5-4-3 教会聖女対策会議

 教会の一室で、聖女の扱いをどうするか会議が行われている。


「先ずは、今後聖女をどう扱うかだが」

 枢機卿が議題の提案を行う。


「あの悪役顔で、本当に聖女なのか。何かの間違いではないのか」

 太った司教が発言する。この司教は現場にいなかった様だ。

「聖杯が聖女だと認めています」

 ラン司祭が答える。


「そもそも、その聖杯が擬人化したこと自体信じられん」

「ですが、私たちは確かに見ました」

「そうです。羽根の生えた少女の姿は、まさに伝説通りでした」

 若い司祭たちが次々と答える。


 太った司教は、話だけでは信じられないようすだ。ラン司祭が私に願いでる。

「エリーザ嬢、ここは一つ、聖杯を呼び出してもらえないかな」

「そうですな、私も実際に見てみたいものだ」

 太った司教もそれに同調する。


 どうすれば呼び出せるのだろうか。聖杯は心に念じろと言っていた。

「わかったわ、やってみるわね」


 私が両手を前方に掲げ、心に念じた。


『聖杯来い』


 両手の上に聖なる光が集まり、聖杯の形を形作っていく。そして、光が尚も集まり収束していく。


 ポン。


 羽根の生えた少女が空中に現れた。


「ななな、これは」

 太った司教が驚嘆している。


「悪は誰、誰を滅するの」

 聖杯が周りを見回す。


 出てきていきなりそれかい。物騒だな。

「今のところ悪はいないわ。ただ、ちゃんと呼び出せるか確認しただけ。戻っていいわよ」


「あいや待たれよ。いくつか確認したい事がある」

 太った司教が止める。

 聖杯は見向きもしないで、消えそうになっている。

「あ、ちょっと待って、聞きたいことがあるらしいから、答えてあげて」

「わかった」

 どうやら、私の言うこと以外眼中にないようだ。


「おまえは本当に聖杯か」

「そうだが」


「それは証明できるか」

「証明?そなたは人間か」


「そうだが」

「それ証明できるか」


「人間かどうかぐらい、見ればわかるだろう」

「なら、我を見れば聖杯かどうかわかるだろう」


 いや、その見た目では、誰も聖杯だとは分からないだろう。


「まあ、我を聖杯と呼び始めたのはそなた達だ。そなた達が違うと言えば、違うのかもしれん。そうだ、聖女様、我に新しい呼び名を付けてくれまいか」


 え、そんなことしていいのかな。

「聖杯があんなこと言っていますが、どうします」

 私は周りの教会関係者に確認を取る。


「聖杯が希望しているのだ、付けてやればいいだろう」

 太った司教は声高々に言い切る。


「そうですか。でしたら。グラールでいいかしら」

「わかった。我は今からグラールだ」


「それで、聖杯いやグラールか、何故あんなのが聖女なんだ」

 太った司教が人のことをあんなの呼ばわりしてくる。


「そなたにはあの聖女様の素晴らしさがわからないのか。あの、神をも上回る魔力。あれさえあればこの世のすべての悪を滅することができる。そんなことができる者を聖女と呼ばず、何と呼ぶ」


