【WEB版】最弱無能が玉座へ至る ~人間社会の落ちこぼれ、亜人の眷属になって成り上がる~

サケ/坂石遊作

吸血鬼編

第1話 人間社会の落ちこぼれ


 吸血鬼、獣人、妖精、天使、悪魔、エルフ、ドワーフ――そして人間。

 この世界には多くの種族が存在する。それ故に、争いが起きることもある。


 ――種族戦争。


 かつて、各種族の長たちが、頂点の座を賭けて争った。

 その戦火はあっという間に世界全土へ広まった。人も、亜人も、魔物も、あらゆる命が戦火に飲まれて消えていき、多くの者が怒りに狂った。


 戦争は長引いた。

 その理由は、種族特性と呼ばれる特殊な力だった。

 あらゆる種族には、特有の能力がある。血を操ることができる吸血鬼。肉体が強靱な獣人。自然の変化を読み取る妖精。多彩な能力を操る人間。それぞれの種族にはそれぞれの強さがあり、だからこそ彼らは戦争を始めたわけだが、惜しむらくはその強さの桁を読み違えていた。誰もが「自分たちこそが最強の種族であり、世界を支配するに相応しい」と信じて疑わなかった時代、人々は戦争を通して他の種族の強さに愕然とした。


 屍山血河の末、漸く戦争は終わった。

 これ以上戦争を続ければ、種そのものが絶滅しかねないと各種属の長が判断したのだ。


 ――時は現代。


 種族戦争の終結から、約一世紀が経過した頃。

 あらゆる種族が共に手を取り合い、平和を誓った筈のこの世界で――。


 俺は、平和とは程遠い毎日を送っていた。




 ◇




「的が逃げてんじゃねーよっ!」

「ぐあっ!?」


 学園の郊外。授業で使う森の中。

 汗水垂らして走る俺の背中に、真っ赤な炎の塊が直撃した。


「ははは! いい気味だな、ケイル!」


「その年にもなって能力が開花してないなんて、お前くらいだぜ!」


「落ちこぼれが! さっさと学園を退学しろ!」


 下卑た笑い声が森に木霊した。

 彼らは俺と同じ学園の生徒だった。しかしその実力は俺とは異なる。

 彼らの言う通り、俺は――――落ちこぼれ。それ故の虐めは、もう何年も前から経験していた。


「く、そっ!」


 隙を見て走り去る。だが彼らもすぐに反応した。


「逃すかっ!」


「待て! やべえ、教師だ!」


 一人の男子が、こちらに接近する教師の姿を見つけた。

 彼らは舌打ちして、俺の追跡をやめる。


「助かった、か……」


 安堵に胸をなでおろした時――学園のチャイムが鳴り響いた。




 ◇




 おかしなことに。

 どうも人類は、物事に順位をつけることが好きらしい。


 種族戦争は、「最上の人類を決める」という目的のために行われた争いだ。

 その戦争が終結した今、世界には平和が訪れたとされるが――一部の者にとっては、まだまだこの世界は平和ではない。


 種族間における優劣をつけなくなった代わりに、今度は同族内で優劣をつけ始めたのだ。

 結果、俺のような「落ちこぼれ」が、虐げられる羽目になる。


「くそ……っ」


 放課後。帰路についた俺は舌打ちした。

 俺が落ちこぼれと呼ばれている理由は一つ。未だ能力を開花していないからだ。


 各種族が持つ能力のことを、種族特性という。

 例えば、吸血鬼の種族特性は「血を操ること」。

 獣人の種族特性は「身体能力の大幅な向上およびそれに伴う獣化」。

 そして人間族の種族特性は、以下の七通り存在した。


 ・素質系

 ・支配系

 ・模倣系

 ・強化系

 ・契約系

 ・吸収系

 ・覚醒系


 大体、人間は十歳前後で自らの能力を自覚・・する。早い者は物心つく頃には能力を使いこなしている。俺の妹もかなり早い段階で能力を自覚しており、確か五歳になる頃には使いこなしていた。


