第5話 トイレ事情は良好です

オズヌさんがランタンを持ち、道を先導してくれる。荷物もほとんどオズヌさんが持ってくれた。

まぁ、僕の方は裸足なので、正直、歩くだけで精一杯!

洞窟の部屋を出ると、しばらくは部屋と同じような石灰岩っぽい天然洞窟を加工した感じの下り坂が続いていた。


この辺りには罠があったのか…

複数個の落とし穴の上に木の橋が渡されていたり、時折、ここは触れるな、とか

こっちは近づくな、とかオズヌさんの指示が飛ぶ。


やがて、明らかに人工物めいた石積みの外壁が現れた。

その外壁は一箇所が崩れており、そこから先はまるでつい最近、土を掘って来たかのような洞窟とは雰囲気の違うトンネルが続いている。


こちらの道も緩やかに傾斜している。

おぅ、こっちの方が下がジャリジャリだ…。

体の方はまだ子供だから、足の裏の皮も薄いみたいで、こういう所の尖った小石がチクチクと痛いんだよね。

あー、靴もほしいなー。


「おい…ナガノ…」


「…は、はい?」


ぜぇ、はぁ…ぜぇ、はぁ…

あー、息切れるなー…オズヌさんは足が長いから1歩の距離が僕の倍なんだよ。


「ここから出たら俺に乗れ。」


「えっ?でも、オズヌさん…荷物もそんなに背負ってますし…」


「ナガノの足に合わせていたら明日になっても町に戻れねぇ…。」


「あっ…ハイ。」


「それに、このトンネルさえ抜けちまえば、変身もできるしな。こんな程度の荷物に子供一人、軽いもんさ。」


「…あ、じゃぁ、お願いします。」


おお、あの軽乗用車サイズのキーウィに乗って良いんだ…!何か、ちょっとテンション上がるな…!



トンネルを抜けるとこそは、異世界だった。


…まぁ、トンネル内も異世界なんだけど!

目の前に広がる空には不思議な幾何学文様が描かれている。

模様は、雲で見え隠れしているので、どうやら雲の上にあるようだ。

時刻は夕焼けみたいで、空の色がオレンジ・ピンク・薄紫・青とグラデーションに染まっている。

仮に、地球と同じならば、あの山の向こう側にお日様が沈んでいっているみたいだから、その方向が西かな?


濃い緑の、連なる山々…山…と、言うか…きのこ?

いや、やっぱり、きのこ型の山だ。

水墨画の世界感の山にさらに傘の部分を足したような感じ…

というと、僕の目の前の景色をより正確に表していると思う。


その、きのこ山の軸部分に螺旋状に階段が巡らされている。

もちろん、ここも、その階段状の平地なんだけど、そのスケールは人間のものではない。

一段、一段が5メートル単位。これを階段として使うって、どんな巨体だよ!?


そして、遥か下には、きのこの山々を囲むように滔々と川が流れている。


「うわー……!」


遠くに赤い飛行機が飛んでる、と思っていたが、よく見ると、翼を羽ばたかせて飛んでいる。

あれは…ドラゴン!?

おおお!超ふぁんたじー!!!

僕のテンションはうなぎのぼりだが、オズヌさんは小さく舌打ちをした。


「…もう夕暮れか…仕方ねぇな、今日はココにキャンプだ。」


「あ、はーい。」


おお、異世界初キャンプ。

どんな感じなのかなー?


まず、オズヌさんの取り出した道具は、

洞窟内でも活躍していたランタン、

オズヌさんの身長くらいはある3本セットの物干しみたいなもの2セット、

丸められた紐の束が大小2個、

時空袋にしまいこんでいたあの限界サイズ袋3枚。


そして、調理時にも使った焚き火起こしと燃料セット。

今度の燃料は木の丸太に穴と十字の切れ目が入っている。


まず、丸められた紐の束・大を広げる。

それは円形で…まぁ、紐で編まれた魔法陣…とでも言うのだろうか?

広げると最大畳6枚くらいの大きさになるようだ。所々に大地に打ち付ける釘みたいな部品が付いている。


それを素早く地面に設置してゆく。

キレイな平面でなくても設置できるみたいで、壁付近はL字に折り曲げて壁に貼り付けていた。


「…そうだ、ナガノ、お前、これに魔力を込められるか?」


「魔力を込めるってどうやるんです?」


「この縄に対して回復魔法を使うみたいにしてくれ。」


「はーい、やってみますね。」


とりあえず魔力を込めたい、と思いながら手を前に出したら、一重の光る環が出たので、それをサークルと同じくらいにまで大きくしてから縄に触れさせる。


「おー…」


回復魔法とはちょっと違って、縄の要所要所から、一定間隔を置いて定期的に青白い鱗粉のような光がふわっと上がる。


へー、キレイなもんだ。

何か、ちょっとフェアリー・サークルでも見てるみたいな気分になる。


「おー、見事なもんだ。よし、暗くなったらこの結界の中から基本的に出るなよ。」


「はーい、あれ?じゃあ、トイレとかはどうするんですか?」


「これにしろ。」


ごとん。


…まさかのおまる!!!

