第9話 トラブルは少年姿でやって来た!

ごべちんッ!!


「痛ぁッ!!」


どさっ…


何だ!?何かが頭の上に降ってきた!?

僕が何があったのか真上を見回す前に野太い男の悲鳴が響き渡った。


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


「?!」


そして目に入る転がった人間の右手。

…えっ?

その右手は手首のすぐ下あたりでスッパリ切断されており、中央部にはピンクっぽい骨のような組織が垣間見え、まだ鮮血があふれ出している。

おうふッ!

ヴァイオレンスが視神経に襲い掛かってくる!!


ぽてり…


と、被っていたフードから真っ赤な液体が落ちる。

どうやら、先ほど僕の頭にぶつかったのはこの右手だったらしい。


物騒…!物騒だよ!?異世界さんッ!!


一瞬の呼吸を置いて、周りの通行人からも悲鳴が上がり始める。

見れば、僕たちが向かおうとしていた方向に腕を抑えてしゃがみ込む、みすぼらしい恰好の男が一人。

と、その男を小馬鹿にするように佇む剣を抜いた少年。


年の頃なら12,3…元の世界なら中学生くらいだろうか。

金色の緩くウェーブがかった肩あたりまで伸びた髪に切れ長の瞳は真紅と金色のオッドアイ。


身に纏う衣類や防具…そして構えている剣も明らかに上流階級のそれで…まるで、耽美が衣を纏って歩いているような、将来を約束された美少年だ。


「…フンッ!俺様の荷物をスリ取ろうとするなんて一億年早いわ!」


しかも、声まですでにイケメン・ボイス。

少年はこの凶行の正当性を主張するかのように言い放つ。


確かに、切り飛ばされた右腕と似た方向に財布?のような小袋も落ちている。

それを耳にした通行人たちはざわざわとさざめきながらも、一定の距離を保ってそれぞれの目的地へと移動を始めている人もちらほらと見受けられる。


この程度のトラブルは良くある日常の一幕なのか、特に少年を責める訳でもなく、蹲る男を助ける訳でもない。


こ、この世界の治安維持ってどうなってるんだ!?


「盗みを犯した罪人は……殺しても構わないんだったか?」


…すっ。


少年の構えに殺気が混じり始める。


「…ヒィッ…!!ち、ちがっ…俺はッ…!」


脂汗交じりの男が右腕を抑えつつ、失血のため顔色を失った男は必死で口を開く。

その時だった。


「お父ちゃんッ!!!」


人垣を押しのけて5・6歳の小さな女の子が蹲る男の隣へ駆け寄った。

蹲る男と同じようなみすぼらしい恰好の幼女は少年に向かって頭を擦りつけんばかりに土下座する。


「お兄ちゃん、ごめんなさい!お父ちゃんを殺さないで!!ニーノのお父ちゃんは悪い事する人じゃ…!!」


「…フンッ!だとしたら、お前はこの俺様が誤って善良な一般市民を傷付けたと?

