鬼護の石

片喰藤火

鬼護の石

鬼護の石



 昔々、京から遥か東へ行った所にある総の国に伝わるお話です。

 総の国のとある村には鬼が一匹住んでいました。

 その鬼は怖い顔つきをしていますが、心根が優しく、決して人を喰ったりはしません。


 言葉は喋れませんが、身振り手振りで意思を伝えることが出来たので、

村人達とも仲良く暮らしていました。



 鬼はその土地の梨が大層好きなので、村人の畑仕事を手伝うなどをしては、

梨の実が実る頃に沢山梨を恵んで貰ったりしていました。

 その年も梨の花が咲き乱れ、丘の上にある大きな石の上から一面に咲く白い梨の花を見るのも好きでした。

 今年も梨の実が沢山実るでしょう。

 鬼はとても楽しみでした。


 そんな頃に朝廷から御触れが出ました。

 京の都を荒らし回っていた鬼達が、総の国周辺にまで逃げてきたから見つけたら報せるように……との事でした。


 村人達は思いました。

 梨好きの鬼は良い鬼だが、お役人様が儂らの言い分を聞いてくれるとは思えない。

 どうしたものかと考えていると、一人が

「最近やって来た村外れに居る賢澄和尚に相談してみてはどうだろうか」

 と言いました。

 皆も納得して、早速賢澄和尚の下へ向かいました。


 賢澄和尚はくたびれた草庵に住んでいて、お経を読んでいました。

 村人達が来ると和尚様は何事かと尋ねました。

 村人は和尚様に心根の優しい梨好きな鬼がいる事と御触れが出た事を話しました。

「ふむ。それならば、悪い鬼が退治されるまで暫く匿えば良かろう」

 と仰って、草庵の近くにある納屋に鬼を匿う事になりました。


 京には 鬼殺武者と呼ばれる大太刀を振るって鬼を退治する武士が居ました。

 武士は朝廷から命を受けて東へ旅立ちました。


 その武士は家族を鬼に喰われた恨みを晴らすべく、千の鬼を斬る誓いを立てていました。

 東へ逃げた鬼を斬り伏せながら、九百九十九の鬼を斬った所で、

鬼が逃げたとされる総の国まで辿り着きました。


 どこからともなくお経が聞こえてきたので辺りを見回すと、粗末な草庵が目に付来ました。

 武士は戸を開けて言いました。

「和尚。ここらに鬼が逃げ込んでは来なかったか」

 賢澄和尚は「知らぬ」と答えました。

 武士は自分の事と朝廷から命を受けて鬼の討伐する為にこの地に来た事を話しました。


 和尚が武士に白湯を一杯差し出した所で納屋の方からガタンっと大きな音がしました。

 武士が戸の外を見ると、鬼が梨畑の方へ走っていくのが見えました。

「和尚が鬼を匿い、嘘まで付くとはな」

 武士は大太刀を鞘から抜きました。

「待ちなされ」

 武士は和尚の制止を振り切り。飛び出した鬼を追いかけました。


 梨好きの鬼が全速力で向かった先には悪い鬼がいました。

 その悪い鬼が今にも村人に襲い掛かろうとしていたのです。

 梨好きの鬼がすかさず村人の前にでて、悪い鬼を打ち倒しました。

 村人が梨好きの鬼に感謝していると、武士が追い付いてきました。


 鬼が鬼を打ち倒している光景を見て、武士は一瞬躊躇いながらも「覚悟」と梨好きの鬼に斬りかかろうとしました。

 すると村人が武士の前に立ちはだかり「逃げろ」と言いました。

 村人の言葉を聞いて、梨好きの鬼は何事か理解し、梨畑へ逃げ込みました。

 武士は村人を押し倒し、すかさず後を追います。

 しかし梨畑の中ではなかなか鬼に追いつけません。

 距離感と方向感覚が狂ってしまうようです。

 武士が怒って梨の樹を数本切り捨てると鬼に追いつくことが出来ました。


 梨好きの鬼は崖に追い詰められてしまい、斬られる覚悟をしました。

 すると突然、大きな石が鬼の前に現れ、武士の一撃を防いだのです。

 その石は梨好きの鬼が梨畑を見渡す時にいつも乗っかっていた大きな石でした。 


 武士はその石を避けて再び鬼に斬りかかりました。

 けれども石が再びパッと鬼の前に現れて斬るのを防ぐのです。

 武士は何度かそれを繰り返し、何故だと呟いて石から数歩下がり、太刀を地面に突き刺して膝をつきました。

 その後ろから賢澄和尚が声を掛けました。

「お主には斬れまい」 

「和尚の法術か。邪魔立てをするな」

「拙僧は何もしておらん。お主の心が鬼になりつつあるのだ」

「なにを」

「わからぬか。見よ」

 和尚様が指で差し示した方に向くと、

 騒ぎを聞きつけた村人達が鬼の周りに集まって武士に「悪い鬼じゃないから斬らないでくれ」と口々に言いました。


 和尚様は自分が何故鬼を匿ったか、その鬼は村人達から慕われている事、その石が鬼を護った事。

 それは鬼だからと言って全ての鬼が悪ではないからだと武士に言いました。

「もし千の鬼を斬っていたならば、お主が鬼になっていたであろう」

 武士は恨みと憎しみで善悪が判断出来なくなった事を恥じ、大太刀を鞘に納め、出家する事を決めました。

 鬼は自分が斬られないとほっとし、村人達も安堵しました。


 鬼はその後も総の国で村人達を手伝い、

 夏には総の国の梨を食べて、何時までも暮らしましたとさ。


 以来、天辺に一線の刀傷があるこの大きな石を「鬼護の石」と呼び、

 手賀沼の南、下総國印西庄平塚郷の外れにある片喰神社に安置されています。



――終わり――


鬼護の石……刀で傷をつけたような一線の傷がある大きな石。

      善い鬼を守ってくれる石

      鬼に成るのを防いでくれる石

      そういう伝説的な石があったらいいな。

鬼殺武者……鬼を殺す武者。

賢澄上人……本当に居た人みたいです。

梨惑い(ナシマドイ)……梨畑で迷う事。(梨の花が咲く頃の)酔っ払いの事。そんな言葉は無い。

隠梨鬼(カクリオニ)……神隠しの事。梨畑でする鬼ごっこ。こんな言葉も無い。

片喰神社……そんなものは無い。大金持ちになったら作りたい。




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鬼護の石 片喰藤火 @touka_katabami

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