いや、形は流石に、日本の乳幼児が使うようなアヒルさんではないが、用途はあきらかに、それそのまま。

見た目はまぁ、茶色の蓋付きポリバケツなんだが…。

それを、結界の隅にちょこん、と設置する。


「別に臭わないだろ?」


あ、そう言えば…


「コイツは勇者トト印の携帯用便器だから消臭対策もバッチリだし、大容量で逆流もしないし、糞が溜まったら肥料として売れるし、中々便利なんだぜ?」


勇者トト?!その方もしかして、こちらに生まれる前は日本のトイレメーカーにお勤めだったりしませんでしたかね!?


「TOッ…ごほっ、げほっ、ごほッ」


「どうした?何をむせているんだ?」


「いえ、ちょっと…トイレメーカーに思うものが有りまして…これ、ちょっと使ってみて良いですか?」


「何だ、用を足したいのか?…ちょっと待ってろ」


そう言うと、サクサクっと3本足の物干しみたいなものを立てる。

ちょうど、真ん中辺りで束ねられていて、あっという間に三脚のように地面の上に立ち上がる。

案外、バランスよくしっかり固定されているようだ。


その一番外側の柱に横に支柱のようなものが伸ばせるようにギミックが仕込まれていた。

ひょい、っとその支柱に袋を引っ掛ける。

もちろん、金具が付いていて、袋を掛けることができるようになっていた。


簡易的な衝立のようだが、これだけで、一応、オズヌさん側からは目隠しがされている事になる。

反対側は洞窟との壁になっている所だから外部から丸見え、ということもない。

で、別の物干しの先にひょい、っと水用の時空袋を引っ掛け、これで、結界の中にお手洗いの完成である。


「…ほれ、落ち紙。あと、どうせだから歯磨木(ハミガキ)も渡しておく。」


「あ、どうもありがとうございます。…これってどうやって使うんです?」


「落ち紙は、用を足した尻を拭くための紙だ。使い終わったら便器の中に棄てて良い。

で、歯磨木は、口に入れて噛んでると泡立ってくるから、そうしたらこのブラシで歯の汚れを落とすんだ。泡はあまり飲み込むなよ。体質によっては腹がゆるくなる。」


「はーい。」


なるほど、落ち紙は見た目がポケットテッシュに似ていたから、何となく用途の想像はできたけど、この木片みたいなのが歯磨き粉代わりなのか。

体質によっては腹がゆるくなるって…

キシリトールでも含まれてるのかな?



「適当に泡立ったら、木片は便器に吐き出しておけばいいからな。」


早速、手渡された小さな木片を口に入れてもぐもぐしてみる。

残念ながら、ミントのように味はしない。

ただ、割と柔らかい木みたいで、歯ごたえ的には味のないスルメだ。


しばらくもぐもぐしていると、唾液と木の成分が混ざり合って少しづつスースーとしてくる。

…と同時に唾液が泡立っているのがわかった。


ちなみに、このブラシ…

名前こそ「ブラシ」と言うものの、むしろ爪楊枝の先を叩いて植物の繊維をほぐした棒って感じの代物で1回毎の使い捨てだそうだ。


まぁ、磨けないことも無いだろうけど、乱暴に扱うと歯肉を傷つけそうだな〜。

それでも、歯を磨いて口をゆすぐとスッキリした。

歯も磨いたし…折角だし、用も足しておくか…


いやー、凄いですね、あのトイレ!

蓋を取ると、きちんと洋風便座みたいな感じになっているし、その便座はきっちり温かいし!!

どういうテクノロジーだこれ?

魔法か?魔法なのか?

ほっこりお便座、臀部に優しい!


しかも、時空袋を応用しているのか、便器の下が銀河系みたいな星空に見えるんですよね!

で、用を足すと銀河が流れて、何か、キレイだし。

もちろん、ニオイも完全シャットアウト。


いやー、汚物を部屋の窓からぶちまけていたと噂の中世とは思えない文化レベル!

先人の方、ありがとう!!

異世界のトイレライフは快適です!!


まぁ、贅沢言えば、ウォシュレット機能も欲しいけど、それだってもしかするとお金を出せば買えるかもしれないなぁ…

何て言ったって勇者TO…もとい、トト印のトイレだもんね!

お尻の穴への思いやりにかけては右に出るものは居ないはず。


僕がトイレに感動している間にオズヌさんはすっかり野営準備を整えていました。

…ありがとうございます。


「おお!すごーい!」


「便所交代な。ナガノ、火を見ておいてくれ。」


「はい。」


交代でオズヌさんが歯磨木を噛みながら衝立の向こうへ姿を消す。

トイレに使った三脚状の物干しセットがもう1セット立てられ、その2つを繋ぐようにハンモックが吊るされている。

あの小さな紐の束はこれか。


その柱の上部分を支柱にし、ターフのように袋が張られ、足元では丸太型の燃料が燃えている。

丸太型だとちょうど一晩くらい燃え続けているのだそうだ。


そろそろ暗くなるであろう空と対象的に煌々と輝くランタンはトイレ側と逆の支柱に吊るされている。

結界の縄からは、時折青い鱗粉のような光りが立ち上り、点滅を繰り返す。

遠くからは虫の声。


オズヌさんが用を足す音は聞こえるけどあえて無視。

あれは単なる水音だ。水音!

