第10話 厄介事の香りは圧がスゴイ
「ったく、最近のガキは。」
お尻ぺんぺんのつもりなのか…恐竜のような足で俺様少年(ボロボロになった後、元に戻った)を掴んで踏みつけると、そのクチバシで彼のお尻をツンツンつつく。
「いたたたたたたッ!!つ、突くなァ!!」
あ、クチバシで尻を突かないであげて、何か…元がイケメンな分、絵面が気の毒だから。
もはや、これは戦いの構図ではない。
言う事を聞かない子供を躾ける大人の図だ。
「エルヴァーン・ジョウ、君はそこで何をしているのかね?」
突如、人混みから男の声が響いた。
「た、隊長…っ」
エルヴァーンと呼ばれた少年はぎょっとした顔で現れた男を見上げる。
隊長と呼ばれた男は、背の高さや体つきは人間形態のオズヌさんとあまり変わらない背格好だが、それ以外はほぼ、真逆と言って良い雰囲気だった。
青白い不健康そうな顔色。
眉間に深く刻まれた不機嫌そうな皺。
目の下には…徹夜での業務をここ数年繰り返しているかのような深い色の隈。
そして、気の弱い人なら睨まれただけでちびりそうな鋭い眼差し。
しゃん、と伸びた姿勢と、神経質なくらいキッチリと顔の真ん中から分けられた不思議と艶やかな黒髪のお陰で年の頃は20代の後半に見える。
俺様少年の着ていた服とよく似た…
カッチリとした高そうな服を身に纏っているのだが、この男が着るとまるでそれが軍服に見えるから不思議だ。
「…どうやら、私の部下が迷惑をかけたようだな。」
ちらり、とキーウィに踏まれている少年に目をやると、オズヌさんに向かって小さく詫びを入れる。
「あんたの部下か…もう少し、キッチリと教育してやるんだな。」
「ああ。ぜひ、そうさせてもらう。骨の髄まで教育を施してやるつもりだ。」
ニチャァァァ…と笑う…と言うか、口の端を引き上げる様子に、エルヴァーンと呼ばれた少年が喉から引き攣ったような情けない声を漏らす。
…ま、まぁ、気持ちは分からなくもない。
だって、この隊長さん、目が全然笑ってない。
怖ェよ…!
オズヌさんは、そのまま、人間形態に戻ると、少年を足の下から解放する。
だが、今度は即座に隊長さんが倒れ伏す少年と目線を合わせるようにしゃがみ込む。
圧がスゴイ、圧が。
「さて、エルヴァーン・ジョウ。なぜ君はそんな無様な姿を晒しているのかね?」
「それは…その…」
先ほどまでの俺様ぶりがまるで鳴りを潜めたかのようにしどろもどろなエルヴァーン君。
隊長さんの前で正座するのに要した時間は0,2秒。
「ソイツを俺様…いや、俺のパーティに入れてやろうとしただけなんだけど…」
「…ふむ?」
おい、僕を指さすな。
隊長さんはジロリ、ではなく、ギロリ…と僕をねめつけると実に馬鹿馬鹿しいとばかりにため息をついた。
「他人の『ドール』に手を出すな、と何度か教えたはずだが?」
「ち、違う!そういう意味で手を出した訳じゃない!」
ゴゴゴッ!
「へぶっ!!」
隊長さん、一瞬たりとも表情を動かさずに脳天に拳骨+グーパンチで往復ビンタ発動。
躾での体罰禁止が叫ばれる元の世界とは明らかに常識が違いますな。痛そう…。
「良いかね?わざわざ君を今回連れて来たのは、君と『同郷の民』を探す為ではなかったかな?」
同郷の民…?
「『ドール』の購入条件は君が従騎士以上に昇進してからだ、と伝えたと思ったが…?」
「いえ、あの…ソイツが…」
「早く我が姫君のおっしゃる『君と同郷の民』と『神の目を持つ小鳥』をこの町から探し出さないといけないのは分かっているだろうね?」
「だから、隊長、違う!!ソイツ!ソイツだ!ソイツが俺と『同郷の民』だ!」
えっ?僕…?
「…ほう?」
…ギロリ。
だから目つきが怖ぇよ、隊長さん。
「俺の連れに何か用か?」
オズヌさん!!
かばってくれてありがとう!!
僕はそそくさとその後ろに逃げ込む。
うん。だって…なんか、厄介事の香りしかしないし。
「…少し、聞きたい。」
「おう、分かる事なら答えるぞ。」
隊長さんは、全く気負う事なく極々自然体でオズヌさんに近寄る。
「『白撃斬』」
ガキィン…ッ!
!?
それは、突然だった。
隊長さんが腰に下げていた剣を抜刀する。
速ッ!?
