2-10-1 王都での弟

 姉さんはお元気だろうか。

 王都へ向かう馬車の中、僕は思いを馳せる。


 第一王子によって連れ去られ、お会いできなくなって一年弱、さぞお綺麗になっていることだろう。


 あの黒髪と瞳、とてもこの世のものとは思えない。

 初めて見たのは、僕が三歳の時だった。その時の衝撃は今でも忘れることがない。僕の記憶の中で一番古いものだ。


 できることなら、一生この手の内に収めておきたかった。

 それがまさか、なんの前触れもなく、僕の手の届かないところに行ってしまうなんて、正に晴天の霹靂だった。


 最初は、姉さんのいないことに茫然となり何も考えられなかった。次には、姉さんを連れ去った第一王子への怒りが込み上げ、いかにして姉さんを連れ戻すか考える日々が続いた。それでも、姉さんが幸せになれるなら、それが一番と諦めの気持ちが優勢となった。


 姉さんは、久し振りに会う私に何と声をかけてくれるだろうか。


 姉さんのことだからまず薬草園のことを聞かれるかもしれない。あれは、姉さんと僕の大切な思い出の場所だ。今でも欠かさず手入れをしている。

 姉さんが望んでいたエリクサーの開発には至らないが、死体を腐らせずに綺麗なまま保存する薬品の開発には成功した。これでもし、姉さんが亡くなられても、綺麗なまま保存することができる。その美しい姿を毎日眺めて過ごせる。


 第一王子に取られてしまうくらいならいっそのこと。


「レオン様到着しました」


 そんな危険な思想に陥りかけたところで御者から声をかけられた。

 やばいやばい、ダーク面に落ちるところだった。姉さんがいなくなって以来、一人でいることが多くなったこともあり、考えが悪い方に行きがちである。気をつけないといけない。