アルストーア皇国の自由騎士団に所属している、この俺様が?」


「えっ!!…それは…」


幼女が絶句する。

周りから、ひそひそと「アルストーアの騎士団員!?」「あの若さで?」「すげぇ…!」と言う声が聞こえる。


どうやら、あの俺様少年は相当腕が立つらしい。


「…おい、男!お前、本当にスリ取ろうとしていないと言えるのか?」


「……。」


男は顔色を益々無くしてうつむいたまま微動だにしない。


「…お父ちゃん…」


「…ニーノ……あっち行ってろ。」


男は絞り出すようにそれだけ呟き、幼女に下がるように言うが、幼女は泣きながら父親に縋り付いて離れようとしない。


少年の方も流石に泣きじゃくる幼女が縋り付く男を切り捨てるのはバツが悪いのか、不服そうに顔を歪めているだけでトドメを刺そうとはしていない。

ただ、斬りつけてしまった以上、自分からは引くに引けない…と言った所か。


あーもう、見てられないな、これは。


「まぁまぁ。お財布は無事だったんだし、もうその辺で許してあげたらいいんじゃないですか?」


その男とはかなり近い距離にいた僕が野次馬を代表して俺様少年に声をかける。


「…何だ?貴様は?」


「はい、お財布です。」


俺様少年の問いかけには答えず、落ちていたお財布を少年に拾って渡す。


「…っち…」


俺様少年は乱暴に舌打ちをすると、僕の手から財布を奪い取る。


「お父さんも、もうこんな事…絶対にしないですよね?」


僕は右腕を切り落とされた男に優しく声をかける。


「ほら、幼女…じゃなくて、えーと、その娘ちゃんをそんな風に泣かせる真似は金輪際ゴメンですよね?」


男は、何度も震えるように小さく頷く。


「わ…悪かった…」


「…ごべんだざい…おじいぢゃん…!」


幼女ちゃん、涙と鼻水でべしょべちょでお兄ちゃんが言えてない。


「…ね?こちらもしっかり反省しているようですし。」


「……フンッ!」


俺様少年は不満そうに鼻を鳴らして、それでもその剣を収める。

完全に納得してない事が丸わかりの態度だが、まぁ、こちらはこれでいいだろう。


蹲る男の方だが…切断された右腕の傷口を左手で必死に押さえつけているものの、鮮血が止まる気配はない。


幼女ちゃんが父親の右手を拾って来て何とかくっつけようとしているが、一度切断された肉体が自然にくっつくことは無い。


確かに、この怪我はこの男の自業自得のようだが…

…それでも、これから右腕無しでこの年の子供を育てていくのは半端な事では無いだろう。

…見た感じ裕福には見えないし。


このまま放置しておくと、出血多量でトドメを刺されなくても死にそうだし。

ん~、異世界の価値観とはズレてるかもしれないけど、元の世界の感覚だと罪の重さに対して罰の量が多すぎる気がするし。


ま、良いよね?


「ほい!」


僕の腕から放たれた六重の光の環が男の身体を包み込む。

すると、見る間に男の顔色が良くなってゆき、切断され土気色だった右手に再び血が通い出す。


「…な…治った…!?」


「回復魔法ですよ。」


男は、何度も指を閉じたり、開いたりしながら普通に動く右手に困惑の表情を浮かべる。

もちろん、切られた痕すら見当たらないほど完璧に再生している。


自分で言うのも何だが…回復魔法って凄いよなぁ。


「おどうぢゃんッ…!!

…あじがどぉ…ぐしゅっ…ごじゃいッまず…!」


「あっ、ありがとうごぜぇやすッ!!!」


ばっと平伏する男と幼女ちゃん。

良いの、良いの。


…まぁ、僕の力って言うよりも、むしろ神様からの借り物だもんね。

それより幼女ちゃんを大切にしろよ、おっさん。


「ナガノ!」


「あ、はーい。」


オズヌさんに呼ばれて、そちらに駆け出そうとした僕を遮ったのは俺様少年だった。


「おい、待て!」


「…はい?」


「貴様【回復魔法】の祝福ギフト持ちか?」


「はい、そうです。…それが何か?」


【回復魔法】持ちはあんまり多くはないとは言え、レイニーさんの【鑑定】よりもかなり一般的な祝福ギフトだったはずだ。

確か【鑑定】が町に数人いるレベルだとすると【回復魔法】はクラスに数人は居るレベルだ。


「貴様、名前は?」


「中島長野です。」


「ナカジマ・ナガノ?…

…両方苗字みたいな名前だな。」


皆さんよくそうおっしゃいます。


……ん?


その瞬間、違和感が通り抜けた。


と、一気に視界が広くなる。

いつの間に抜刀したのか…奇麗に切り裂かれたフードがパサリと肩に落ちる。


「えっ?」


どよめきが周りから上がった気がした。


「…ほぅ?」


俺様少年が初めてニヤリと笑う。


…ちょ!?おま、この服、頂き物なんだぞ!?

何してくれちゃってるの!?


しかし、俺様少年は不遜な態度で鷹揚にうなづくと、大声で宣言する。


「合格だ!」


…何が?