抜く瞬間が見えなかった…!!
剣というより、刀に近い形状の…真っ白な刃を、オズヌさんが持つ黒の剣が受け止め、大きな音を響かせるのを聞いて、ようやく抜刀したのだ、と認識したくらいだ。
「…なるほど。我らの探し物を守る『黒い刃の剣士』…姫のおっしゃるとおりだ。」
「…何のつもりだ?」
少年と対峙していた時とは違う、もっと鋭い覇気のようなものがオズヌさんから漂う。
それを感じ取った隊長さんが、ニチャァァァと嗤う。
「くふふ…私の一撃を受け止めるとは…。
素晴らしい。…今すぐにでも切り刻みたくなりますな。」
くふ、くふふ…と肩を震わせて笑う。
恐らく、あの一撃でお互い、力量を測ったんだろうけど…態度が怖いよ!?
常識人の皮を被ろうと必死に努力している快楽殺人鬼みたいな様子なんですけど!?
それを目の当たりにしたエルヴァーン君の方も顔がちょっと引き攣っているように見える。
「…聞きたいことはそれだけか?」
「いいえ。…見た所、貴殿等は冒険者か?」
「…ああ。」
「では、貴殿等に依頼をしたい。」
「残念ながら、俺たちはまだ『クエスト』途中だ。」
オズヌさんも何やら厄介事のニオイを感じ取ったのか、そっけない態度で首を横に振る。
そう言えば、確かにまだ、オズヌさんはクエストを受けている途中だ。
まぁ、実際は、ほぼ終わっていて、今から完了の連絡を入れるだけなんだけど、そこまで丁寧にこちらの事情を説明する事もあるまい。
「無論、今の『クエスト』が終わってからで構わない。受けてもらえるか?」
「……そいつは、依頼内容と成功条件と報酬次第だな。」
「では、依頼所で詳細を話そう。…こっちだ。行くぞ、エルヴァーン・ジョウ。」
そう言うと、隊長さんはこちらの様子を気にすることなく、さっさと『依頼所』と言う建物に向かって足を進める。
「あっ、ちょっと、隊長!」
エルヴァーン君も、急いでその後を追うように駆けて行く。
「…ナガノ…あいつら、知り合いか?」
「いえ…全然…」
「でも、あのガキ、ナガノと同郷って言ってなかったか?」
「…言ってましたね。」
僕たちは顔を見合わせる。
「ナガノ、お前さん…最果ての島じゃなくてアルストーア皇国の生まれなのか?」
「いいえ。…と言うか、アルストーア皇国って…?」
「ああ、この町から西に4日程進んだところにある大河の向こう側の国だ。」
あ、そういう地理的な場所を知りたい訳ではないんです。
「いえ、あの、アルストーア皇国ってどういう国ですか?」
「ああ…まー、簡単に言うと、この国の上の国…ってとこか?」
つまり、元の世界で例えると、このアルティスと言う国が「ヨーロッパの国々の一つ」だとすると、アルストーア皇国は「EU」に当たるようなものらしい。
ただ、EUよりも、もう少しアルストーア皇国自体の権力が強めらしいので…
昔の日本の「藩」と「幕府」の関係の方が、よりこの世界の実態に近いのかもしれない。
このアルティス王国を含む、アルストーア皇国を始めとした大きな7つの国といくつかの都市国家を纏めて「アルストーア連合国家群」もしくは単に「アルストーア」や「連合国」と言うらしい。
その国家連合体の盟主だそうだ。
これらの国々では、言語・通貨・長さや量の単位等が共通して使われており…
まぁ、大まかに一つの文化圏を形成していると言って良いだろう。
「じゃ、アルストーアの自由騎士団って結構スゴイんですか?」
「そうだな。確かに、国家間を跨ぐような犯罪を取り締まっているからな。
スゴイと言えばスゴイんじゃないか?」
おぉ、こっちの世界のFBIとかテレビドラマ版水戸のご老公みたいなもんか。
「…昔、何度か自由騎士団の依頼も受けたことは有るが……割と、報酬が渋いんだよな。」
どちらかと言うと、報酬よりも名誉とか冒険者のランク…と言う名の評価上げのために受けるんだとか。
だが、このまま、あの二人組を放置した方が厄介な度合いが増しそうな気がする、とオズヌさんに伝えると、偶然にも同じ考えだったようだ。
結局、僕たちの出した答えは、あの二人組の後を追い、依頼所へと足を運ぶことだった。
「あれ?オズヌさん…まだこんな所に居たんデスか?」
僕たちが依頼所へ向かう途中、別の建物から出て来たレイニーさんが声をかけてきた。
「ああ、そっちは終わったのか?」
「はい。全部で27ハルクで取引されたのデスよ。これ、お返ししマスね。」
「ああ、助かった。ありがとな。」
レイニーさんは、持っていた時空袋をオズヌさんに返却する。
「中にハルク貨を入れてありマスから。」
そう言いながら、レイニーさんはA4サイズよりも一回り小さいサイズの用紙をオズヌさんに渡す。
どうやら、何がいくらで売れたかとか、差し引かれた手数料等の詳細が書かれた明細であるらしい。
一番下には、買い取り責任者だろうか?