 だが、俺は――――まだ能力を自覚していない。


 自覚していないということは、自分の能力が何かわからないということだ。

 要するに、能力が使えない状態にあるということだ。


 俺は今年の春から高等部一年生。つまり年は十五歳である。

 周りの生徒が皆、能力を使っている中、俺だけ何もできずにいる。


 落ちこぼれと罵られるのも無理はないかもしれない。


「能力、欲しいなぁ」


 偶に妄想する。

 もし自分に能力があれば――あんな連中、こてんぱんにしてやるのに。

 いや、それは無理か。彼らも能力を持っている。俺の背中を焼いたあの火の玉がそうだ。あれはおそらく【支配系・炎】によって生み出された炎塊だろう。


「ただいまー」


 家に帰ると、パタパタと足音が近づいてきた。


「兄さん! おかえりなさい!」


 妹のミュアが満面の笑みで俺を迎える。

 ミュア=クレイニア。兄である俺ケイルの妹だ。

 容姿端麗とはまさに彼女のことで、巷では雪の精霊と噂されるほどの、目を惹く姿をしている。肌は初雪のように白くてきめ細かい。艷やかな銀髪は結ぶことなく腰まで垂らしている。……俺が黒髪なのに、どうして彼女は銀髪なのだろう。一応、血はつながっているはずだが……。


「荷物預かりますね。今、洗濯してる最中ですから」


「ああ、頼む」


 ミュアはすぐに俺の荷物を奪い取り、中にある弁当箱と運動着を取り出した。ミュアはわけあって家にいることが少ないため、偶にこうして家で顔をあわせたら、何かと家事を負担してくれることが多い。

 しかしミュアは、俺の運動着を見た直後、その目をスッと細くした。


「兄さん……これ、学園の運動着ですよね。どうしてこんな汚れてるんですか?」


 ギクリ、と。俺は体を硬直させた。


「その、今日はサバイバル演習があったから、魔物と戦っているうちに汚れてしまって……」


「背中の部分、焼けていますね。……あの森に、火を使う魔物はいなかったはずですが」


「……」


 駄目だ。ごまかしきれない。

 これは――危険・・だ。

 俺ではなく、俺を虐めた連中が。


「誰がやったんですか?」


「いや、その……」


「教えてください。私が――斬ってきます」


 そう言って、ミュアが玄関先にかけている刀を握った。


「待て待て待て! いいって! そんなことする必要ないから!」


「離してください! 兄さんの敵は私が皆殺しにします!」


「やめろ! 剣姫・・が嘘でもそんなことを言うな!」


 何を隠そうこの妹、ここらではちょっとした有名人である。そんな彼女に私情で人殺しなんてさせるわけにはいかない。多分この場合、元凶は俺になるだろうし。


「大体、お前、今日はギルドの方は良いのか?」


「はい。今日はお休みを頂いていますから」


 ギルドとは、国が経営する仕事の斡旋所である。依頼人と受注者の仲介をすることで儲けを得ている組織だ。

 ミュアはこの国でも有数のギルドに入っており、その中でも特に有望株として見られている。


「俺も、ギルドに入れたらな……」


 独り言のようにつぶやく。

 ギルドの加入条件は「能力を自覚し、制御できること」だ。俺は該当しない。


 我らがクレイニル家の両親は――ある日、唐突に蒸発した。もちろん蒸発というのは比喩表現だが、要するに姿を消したのだ。もう何年も前から音信不通の状態が続いている。


 幸い、当時からミュアはギルドで有望株として莫大な金を稼いでいたため、生活費に困ることはなかった。その時の俺は、まさか両親がこのまま帰ってこないとは思わなかったため、少しの間だけミュアの世話になるつもりだった。「借りた金はちゃんと返す」とミュアにも伝えている。