「この世のすべての悪を滅する・・・」


 皆の視線が私に集まる。しませんからそんな事。

 私は大きく首を左右に振る。


「何も心配することはない、滅するのは悪だけだ。聖女が認めたな」


「わかっていただけましたか、ブルーノ司教、エリーザ嬢の見た目と関係なく、彼女には聖女としての力がある。今までの象徴としての、名前だけの聖女とは違うのです」

 ラン司祭が勝ち誇ったように太って司教に宣言する。


「本当に聖女の力なのか」

「ブルーノ司教よ、聖杯が発したあの光は聖女様の光で間違いない」

「枢機卿がそこまで仰るのなら納得するしかありませんな」


「あのー。できれば、私、聖女を返納したいのですが」

 ここぞとばかりに私が発言する。


「聖杯が認めたのに、そんなことできるわけないだろう」

「何を言っている。貴様、何故聖女になった」

 ラン司祭が即座に否定する。太った司教に至って怒りを顕わにしている。


「何故聖女になった。と言われてもですね。私も好きでなったわけじゃないんです。それに、聖杯を触るときも何度も確認しましたよね」

「まあ、聖女様の言いたいこともわかるが、返上は出来ない。諦めてくれ」

 枢機卿に頭を下げられてしまった。


「でしたら、私が聖女になったことを内緒にしていただきたい。というか、聖女なんかいなかったでいいじゃないですか」


「流石に聖女がいなかったことにするには無理があるかな。聖女の光が教会から漏れていたし、孤児や盗賊が目撃している。話がどこから拡がるかわからない。もし隠していたことが他の教会にばれた場合、大問題となってしまう」


 ラン司祭は、ほくそ笑むと、なおも話を続ける。

「それに、聖騎士が盗賊に加担していたのも問題だ、教会の不祥事となってします。だが、ここで、聖女が現れたと大々的に発表すれば、そんな問題は払拭できる」


「そうなると、本当にこんな悪役顔が聖女でいいのか」

 太った司教は余程私の顔が気に入らないようだ。

 私は睨み返してやった。

 太った司教は、身を縮こまらせる。


「じゃあ、せめて私が聖女だってことは内緒にしてもらいたい」


「正体を知られたくないわけですね。聖女様の身の安全を考えたら、その方がいいかもしれない」


「正体がばれないようにしたいのなら、聖女として活動するときは、顔にベールを掛けるのはどうだろう」

 ラン司祭が解決策を提案する。

「顔バレする心配はなくなるし、聖女に似つかわしくない、その人を射殺すような目も隠せて一石二鳥だよ」

 聖女に似つかわしくなくて悪かったな。好きで聖女になったわけではないのだ。面倒ごとを考えると、今直ぐ辞めたいぐらいだ。


 聖杯の公開と併せて、聖女のお披露目をすることで話がまとまる。


「次に、聖杯グラールの力についてなのだが」

 枢機卿が頭を抱え込む。

「この世のすべての悪を滅することができるそうだ」


「隠し通すしかないでしょうね」

「そうだな。幸い知っている者はここにいる者だけだ」


「そうですね。自分が滅せられたくなかったら黙っていることですね」


 聖杯グラールの力については皆で隠蔽することとなった。


 何とか会議が終了して。


「グラール、もういいわ、聖杯に戻って」

「それは無理だ」


「聖杯に戻れない?それはなぜ」

「我は既にグラールだ。聖杯ではない」


「名前はいいから、聖杯の形に戻れないの」

「精々羽根を隠すぐらいはできるが、あんなに大きく形を変えることはできない」


「エリーザ嬢、それは困るよ」

 ラン司祭が文句を言ってくる。

「困ると言われても。名前を付けていいか確認しましたよね」

「うっ」

 太った司教がうなっている。


「聖杯に名前を戻せないのか」

「無理だ」

 グラールの返事は素っ気ない。


「明日からの聖杯の公開どうするんだ」

 ラン司祭がほとほと参っている。


 ここで、今まで一度も言葉を発していなかったシリーが発言する。

「正直に話したらどうです」

「正直にとは」

 ラン司祭がシリーに聞き返す。


「聖杯が少女に化けたと」

「そんな話誰が信じる」


「信じるも何も、それが事実ですから」

「確かにそうだが」


「ついでに、聖女も彼女に名乗らせればいいんです」

「あら、シリー、それは名案だわね。聖杯が聖女になった。いけそうじゃない」

 私はその案に飛びついた。名目上とはいえ聖女から解放されるのだ、こんないい案はない。


「空を飛んでもらえば皆納得するかな。見た目もエリーザ嬢より全然ましだし。よし、いけそうな気がする」

 ラン司祭のやつ、見た目が私より全然まし、は余計よ。


 話し合いの結果、グラールを名目上の聖女とすること、私は聖女として表舞台に立たないことが決定した。因みに、呼称は「裏聖女」である。ラン司祭が「裏ボスみたいでかっこいいじゃん」と決めてしまった。後で覚えていろよ、性悪司祭。


 翌日からの聖杯公開改め、聖女のお披露目は大盛況であった。


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