第9話 襲撃
僕らは休む事なく、整備されていない山道を下っていった。朝ご飯を食べたきりの体は、空腹と疲労を訴え悲鳴を上げる。けれども今歩みを止めれば、きっと本当に歩けなくなってしまう。それが解っているから、皆泣き言一つ言わずに歩き続けた。
「アロアの家族はどうしたの? お父さんや、お母さんは……?」
道中、ふと気になって、僕は隣のアロアにそう問い掛けた。僕は麓までの道を知らないので、先頭に道案内の神父様とその護衛のダナンさん、背後から襲われた時に備えて最後尾に一番戦える僕、その間に村の女の人達、という隊列で歩いていた。アロアにも皆と一緒にいるようにと最初は言ったのだけど、まだ傷が塞がって間もない僕の事が心配だ、未熟だけど自分も聖魔法が使えるから普通の人よりは戦力になる、と僕の隣を歩くと言って聞かなかったので仕方なく言う通りにさせている。
アロアは僕の問いに、ほんの僅かな間目を伏せた。そして寂しそうに笑うと、言った。
「……いないの。お父さんは村一番の猟師だったけど、三年前に獣を深追いして崖から落ちて死んじゃった。お母さんも一年前に病気で……二人の思い出の家、残ってて欲しかったけど……皆燃えちゃった」
思わず言葉を失った。その事でアロアが辛そうにしている姿は、この一ヶ月の間一度だって見た事はなかった。いつも明るく笑って、いつも自分以外の誰かの事を考えて……。僕の知っているアロアという子は、そんな太陽みたいな子だった。
……教会から誰もいない家に帰る時、アロアはいつも何を思っていたのだろう。その笑顔の奥に、何を隠して生きてきたのだろう。
今になって、魔物に戦いを挑んだ僕をアロアが叱った理由が解った気がした。残された者の悲しみ。それを知っているからこそ、アロアはきっと無茶をした僕を叱ったのだ。
「……ごめん。知らなかったとはいえ」
やっとそれだけ、僕は口にした。実際の両親と両親との思い出。アロアは、両親を二度失ったのだ。何て言葉をかけたらいいのか、解らなかった。
「いいの。私も何となく言いそびれてたし……それに、今は皆の方が大変だと思うの。……私のお父さんやお母さんは、殺された訳じゃないから。だから覚悟も出来てたけど、皆はそうじゃないから」
そうアロアは笑ったけど、その笑顔の弱々しさから無理をしている事はすぐに解った。アロアだって辛い筈なのに、それでも自分よりも皆の事を優先しようとしている。それは間違いなくアロアの強さだけれど、同時に皆の為なら自分を投げ出してしまうんじゃないかという危うさも見えて、僕は何だか心配になった。
「……アロア。アロアが死んだら、僕はとても悲しいし、辛いよ。きっと、他の皆も」
思いのままに、そう口にする。アロアは、一瞬虚を突かれたようにきょとんとしたけど、やがてさっきよりも柔らかくなった笑顔で言った。
「うん……うん。ありがとう、リト」
僕もまたそれに微笑み頷き返すと、再び辺りを警戒しながら歩き始めた。
日が沈み、夜の帳が降り始めた頃、僕らはやっと町の灯りが見える場所までやってきた。皆の顔を見回すと、村を焼かれ家族を失った心労とここまで休まず強行軍してきた疲労とが合わさってもう極限状態に近いように感じられた。
「皆さん、もう少しです。頑張りましょう」
振り返り、そう励ましの声をかける神父様の表情も疲労の色が濃い。かくいう僕も、傷こそ塞がっているものの治療の間に失った血が多すぎたのか、体が
薄闇の中、月明かりだけを頼りに最後の力を振り絞る。生き残りの中にはお年寄りも何人かいるから、歩みは実にゆっくりだ。それでも着実に、僕らは前へと進んでいた。
そして、町の入口の松明が遠目に確認出来る場所まで来た時。
「ひっ!」
ひゅっと、何かが突然空気を切り裂いた。それは幸い誰にも当たる事なく、近くの木に突き刺さる。
目を凝らし、突き刺さった何かを確認する。それは、木で出来た一本の矢だった。
「止まれ!」
直後、響く大声。僕らの周りを、あっという間に大勢の足音が取り囲んでいく。
気が付けば、僕らは剣や弓で武装した集団に完全に包囲されていた。
「……何てこった……盗賊だ……」
絶望を滲ませたダナンさんの呟きが、張り詰めた空気の中に溶けて消えた。
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