4-3-2 隣国王子 接触
学院に入学して一月が経った。帝国の皇子については第一王子に報告し、監視を付けて貰った。私もそれとなく探りを入れているが、これといった動きが無い。
動きが無いといえば、他の隣国の王子とも、入学から一月が経ったが接点がない。
創世の迷宮に行くのは、スケジュール的に考えて、二年目の夏休みに行かなければならないはずだ。それまでに一緒に行く約束を取り付けなければならない。そうなると、余りのんびりもしていられない。
創世の迷宮のクリアに隣国王子の同伴が必要だったのは計算外だった。このまま隣国の王子とコンタクトが取れない場合、新任講師と夏休み旅行で入手できる、エルフの宝玉にターゲットを変更した方がいいかもしれない。
新任講師は、元家庭教師のニコラス=アウランだ、話を付けるのも比較的簡単だろう。問題は、ヒロインでなく、私が一緒に夏休み旅行に行ってエルフの宝玉が手に入るかだ。本来悪役令嬢がそれを手に入れる方法は、ヒロインが手に入れたものを盗むことだ。それを考えると、創世の書とエルフの宝玉、同時進行で進めいくのがいいだろう。
そうなると、やはり何としても隣国王子と接点を持たねばならない。相手は身分を隠している。どうやって近づいたものだろう。
いきなり、「あなた王子よね。私と仲良くしない」という訳にはいかないだろう。
私は、頬張っていた照り焼きチキンサンドを紅茶で流し込んで、考え込んでいると。隣で同じものを食べていたリココが心配そうに尋ねてきた。
「照り焼きチキンサンドはお口に合いませんでしたか」
「そんなことないわ。美味しかったわ。少し考え事をしていただけ」
今日は珍しくリココと二人、学院のカフェで昼食を取っている。
そこに、一人の青年が近付いてきた。
「失礼ですが、公爵令嬢のエリーザ様ですよね。私はイーサクといいますが、ご合席させていただいてよろしいでしょうか」
「イーサクさん、いきなり失礼ですよ」
「いいのよリココ。どうぞお座りください。イーサク殿下」
「あ、ばれてました。一応秘密なので、殿下は勘弁してください」
「それではイーサク様、お食事はどうなさいます」
「食事は済ませたから、お茶だけいただこう」
「リココ、給仕を呼んで頂戴」
「畏まりました。エリーザお嬢様」
リココは席を立ち、給仕を呼びに行った。
しかし、向こうから接触してくるとは天の計らいであろうか。
彼は、エルファンド神聖国第一王子イーサク。以前、第二王子とは会ったことがあるが、その兄である。身分を隠している四人の隣国王子の中で、彼が攻略対象者である可能性が一番高い。
「それでイーサク様、どのようなご用件です」
「いやー。シューサクの意中の人がどんな人か、一度お話しする機会を窺っていたのですが、珍しくカフェでお見かけしたので、折角なのでお声をかけさせていただきました」
「シューサク?どなたのことですか」
「あはは。こりゃまいった。シューサクをご存じない」
「はあ、有名な方なのですか」
「有名といえば有名かな。君も一度会っているはずなのだが」
「すみません。人の名前を覚えるのは苦手なもので」
「いや、いいのですよ。そうか、覚えてないか。ははは。」
イーサク様は、腹を抱えて笑っている。余りに人のことを笑うので、私は憮然としたい顔となる。それに気付いたのか、イーサク様は急に真剣な表情になった。
「これは失礼。気分を害されたのなら謝罪します」
「いえ、構いません。それで、シューサクとはどなたなのです」
「私の弟ですよ」
「弟って、第二王子ですか。これはとんだご無礼を」
そういえば第二王子の名前を聞かずに、そのままにしていた。
「いや、構いません。君が弟に関心が無いのは私にとって好都合です」
ここで、リココに呼びに行かせた給仕が注文を取りに来た。イーサクは紅茶を注文した。戻ってきたリココは、私の右後ろに控えている。
「ところで、イーサク様はなぜ身分を隠しているのですか」
「実は、国における私の立場は複雑でね。本当のことを言うと、君にお願いしたいことがあって、この学院に潜り込んだのです」
「また、ご冗談を。兄弟そろってご冗談がお好きなのですね」
「いや、冗談ではないのだが。ん?弟も何か冗談を言ったのか」
「冗談で口説かれて、からかわれました」
「そ、そうか、プフ。冗談で口説かれてからかわれたか。クク」
