睡しているらしく杞憂に終わった。
外に出ると冷たい空気が撫でる、住民の気配はなく静寂だけがあった。目的の場所へと足を向ける、建物と建物の間、鬱蒼と草木が覆い茂った場所、奥を覗き込んでみても草木ばかりで何も見えない。
風渡りは躊躇うことなくその奥へと草木を両手でかき分けながら足を進める、葉がちくちくと当たって煩わしい、しばらく歩いていくとぽっかりと開けた場所に出た。
空間を独り占めするかのような巨大な建物があった。背の高い木がなければ里からこの建物は見えたはずだし、里よりも先にこれを見つけていれば森のなかにぽつんと謎の建物があると思っただろう。
近づいてみると扉の鍵は頑丈なもので出来ていて鎖でぐるぐると巻かれている、視線を上げると本来窓であるはずの場所には幾重にも木が打ち付けてあった、一番下に打ち込まれている板は腐食してボロボロになっていたが、その上からまた別の新しい板が幾重にも折り重なっている。
中の様子が気になるがこれでは見ることは出来ない。建物の横に回ってみてもどこの窓も同じように打ち付けてあった。
周りに何かないかと視線を動かすと、建物から少し離れたところに土が山なりになっている場所を見つけた。近づいて上の土を払って息を飲む、なにか白いものが見えてさらに土を払った、出てきたそれをゆっくりとそれを引き上げると正体が分かった。頭蓋骨だ。幾つもの擦り切れた跡が残っている、まるで噛んで肉をそぎ落としたような...、しかもこの形は獣ではない、人か、獣人のもの。
「一体何が…」
独り呟いて、その白骨を土へと戻した。もっと情報が欲しい。
建物の裏側へと回って目を見開く、建物の壁に陣を描くようにお札が何枚も張られている、封印の陣だ。これが出来るのは風渡りしか居ない、ただもう何年も昔のもので力は微弱、持ってあと数週間というところ。
でも何故封印を?首を傾げる。これは単なる一時しのぎでしかない、こんな何時破られてしまうかもしれない曖昧なことを普通風渡りはやらない、嫌な予感がして胸がざわざわする。この封印を破ることは簡単だが何が隠されているのか分からずに開けるのは危険すぎる。とんとんと壁を軽く叩いてみると中からか細い音が遠慮がちに叩き返してきた。
「中に誰かいるのですか?」
話しかけるとまた弱々しいノック音が返ってきた。中にいるものは喋ることが出来ないのかもしれない、だが大量の札で隔離されている何かが叩き返しているのか、何らかの理由でここに押し込められた者がいるのか、音だけでは判別出来ない。
住民は何か知っているはずだが口を揃えて平和だという。封印されているから平和だと言っているのか、それほどにまで秘匿しなければならない何かがここにあるのか。
「風渡り様、そんなところで何をしているんですか?」
声がして振り向くと鋭い眼光が風渡りを貫いた。若君だ。
「偵察を」
手短に答えた、探ることを許可したのは彼だ。
「そこはただの物置です、あなたが興味があるようなものを置いてあるとは思えません」
「封印の陣が敷かれています。普通ではない」
「以前ここに来た風渡り様が手土産においていったのです。それだけです」
口元に笑みを浮かべたが目が笑っていない。今の会話で何かを隠していることを核心した、同時にこの件に関して何も話さないだろうということも。
里の者に気づかれないように慎重に行動したほうがいい、ここは1度納得したふりをして引き下がろう。
「若様!!」
そこへ男の声が割って入ってきた、年若い男が急いだ様子で走ってくる。
「どうかしたのか?」
「はい」
頷くが風渡りが気になるのか、不安そうな視線を寄越す。
「私のことは気にしないで言ってください」
それでも不安げな表情は消えずに若君に視線を向ける、若君はどうぞと男に話を促すと、彼は頷いて口を開く。
「人が、若様に話しがあると」
「分かった、すぐに向かおう」
口調はいつもと変わらなかったが、その瞳に敵意のようなものが宿ったのを風渡りは見逃さなかった。
梅や柚子を受け入れていたので、人と獣人の争いとは無縁なのかと思っていたがそうではないらしい、若君は男と共に来た道を戻り、風渡りもその後を追いかけた。
里の中央は、来た当時の穏やかな獣の里とは思えないぴりついた空気が漂い、獣人だかりが出来ていた。静かだが敵意の篭った視線を向け、牙からぐるると声が漏れているものもいる。その中心に数人の人の男が居た、彼らの敵意に負けず劣らず全身から敵意が溢れていた。
「長は何処にいる!長を出せ!」
背が高く肩幅の広い男がだみ声で叫ぶ、彼ら人が獣人を見る目は妖を見る目となんら変わりない。
「長は所要で居ない、代理で僕が聞きましょう」
静かな口調で若が言う。
「てめーじゃ話になんねーんだよ!!」
「私が聞きましょう」
風渡りが若君の前に出た。
「じょーちゃんはひっこんでな」
男は大声でがなり立て、子供は怯えて後ずさった。
「あの子は獣人じゃねぇ。風渡りだ。ひっひひ、にしても風渡りは野朗でもお綺麗な顔をしている奴が多いと思ったが、女はその非じゃねぇな」
下卑た笑いを浮かべたのは隣に居た男。風渡りは人と獣人を超越したものだといわれているが、この者たちにとってはなんてことない種族なのだろう。
「話す気はありますか?あなた方の口から話したくないとおっしゃるのなら、そちらへ出向いて話を聞きましょう」
「はっ、いいぜ。風渡りが居るなら好都合だ。俺らが言いたいのは、村の子を返せってことだよ!!野蛮な獣は村の子供を攫ってってんだよ!!」
野蛮なのはどちらの口調か、だが子供が居なくなるというのは聞き捨てならない。
「何かそっちに困ったことがあったらすぐに俺たちのせいにする。野蛮なのはどっちだ」
風渡りが詳しい話を聞く前に別の声が割って入った。宴会の席で風渡りに椅子を勧めた肩幅の広い男だ。
「ざけんなっ!!獣のやつらが子供を連れて行ったっていう目撃証言があるんだ!!おい、やっぱ話ても無駄だ。話し合いなんて止めだ!かたっぱしから探せっ!!」
男が声を荒げると、周りの男が「おお!!」と声を張り上げてそれぞれに散っていこうとする。子がいなくなったことで彼らの気が立つのは理解できるが、これではあまりにも一方的すぎる。盗賊とやり方が変わらない。
「いい加減にしなさい」
風渡りが意思を持って足を地面にこすり付けるのと同時に風が巻き起こり男たちを上へと吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
彼らはばたばたと折り重なって地面へと落ちた。
「てめっ、獣の味方なのかよっ!風渡りのくせに!」
「私はどちらの味方でもありません。けれど話が出来なければなんの意味もない、今話にならないのはあなた方のほうです。私がきちんと話しを聞きます、思うところはあるでしょうがあったことだけを伝えなさい」
感情に任せず淡々とした口調に男たちは静かになっていく。
「………分かった、話そう」
「2つの意見が衝突しないように獣の里の皆さんとは離れた場所で話しましょう」
人の男たちは静かに頷いた、風渡りが男たちを連れてこの場から居なくなるのを、獣人たちは静かな敵意を込めたまま見送った。
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