「貴様、俺様のパーティーに入れてやる。」


「あ、結構です。」


「!?…なぜだッ!」


何故じゃないよ。

何でそこで驚愕の表情を浮かべられるんだよ。

そっちの方が驚きだよ。


「いや、だって…僕、もう別の方とパーティを組んでるもん。」


「そんな事は関係ない!この俺様が!!せっかく入れてやると言っているんだ!」


うわー。

関係ない、と来たか。

どうしたもんかなァ、この自意識過剰なお子ちゃま。


この手の輩には、下手に敬語とか使うよりもストレートかつ素直に伝えた方が良い気がする。


「えっ…ヤダ。入りたくない。」


あまりに直接的に切って捨てた物言いをされた事が無いのか、思わず固まる俺様少年。


「…じゃ。そういう事で。」


「待て、待て、待てっ!!」


…しゅたっん、たっ!


おぉ?

どういう動きだ?今の…?


俺様少年に背を向けて駆けだした僕を、その後方から背丈を飛び越えて前方空中に飛び出し、そのまま空中を蹴るように方向転換して僕の目の前で通せんぼをする。


元の世界の動きでは説明のつかないアクロバティックな動きだ。


「待てと言っている!!」


「おい、坊主。俺の連れに何か用か?」


流石にここまでギャーギャー騒いでいれば、事情は呑み込めているのか、オズヌさんが俺様少年に声をかける。

妙に余裕たっぷりにニコニコと浮かべられた笑顔。


あれ?…オズヌさん??

…もしかして、煽ってらっしゃる??


「…ほぅ?」


オズヌさんから声をかけられた少年は、興味の対象を僕からオズヌさんへ移したらしい。

まるで値踏みするように頭の先から足の先までじろじろと不躾なまなざしをぶつける。


「…フッ…つまり、貴様を倒せばコイツは俺様のモノ…と言う訳か。」


おい、僕は物じゃ無いよ。

俺様少年の方は、オズヌさんが身に纏う装備品等から、楽勝とでも思ったのか、不敵な笑みを浮かべる。


「……はぁ、ま…仕方ねぇか。ほら、坊主。大人の力ってもんを教えてやるよ。」


と、唐突に二人から殺気のようなものが吹き上がる。


素早くそれを感じ取ったのか、周りの人々が、小さく悲鳴を上げながら次々と二人から距離を取る。

さっきまで土下座のまま微動だにしなかった男も、血相を変えて幼女ちゃんを腕に抱えると、人混みへ消える。


えーと…?こういう時って僕はどこに行くべきなんだろう…?


とりあえず、なるべく広場で人の居ない方へそろそろと下がる。

僕がある程度離れたのを確認したオズヌさんが、俺様少年に向かって、指でコイコイと挑発する。


「余裕ぶった態度を取れるのも今だけだッ!!」


ビュッ!


…速い!


俺様少年が一足飛びにオズヌさんの腕めがけて剣で切りかかる。

しかし、オズヌさんはその太刀筋から身体を僅かにずらし、紙一重で避ける。


だが、少年の攻撃も一撃で終わることは無い。


舞うように体を回転させ、オズヌさんの軸足を狙って銀色の煌めきが走る。

流石にそれは回避する術がない…!


ごっ!


…と、思ったら、少年の腕を軽く蹴る事で刃の軌道を変える。


「チッ…!」


アクロバティックな連撃が続くも、それを紙一重で躱し、時には攻撃をはじいて逸らす。


ビュッ、ひゅんっ、ヒュッ!


剣が身体のかわりに空気を切り裂く音を響かせる。

オズヌさんの方は「おう、坊主、なかなか剣の腕は良いじゃねぇか」等と軽口を叩く余裕さえ見せている。


だって、まだオズヌさんの方は剣すら抜いていない。


…オズヌさんって、実は結構…いや、かなり強いの?

最初、だまし討ちにハマって死んでた人だったから、ココまでの使い手だとは思わなかったよ…。

すげぇ!