…よし、マインドコントロール完了。


そして、夕暮れの空に輝く不思議な幾何学模様。

遥か地平線から響く聞いたこともない不思議な生き物の鳴き声。

何か、超ファンタジーじゃないですか!?

この雰囲気!

キャンプなんて小学生以来だから、テンション上がりますわ。


「なぁ、飯はさっき食ったから別に良いよな?」


「あ、はい、大丈夫です。」


用を足し終わったオズヌさんが、吊るされたハンモックの上に袋を敷布団代わりにセットし、焚き火に何かを加えると、少し不思議な匂いが立ち込めた。

別に不快な匂いではなく、何だろう、お寺のお香みたいな?


「オズヌさん、それは?何を焼いているんですか?」


「虫除けだ。この辺りの虫はこの匂いを嫌うからな。…さてと、じゃ、寝るか。」


「えっ?もうですか?」


いや、日本の感覚だとまだ18:00とか日が長くても19:00とか…

そのくらいの感覚なんだけど…

早くない?寝るの…。


「俺は別にモフキウイ族だから夜でも平気だが、マリクル族はそうでもないだろ?」


ああ、そーいや、夜になると女になっちゃうんだっけ…


「それに、この辺りは狩りに適した動植物も少ないし、明日は日の出と共に出るからな。早めに休んだほうが良いんじゃないか?」


「…それもそうですね。」


そんな話をしていると、太陽は地平線の果に隠れ去り、空の色も青から紫、紺、そして夜の色へと染まってゆく。

そして、「それ」が起きたのは唐突…且つ、一瞬だった。


「をっ?」


「…ナガノ?」


「……おぅふ…マジだ…。」


「どうした?」


いやぁ、結構、わかるもんですね。

キン○マが消える感覚。


例えるなら、ジェットコースターとかで、落下の際に一瞬ふわっとなる感覚に近い。

あのふわっとなって、ヒュン、となる時の、ヒュン、で消える感じ。


それ以外にも、多分、もう少し大人の体になると「声」とか「胸」とかも変わるんだろうけど、今は大して変化はない。


ただ、筋肉量とかそのあたりが多少変わっているのか、何か、体全体が柔らかくなった…ような、

というか、関節がくにゃくにゃする…と言うか…骨と骨を支えるものが減ってしまった感じと言うか…


そう、今まで学生服とかスーツとか割とぴしっとした硬めの服をしっかり着ていたものを脱ぎ捨てて、だるだる〜んのパジャマに着替えたようなユルさだ。


その分、このポンチョのチクチクが気になる。

…皮膚も薄くなったのかな?


へー…女子の体の感覚って男子の感覚と結構違うんだ…

はじめて知ったよ。

不思議ー。


「いえ、確かに、夜になったので女の子に変わったみたいです。」


「…そうか…ふむ。」


まじまじと僕を見つめた後、わずかに首をかしげるオズヌさん。たぶん、今、頭の上に「?」マーク出てるぞ。


「……匂いも見た目もあんまり変わらないようだな?」


大きな変化は無いだろうな。…目線もそんなに変わった感じはしないし。


「…そうですね。…そりゃ、オズヌさんの《変身》と比べないでくださいよ。」


「それもそうか。」


そう言うと、オズヌさんは再びあのもっふもふのキーウィ姿へと変身する。


「じゃ、寝るか。」


「えっ!?寝るときはそっちの姿なんですか!?」


「ああ、こっちの方が危険感知能力が高いし、寒さや暑さにも強くなるし、何より戦闘力も高くなる。」


…ちょこん、とハンモックの上に座るでかいキーウィ。

うん。可愛いよ。その丸まった姿。それで尻にシール貼ったらマジ、スーパーで売られてるキウイです。


「ほら、寝るぞ。」


「はーい!」


僕もそのハンモックにちゃっかり混ぜてもらう。

ふふふ、ふっこふこ。

生きた羽毛布団。


背中側の翼は割と人間の髪の毛みたいで硬い部分もあるんだけど、腹部の方は柔らかい部分も在るね。

これは、ぬくい。

本当の動物とは違って鳥臭さもほとんど無い。


この、『おっさんに抱かれてハンモックで寝る』と言うと一種の拷問に聞こえるけど、『大きなキーウィに抱かれて一緒にハンモックで寝る』と言うと一気に幸せ感もほっこり感も増すのは何でだろう…。


やっぱり、外見って重要だよな…!

そんな世界の真理を噛みしめながら、僕は眠りに落ちた。


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