第10話 届かぬ掌

「……悪い事ぁ言わねえ。持ってる金目のモン、全部出しな」


 盗賊達の中でも一際体格のいい男が一歩前に出て、こちらに剣を突き付ける。途端、小さな悲鳴が幾つも上がった。


「騒ぐんじゃあねえ! 言う事さえ聞きゃあ命までは取らねえよ!」


 男が怒鳴り付けると、悲鳴がピタリと止む。それを確認すると、男は言葉を続けた。


「いいか、俺達も鬼じゃあねえ。大人しく出すモン出せば、テメェらの命は保証してやる。ただし、もし抵抗するなら……」


 その言葉に、傍らの盗賊が剣を振るい、近くの枝を切り落とす。ひっ、と、ひきつった悲鳴が微かに聞こえたのが解った。男は大仰に僕らを見回すと、剣を突き付けたまま言った。


「……それにしても奇妙な連中だな。神父に農夫に餓鬼に、後は女ばかり。誰一人旅装もしてねえ。新手の奴隷商か?」

「わ……我々は、村を焼かれ、山を下りてきました」


 震える声で、神父様が言葉を紡ぐ。掌は祈るように、アンジェラ神のシンボルを固く握り締めている。


「食べるものも着るものも皆失い、誰もこの身一つの状態です。金目のものなど、あろう筈がありません」

「……」


 男の目がもう一度、じっくりと品定めをするように僕らを見る。その目が……アロアの前で、止まった。


「なら、そのシスターの餓鬼。そいつを置いていけ。それで勘弁してやる」

「なっ……!?」


 神父様が、驚愕の声を上げた。僕も、大声を上げかけて慌ててそれを抑える。

 皆の無事の為にアロア一人を犠牲にするなんて……そんなの……!


「……解ったわ」


 けれど。アロアはそう言って、ゆっくりと前に進み出た。制止しようとした手は寸前で空を切り、何もない空間を掴む。


「アロア!」

「あなた達と行くわ。だから皆には手を出さないで」

「……ふん、物分かりのいい餓鬼だ。いいだろう。他の奴らは見逃してやる」

「いけません、アロア!」

「神父様、皆をお願いします。リト……元気でね。あなたの記憶が戻るよう、祈ってる」


 男が、前に出たアロアの腕を掴む。僕はそれを止めようと、全身の力を奮い立たせ駆け出そうとした。


「大人しくしてろ、この餓鬼!」


 けれどそれより早く、背後にいた盗賊が僕の頭を強く殴り付けた。僕の体は呆気なく地面に沈み、限界を迎えた意識が遠のいていく。


「リト! リトーーーーー!」


 アロアの悲痛な叫びを遠くに聞きながら、そこで、僕の意識は途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る