「…ッチ!ちょこまかと…喰らえッ!」


「おっと。」


少年は、さっき僕を引き留めるときに使ったあの不可解な空中ジャンプを組み込んで攻撃を仕掛ける。

元々速かった太刀筋に、さらに三次元的動きが加算され、どこから刃が飛んでくるかわからない。


「…ほう?【空中走り】の祝福持ちか。」


おお、なるほど。【空中走り】ね。

確かに。

言われるとそんな感じの動きだ。


ただ、傍から見ていると、まだ「走る」と言うより、「数歩だけ空中を蹴れる」と言った方が近い気がする。


とは言え、戦いではその「数歩」が命取りになりかねないぶ厚い紙一重だったりするわけだが…


ドガッ!!


「ぐあっ!?」


うわぁ…オズヌさんの蹴りが少年の顔にクリーンヒット。

しかも、どんな力で蹴ったのか…さっきまでオズヌさんが立っていた場所の土が大きくえぐれている。


「悪いな【空中走り】だけなら、死んだガルダスの方が上だな。」


少年は、流石に顔面を抑えて転げまわっている。


あー…あれは痛いヤツだ。


「ぐっ…ぎ、ぎざまッ…」


片手で顔を抑えているけど、多分、鼻血と涙でせっかくのイケメンが台無しだ。

瞬間、少年が吠えた。

!?


「ほぅ?【変身】か。」


オズヌさんが面白そうに笑う。

走る少年の姿がみるみる内に白銀の四足動物…犬?いや…狼に変わって行く。

と、同時にその移動速度が急に上がる。


た、たんっ!


空中も駆け抜け、銀色の弾丸と化した少年の牙と爪が同時にオズヌさんの身体を切り裂かんと肉薄する。

だが、まだオズヌさんの表情には余裕の笑みが浮かんでいる。


「ガァァアアッ!!」


咆哮と共に繰り出される狼の鋭い爪!

…かと、思いきや…

狼姿の少年の腕が黒い人間のそれに形を変えていた。


違う!


人間…と言うより、もっと爪が長くゴツイ。


「何ッ!?」


オズヌさんの表情から余裕の笑みが消える。


「オズヌさんっ!!」


「くっ…!」


ガギィン…ッ!!


オズヌさんが腰から抜いた黒い剣で防御する。

人の腕を受け止めたとは思えないような金属質な音が響く。


「…この一撃も止めるか…貴様…やるな。」


少年の変化は腕だけに留まらず、狼そのものだった姿がいつの間にか二足歩行の姿となり…

今や、身長2メートルに迫る筋骨隆々の黒い肌…そして、額から伸びた3本の大きな角。

まるで、鬼神のような姿へと変わっている。


「まさか…鬼族へさらに【変身】だと?」


「フッ…鬼族を知っているとは…意外と博識だな。」


少年…と言うより、少年の面影を残した鬼の男がゾッとするような笑みを浮かべた。


「俺様のこの姿を目にして無事だったのはウチの隊長だけだ。」


「そうかい…だったら、俺もちょっとは本気を出すか。」


「…何?」


キーィィ、と言う鋭い一声。

目の前で戦っている相手がもっふもふのでっかいキーウィに変わった心境を僕は慮る事は出来ない。

だが、鬼の男が大変ビックリしているのは、その表情からうかがい知る事ができた。


「!?キウイ…?」


うん。分かるよ。

驚くよね?キーウィ…

見た目は可愛いもんね。


第二幕は鬼VSキーウィの白熱した戦いが…!

と、思ったら戦いは一瞬で終わりを迎えていたでござる。


へ?…と、思うじゃろ?

えーと…正直言うとですね…


見えませんでした!まる。


いや、もふもふのキーウィさんが、ガッと地面を蹴った!

と思ったら姿が掻き消えて、ゴッ!と言う重い重低音を響かせて鬼の男が空中に打ち上げられ…

どごごごっ、と言う、攻撃がヒットしてるっぽい音がいろんなところから聞こえ…


次の瞬間にはボロボロになった鬼の男が空から落ちてきてぶっ倒れていました。


完。



オズヌさん、強ええぇぇぇぇ!!



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