知らない人のサインとレイニーさんのサインが記され、印鑑の様な物が押されている。
…印影がにゃんこの肉球とひよこに見えるんだけど…
そこだけファンシーだな。
「予想より高値が付いたな。」
「そうデスね…まぁ、あの装飾が割と貴族好みデスからね。
あ、こちらの料金も引かせてもらいましたよ?」
「おう。構わないぞ。」
「…あとはこの売上表を依頼所に持って行ったらワタシの仕事は終わりデスね。」
時折、クエスト中に依頼とは無関係の素材や宝物等が手に入る事がある。
それらの売上も、一旦依頼所に報告が必要なのだとか。
そんな訳でレイニーさんも連れだって『依頼所』に到着すると職員さんらしきメガネのお姉さんが声をかけてきた。
「あっ、レイニー!ちょうど良かったわ。
今、お店まで呼びに行こうかと思ってた所だったのよ。
…奥でクエスト依頼のお客様が呼んでいるわよ。」
「え?ワタシに…デスか?」
レイニーさんが不思議そうに首をかしげる。
「うん。『鑑定士』を探してるみたいだったから…」
「【鑑定】なら、こちらにお勤めのウェンダムさんの方がワタシより腕も階位も上デスよ?」
「ええ、そうなんだけど、何でも『鑑定士』で尚且つ『小鳥』に関係する人を探してるって言ってたのよ。
レイニー、あなたのマークは『小鳥』でしょ?」
「ええ、まぁそうデスけど…何の用なんデスかね??」
「えっ?!レイニーさんが『小鳥』ってどういう事ですか?!」
「ああ、ワタシは【変身】すると、小鳥になれるんです。
デスので鑑定したものを証明するマークに使ってるんデス。」
「あら?【変身】出来るって話しちゃって良かったの?」
「ええ、こちらの二人は大丈夫デス。」
「レイニーさんも【変身】できる方だったんですか!?」
「そうデスよ?ワタシは【ブラック・ロビン族】デス。
…あれ?お話していなかったデスか?」
いや、初耳ですけど…でも、ブラック・ロビンってどんな小鳥なんだろう?
…実は昔、おばあちゃんの家で手乗り文鳥を飼ってたから、結構小鳥は好きなんだよね。
おばあちゃんに懐きまくった文鳥の千代子さん(命名:おばあちゃん)の可愛かった事。
千代子さん、小松菜とか好きだったな~。
おっと、昔の事を思い出してしまった。
そうか、小鳥か~。
ちょっとレイニーさんの変身後の姿も見てみたいな~。
「後は、これから黒い剣を持った冒険者さんのパーティが来るらしいんだけど…」
「ああ、それなら、俺たちだ。」
「あら?そうだったのね。それなら話は早いわ。
…奥で依頼人がお待ちですわ。」
「奴ら【ブラック・ロビン族】を探していたのか?」
「…いえ、あの、種族名までは指定されませんでしたわ。
…でも、うちの町だと他に思い当たる人がいなくて…」
「まぁ、この町に『鑑定士』はワタシ含めても6人しかいないデスからね。」
前にオズヌさんから聞いた感じだと、【鑑定】の祝福持ちは町に2,3人程度しか居ないのが標準だったと思うので、この町、ダリスはかなり『鑑定士』が多い所のようだ。
何でも、この近くには古代遺跡がかなり密集して湧き出しており、鑑定の仕事が多いのだとか。
「でもワタシは別に…オズヌさんと違って【変身】したからと言って戦闘力が上がったりしないデスし…
何かを持って飛行も出来ないデスし…どんな用デスかね?」
…と、なると…あの時隊長さんが話していた『神の目を持つ小鳥』ってレイニーさんの事なのだろうか?
『神の目』って言うのが『鑑定の祝福持ち』って意味なのかな?
「他に小鳥なんて使ってる鑑定士は居ないし…
ビーアさんはトリ料理が得意だけど…たぶんそう言う意味とは違うでしょ?」
違うでしょうなぁ。
あの隊長さん、…ちょっと中二病的称号で呼んでいたしなぁ。
それがまさかの食材枠と言う事はあるまい。
「詳細はあいつらに聞くしかねぇか…」
オズヌさんが面倒くさそうに、大きく息をついた。
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