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「何をです?」


「奥様があまりにお美しくて近寄りがたい雰囲気をお持ちでしたので、何か失敗したらお叱りを受けるのではないかと、メイドたちとずっと緊張していたのです。でも、今のお姿を見て安心しました。さすが公爵様は、よいご令嬢をお選びになったのですね」


 思わずローズは吹き出しそうになった。


 全く想像もしていなかった言葉ばかりを並べられて、ローズはどこから突っ込んでいいものか激しく迷う。


「ええと……そうなの?」


 結局、あいまいな答えしか返せないローズに、なぜかソフィーは嬉しそうに頷いた。


「はい。お菓子やお花の贈り物でも奥様の笑顔を見ることができなかったので、てっきり気難しいかたなのかと……あ」


 言い過ぎたと思ったのか、ソフィーはあわてて自分の口元を押さえて言葉を止めた。



(ああ……確かに、アレで喜んだことはなかったわね。せっかくの贈り物だったというのに)


 ソフィーに言われて、ローズは贈り物に籠められたレオンやこの館の人々の気持ちまでないがしろにしていたことに気づいた。


 きっと指示をしたレオンも指示されたソフィーたちも、受け取った時のローズの笑顔を見たかったに違いない。今まで用意する側だったローズは、その気持ちをよく知っている。


(そうよね。すべては、私を喜ばせようと思ってしたことだものね。レオン様にも、悪いことしちゃった)



 そして改めて、自分がここにきてからどれほど緊張のし通しだったのかも気づいた。


 身代わりがばれないことばかりに気を使って、他には何も見えていなかったことを。


(今の私はベアトリス様だもの。楽しいこと、嬉しいことの大好きな。そしてちょっと意地悪な。お嬢様の代わりを務めるなら、私もそうでないとね)



 肩の力の抜けたローズは、今まですました美人だと思っていたソフィーがあたふたと慌てるさまを見て、その可愛らしさに思わず微笑んでしまう。


「まあ。わたくしこそ、ソフィーがそんな風に笑った顔なんて見たことなくてよ?」


「そうでございましたか?」


 自覚がなかったのか、ソフィーが目を丸くした。


「ええ。……わたくしも同じです。ソフィーをはじめ公爵家の方々に失礼があってはいけないと、ずっと気を張っておりましたの」


「奥様……」


 ソフィーは困惑したように顔を曇らせた。



「そんな風にお気遣いいただいていることに気づきもせずに、奥様にお気苦しい思いをさせてしまったのですね。申し訳ありませんでした」


「そんなことはなくてよ? こちらの皆様には、本当によくしていただいています。わたくし、こちらにきて一度も不自由を感じたことなどありません」


 ばれないようにとはらはらしてはいるけど、とローズは胸の中だけで付け加えた。



 ソフィーは、安堵したように笑みを浮かべた。


「奥様は、お優しいのですね」


(そうよ。お嬢様は本当にお優しいし、良い方なの)


 まるでソフィーにベアトリスを褒められたみたいで、ローズは嬉しくなって微笑んだ。



 長い立ち話になってしまったことに気づいて、ソフィーはワゴンに手をかける。


「このサロンのカギはいつでも開けておきますので、また素敵な音を聴かせてくださいまし。お茶は、お庭で召し上がられますか?」


 ローズが振り返ってみてみると、確かにサロンのテラスにもテーブルが置いてある。



「いえ、少し寒くなってきたので中でいただくわ」


「かしこまりました」


 ソフィーがワゴンを押してサロンに入るのに続きながら、ローズはちらりと庭を振り返る。やはり、かさりとも動く気配はない。


「さっきのトラヴェルソは……」


「奥様? 何かおっしゃいました?」


 お茶のカップを用意しながら、ソフィーが振り向く。


「いえ、なんでもないわ」


 ローズはサロンに入ると、庭に続く扉を閉めた。



「誰だったのかしら……」

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