 だが結局、両親は帰ってこなかった。

 今、俺はミュアに、生活費も学費もすべて稼いでもらっている。


 ……紐じゃん。

 年下の、しかも妹の脛をかじる兄って、人としてどうなんだ。


「なあ、ミュア。やっぱり俺も学園辞めて働こう――」


「駄目です。稼ぎは私一人で十分なんですから。兄さんは学園に通ってください」


 ミュアはため息をこぼした。


「学歴は重要ですよ。将来のためにも、手に入れるに越したことはありません」


「……それを言うならミュアも同じだろ」


「私はすでに十分稼いでいますから。それに一応、学園にも籍を置いてます」


 籍を置いているだけで通ってはいない。

 ミュアはいつもギルドで仕事を請けている。


「晩ごはん作りますから、兄さんはそれまでゆっくりしていてください」


「……ああ」


 ミュアに言われ、俺は自室に入り、ベッドに体を沈ませた。


「学園では同級生に虐められ、家では妹に養われる、か……」


 ぼーっと天井を眺めながらつぶやく。


(このままじゃ、駄目だよな……)


 なんて考えたところで、何をするべきか答えがでるわけでもない。

 今まで幾度となくこうして悩んできたのだから。

 起き上がった俺は、リビングにいるミュアへ一声かける。


「ミュア、ちょっと散歩してくる」


「間違っても魔物と戦わないで下さいよ。兄さんそう言って森に入ったの何度目ですか」


「流石にもうしないって」


 苦笑して玄関を出た。

 昔のことを思い出す。能力が欲しいあまり、「命の危機に瀕したら能力も開花するはずだ!」なんて無謀なことを考えていた時期があるのだ。結果、森で魔物に深手を負わされ、後日ミュアに説教をうけた。


「こうやって気晴らししたところで、何も状況は変わらないよな……ん?」


 一通り歩き回り、家に帰ろうとしたその時、路地裏の方から小さな悲鳴が聞こえた。

 すでに外は暗い。この時間帯に悲鳴とは、少し怪しい予感がする。

 音を立てずに路地裏の方へ進むと――。


「なっ!?」


 見慣れない光景が広がっていた。

 路地裏の突き当りにある狭い空間に、多くの人間がいた。ただし彼らはいずれも気を失っている。ゴミ袋に頭を突っ込んでいる者。鉄パイプに腕を縛られて気絶している者。そして――全身から赤い血を垂らし、白目を剥く者。


「お、おい! どうした!? 大丈夫か!?」


 俺は慌てて、傍で横たわる男の体をゆすった。

 脈はある。しかし目を覚ます気配はない。


 何だ。何があった?

 困惑のあまり、硬直する。そんな俺の足元に――二本のナイフが突き刺さった。


「……は?」


 地面に鋭いナイフが突き刺さっていた。あとほんの数センチずれていたら、足が貫かれていただろう。

 驚きのあまり硬直した、その時――首の裏に強烈な痛みを感じた。


「――ぐっ!?」


「動かないで」


 慌てて後ろを振り返ると、そこには可愛らしい姿をした少女がいた。

 銀の髪はふわふわにカールしており、肩の下まで伸びている。紅色の瞳は俺の顔を満遍なく映し出していた。その背中からは真っ黒な翼が生えている。


「き、吸血鬼……!?」


 首を噛まれながら、現状を理解する。

 傍に横たわっている男の首筋を見ると、そこにはやはり吸血鬼の牙の跡が存在した。

 ここに寝転がっている人たちは皆、全てこの吸血鬼の仕業だ。


「悪く思わないでちょうだい」


「な……に?」


「事態は一刻を争うの。だから申し訳ないけど、これから貴方には、私の眷属になってもらう」


 そう言って、少女は俺の首筋に牙を立てた。




※  ※  ※


8月1日に、HJ文庫様から本作の書籍版が発売いたします!

書き下ろしエピソードや美麗なイラストなど、web版にはない様々な魅力がありますので、是非お楽しみください!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る