イーサク様は笑いをこらえているようだ。私はまた憮然とした顔になる。
「いや、失礼。だが、私の言ったことは冗談ではない」
「そこまでして私にお願いしたいこととは何です」
イーサク様は周囲を確認し、こちらに誰も気にかけていないことを確認すると、髪の毛に隠れた耳を私に見せた。
「実は私は獣人系なのです」
その耳は形こそ人と同じであるが、細かい体毛で覆われていた。
「君も知っていると思うが、わが国では獣人系の者の地位は低い。このままいくと私は王位を継げない」
エルファンド神聖国では、エルフ系の住民が優遇される一方、獣人系は不当に低く扱われている。
「王位を継ぐためには何らかの実績を上げねばならん。そこで思い付いたのが創世の迷宮だ。あの迷宮をクリアすれば、それなりの実績になる」
「それで私にお願いに来たのですね。ですが、なぜ、学院に潜り込むような真似を、普通に依頼されればよろしかったのでは」
「他国の者に依頼したとなるとよろしくない。しかし、他国の者でも友人が協力してくれたとなれば問題ない。むしろ、他国にも顔が利くと評価が上がる」
「そんなものですか」
「そんなものだ。それに、君が弟と親密だと思っていたから様子を窺っていた」
「第二王子と親密ですか。あり得ません。どこからそんな話を」
「弟本人だが」
「それは第二王子にからかわれたのですよ」
「そうなのか」
「第二王子の話はどうでもいいです。迷宮の攻略に協力するとして、一つ条件があります」
「何だね」
「協力したお礼として、創世の書をください」
「創世の書?」
「創世の迷宮をクリアした時に得られる宝のことです」
「流石にそれは」
「でしたら協力は無しで」
「分かった、では共同所有ということでどうだろう。名前からして書物なのだろ。お互い好きな時に読めるようにしようではないか」
それって、両国間の距離をどうするつもりなのかしら。こっちはいざとなれば転移魔法があるけど、大っぴらには使えないわよ。もしかして、向こうにも同じようなことができるのかしら。考え過ぎかしら。単に写本を用意するだけという可能性もあるわね。
「写本を用意するなら、本物がこちらよ」
「そういうことを言いたかったのではないのだが、まあいいか。寸分違わぬ複製を作ろう。本物を君に、私は複製で。これで協力願えるかな」
「それならば構わないわ。微力ながら協力しますわ」
「ありがとう。助かるよ。それで何時いける」
話がとんとん拍子だ。これなら、二年目の夏休みでなく、一年目の夏休みに行ける。そう答えようとしたとき声をかけられる。
「エリーザ、カフェにいるなんて珍しいな」
「殿下」
声をかけてきたのは、この国の第一王子、アインツ殿下だ。言うまでもなく私の婚約者だ。
「エリーザ、そちらの方は」
「えー、イーサク様ですわ」
「随分と話が盛り上がっていたようだが」
「そんなことはございませんわ」
「エリーザ様には少しお願いをしていたのです。アインツ殿下」
「私のことは知っているのですね。なら話が早い。エリーザに何をお願いしていたのです。遠耳に聞こえたところによると、どこかに行くとか」
「それは、創世の迷宮に」
イーサク様が白状してしまった。
「エリーザ、まさか黙っていくつもりだった訳ではないでしょうね」
「いえ、そんなことはありませんわ。オホホホホ」
「はー。行くなとは言いませんが、自分の立場も考えてください」
「行っていいのですか」
「自分の立場も考えて、と言いましたが」
「どうすればよろしいのでしょう」
「イーサクさんはどのような立場の方なのです」
私はイーサク様と顔を見合わせる。暫く考えて、イーサク様が頷く。私は第一王子に、アインツ殿下の方ね。小声で耳打ちした。
「実は、イーサク様はエルファンド神聖国第一王子です」
アインツ殿下が、額に手を当てて困り果てる。
「話の続きはここではまずいですね。放課後図書館に来てください。いいですね。二人共」
「はい」
「分かりました」
その場はそこで解散となった。
そして放課後、三人は図書館に集まることはなかった。というか、今回放課後はこなかった。
この日、昼休み後の後半の魔法の実習で、魔法を暴走させた生徒に巻き込まれ、ヒロインが亡くなった。ヒロイン二回目の死亡である。
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