第17話「流れ」4

”あたち”は俺の感情のままに投げられた言葉を聞いたまま、しばらくの間うつむいている。


二人の間に流れる空気が、まるで刃物の様に切り裂いていた。


俺はこんな小さな子供に感情をぶつけてしまった事に対しての罪悪感と、自分では何も出来ないんだという無力感で心の中がめちゃくちゃに荒らされていた。


”あたち”はくるっと俺に背を向けてからその場に勢いよく座り込み、そのまま後ろに倒れる様に横になった。


自分の腕を頭の後ろで組み、小さな細い足を大人の様に組みながら、”あたち”はじっと何もない白い空を眺めていた。


俺が目線を少し下げるだけで”あたち”の顔が見える。


ほんの僅かしかない俺と”あたち”との距離だったが、そこには深い溝が出来てしまっているようだった。


”あたち”は口をへの字に曲げ、にらみつける様に空を眺めている。


もしかしたらこのまま泣いてしまうんじゃないかと、俺は不安になりながら、”あたち”の顔をチラチラとみていた。


何度目かにそうして”あたち”の顔を除き見ていると、ふと、”あたち”が俺に視線を向けて俺と目が合った。


”あたち”はしばらくそのまま俺をにらみつけている。


「ばーか」


表情を変えずに”あたち”は俺に言葉を投げる。


「ばーーーか」


俺は”あたち”の悪態に、泣きそうには無いな、と少し安心した。しかし、その言葉には何も投げ返すことが出来なくて俺は”あたち”から視線をずらし、横の生い茂る草を見るでもなく眺めていた。


「ばーーーーーーか」


”あたち”はそんな俺の横顔に向かって言葉を繰り返す。


「ばーーーーーーーーーーーーーーか」


俺はその言葉を横顔で受け続けている。


何度かそんな事を繰り返していると、”あたち”はスッと起き上り、俺に背を向けたままあぐらをかいて座った。


「ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーか」


”あたち”は背中をむけたまま俺を罵る。


この狭いボートの中で、二人の距離は少しつ遠ざかっていく。


そんな距離感と時間に俺は抗うでもなくただ傍観している。


すると、”あたち”はくるっと飛び跳ねる様に立ち上がり、ゆっくりと俺の方へと体を向ける。


「あなたって本当に自分からは何もしないのね。」


”あたち”は少しうつむき、クスクスと口角を上げて笑う。


またその少女の容姿からからは想像が出来ないような、”あたち”の大人びた表情を見て俺は背筋に悪寒が走るのを感じた。


「それじゃあ、これはどうかな?」


そんな不穏な表情を崩さないまま”あたち”は俺に問いかけた。


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