「ご苦労様」


 御者に労いの声をかけてから、僕は馬車の扉を開け外に降り立つ。


「レオン久し振りね。元気にしていたかしら」


 そこには煌めくドレス姿の姉さんが立っていた。

 思わず声が詰まる。


「レオンどうしたの、馬車に疲れた」

「いえ、大丈夫です。元気にしていましたよ。姉さんの方こそお元気でしたか」


「毎日忙しいけれどね。元気にはしていたわ」

「そうですか、それは何よりです」


「ところでレオン、第一王子殿下があなたと会いたがっているのだけれど、国王との謁見が終わった後、会ってもらえない」


「第一王子殿下がですか。姉さんも一緒ですか」

「それが、二人きりがいいそうよ」


「二人きりですか。一体どのような用件です」

「内容までは私は知らないの、嫌ならお断りするけれども」


「断っても構わないのですか」

「レオンが嫌なら仕方がないわ。私は別の方法を考えるから」


「別の方法を考える?」

 何か王子と取引をしているのだろうか。

「なんでもないわ。今のは聞かなかったことにして」


「わかりました。殿下とお会いします」

 姉さんのためだ、殿下は気に入らないが我慢しよう。

「そう、ありがとう。殿下には伝えておくわね。詳しいことは決まり次第連絡するわ。私はこれから王宮に行かなければならないの、レオンはゆっくりしていてね」


「今の時間から王宮に行かれるのですか」

「今晩は、殿下と一緒に夜会に出なければならないの、ごめんね」


 そう言い残すと、僕が乗ってきたのとは別の馬車で、王宮に向け出て行った。



 国王との謁見が行われたのは、王都に着いて三日後、その間、姉さんは毎日忙しそうで、ろくに会話ができなかった。


「国王との謁見が終わった後、パーティーが始まるまでの間、殿下と会ってもらうわ。謁見終了後、迎えが来るからその者の指示に従って」


 謁見が行われる朝も、それだけ言うと、忙しそうに屋敷を出ていった。


 国王との謁見は何事もなく無事終了した。

 国王とのやりとりは、全て第一王女が行ったため、後ろに控えた私たちは、ただいるだけだ。

 王の後ろに参列した第一王子が、こちらも見て微笑んでいた。一体何の用件なのだろう。そちらの方が気がかりだった。


 謁見終了後は、予定通り係の者に案内され、応接室に通された。そこに待っていたのは勿論、第一王子である。


「初めまして殿下、北の公爵の長男、レオンでございます。この度は、お声がけいただきありがとうございます」


「アインだ、肩苦しい挨拶は抜きにしよう。将来、義兄弟になるんだ。兄と呼んでくれても構わないぞ」

「そんな、滅相もない。それで、本日お声がけいただいたご用件は如何程ですか」


「堅いね。もっと気楽にいこうよ。用件というほどのことはないのだ。ただ君と話してみたかっただけさ。将来の北の公爵に興味があってね」

「左様ですか」


「君は姉であるエリーと仲が良いのか」

「そうですね。姉弟としては仲が良い方かと」


「エリーは聖剣に興味があるようだけれど、その理由を知っているかい」

「聖剣ですか?それは初耳ですけど」


「あれ、そうかい。実は私も伝説の剣に興味があってね。それでエリーとも気が合ったのだよ」

「そうですか」

 本当に世間話というか、惚気話が目的か。


「伝説の剣といえば、北の公爵家にも魔剣があったね。君は何か詳しいことを知っているかい」

「魔剣ですか。公爵家に代々伝わるものとしか、詳しいことは知りませんが」


「そうかい、それは残念だ」

「私などより姉さんの方が詳しいのでは」


「エリーに聞いても何も教えてくれないんだ。何かわかったら教えてもらえると嬉しいな」

 なるほど、これが目的か。


「わかりました。と言うべきところなのですが、姉さんが内緒にしていることを私が喋ってしまっては、姉さんに怒られてしまいます」

 不敬に取られかねないが、姉さんが秘密にしている以上、ここで教えると言質を取られるわけにはいかない。


「姉弟揃って口が堅いね。そろそろ時間か。また会える機会を楽しみにしているよ」


「こちらこそ、では失礼します」


 僕は第一王子に頭を下げて応接室を出た。


 その後のパーティーでは、第一王女殿下に絡まれたのだが、そのことは、ここでは割愛しておこう。



 屋敷に戻るとその足で僕は父上の執務室に向かった。


「父上、魔剣について教えて頂きたいのですが」

「レオン、どうした藪から棒に。と言っても大体予想はつくがな。第一王子から何か言われたか」


「ご存知でしたか。今日、第一王子と会い、魔剣のことを聞かれました」

「そうか、前から探りを入れてきていたからな、エリーを婚約者にしたのもそれが目的だろう」


「姉さんはそのために婚約させられたのですか」

「まあ、そればかりではないだろうがな」


「それで、第一王子が狙っている魔剣には一体何があるのですか」

「公爵家に代々伝わる秘宝だが、その秘密については、公爵家の家長のみが知ることができる重要事項だ、今のお前に教えるわけにはいかん」


「姉さんは知っているのですか」

「知らん」

 父上は一度否定してから、考え込むようにして言葉を続けた。

「いや、それは分からん。私は話していないが、エリーに懇願されて、一度だけ魔剣を見せている」


 姉さんは魔剣を見ているのか、そうなると秘密を知っているとみておくべきだろう。


「第一王子の婚約者となるなら、見せるべきではなかったかも知れん。今となっては後の祭りだがな」

 父上は苦笑いを浮かべている。


「第一王子はなぜ魔剣を狙っているのでしょう」

「それは分からん。だが、詳しくは話せんが、世界がひっくり返るほどの秘密だ、欲しくなっても不思議ではない」


「世界がひっくり返る。それほどですか」

「そうだ、魔剣の秘密が表沙汰になれば、国家間の戦争にもなりかねん」


「戦争に」


「よいか、私にもしものことがあり、第一王子と魔剣のことで敵対することになったら、第二大公を頼れ」

「第一大公のおじい様でなくてですか」


「第一大公はお前と血の繋がった祖父になるが、第二王子派だ」

「その方が、都合が良いのでは」


「あまり知られていないが、実は、第一王子と第二王子、本人同士は仲が良い。第二王子では第一王子の牽制にならん」

「第一王子と第二王子は仲が良いのですか、てっきり対立しているものと思っていました」


「あくまで、本人同士の話だ、周りはお互いの排除に動いている。特に第一側室のイリス様と第二側室のグレタ様の仲は険悪そのものだ」


「そうですか。それでなぜ第二大公なのですか」

「第二大公は第三王子を推している」


「第三王子ですか。あの行方知らずの」

「そうだ、第一王子に対抗できるのは、第三王子だけだ」


 今日会った第一王女は、第三王子と同じ、正妻アリア様の子だ。あちらもこちらと繋がりを持ちたい様子だった。念のため結びつきを確保しておくか。


「とはいっても、もしも第一王子と敵対した場合の話だ。現状、エリーのせいで、うちは第一王子派だとみなされている。王子も強引には魔剣を奪いには来ないだろう」


 姉さんを強引に奪っていった第一王子が、魔剣を強引に奪いに来ないとは決していえない。充分に注意しなければ。

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