3-3-4 放課後

「トレス様、何かご用でしょうか」

「エリーザ様、言わなくても分かるでしょう。サーヤさんのことよ」


 体術剣術の実習が終了した後、私はルルに命じて、公爵令嬢をこの建物の裏に呼び出していた。


「サーヤさんのことでしたら、きちんと手加減しましたから、そろそろ目を醒ます頃かと思いますが」


 模擬戦中に気絶させられたサーヤさんは、保健室に運び込まれて、今はベットに寝かされている。


「気絶するほど強く殴る必要はなかったでしょう。サーヤさんに謝ってください」

「気絶することで、恐怖を感じずに済んだのだから、むしろ感謝してもらいたいところなのですが」


「何ですって」

 私は怒りがこみ上げてきます。


「それに、サーヤさんは謝ってもらいたいと思っていないと思いますよ。私に謝られても惨めになるだけですから」


 確かに、サーヤさんはそれなりの実力を自負していた。それが一方的に負けたのだ、勝負にすらなっていなかった。ショックも大きいだろう。そっとしておいた方が良いかもしれない。


「わかりました。ですが今後はサーヤさんに関わらないでください」

「それは、私のセリフですね。今後サーヤさんを関わらせないでください。言っている意味ご理解いただけますよね」


 やはり魔眼、侮れない。

 まさか、講師の冒険者が大公家の息がかかった者で、あの模擬戦も私の指示だったことを見抜いていたなんて。


 本当なら、サーヤさんにコテンパンにのされているのは、公爵令嬢のはずだったのに、実力を読み違えていたわ。

 魔道具さえ使えなければ、楽勝だと思っていたのに、まさか、魔道具なしでもあの実力だったとは。

 これはやはり早めに排除した方がいいかもしれない。


「一つお聞きしたいのだけれども、あなた、私のことをどれくらいご存知」


「どれくらいと言われましても、今まで直接お話しする機会はほとんどありませんでしたし、一般的に知られている大公令嬢である。ということぐらいしか知りませんが」


「一般的に知られている大公令嬢ですか。それは、一般的に知られていないことがある。と暗に言っているのかしら」


「何のことです」


「もういいわ。あなたにはここで死んでもらうことにしました。悪く思わないでくださいね」


 私の言葉にルルがクナイを構える。

 同時に公爵令嬢の後ろから銃声がした。

 大公家に伝わる秘宝、魔銃。魔法の力で銃弾を打ち出す。弓より遠い距離から、狙い撃ちできる。しかもご丁寧に銃弾には毒が仕込まれている。当たればまず助かることはない。

 流石の公爵令嬢でも、死角の背中から狙い撃ちされれば避けようもない。


 そう思った瞬間、公爵令嬢が右に避けた。


 うそ、避けた。しかも、公爵令嬢に当たるはずだった銃弾は私の方に飛んでくる。

 ルルが慌てて私の前に割り込み、銃弾をクナイで弾く。

 危なかった。ちょっとどこ狙っているのよ。あの狙撃手はクビね。


「グエッ」


 左後方から呻き声が聞こえる。


「サーヤさん」


 公爵令嬢が叫んで走り出す。


 私は後ろを振り返る。そこに見えたのは、建物の窓の中、肩から血を流すサーヤさんだった。


 ああ、ここは丁度保健室の裏か。目を覚ましたサーヤさんが、外からの物音に、窓から外を確認したのだろう。そこに、たまたま、ルルが弾いた跳弾が飛んできた。


 ドサ。


「サーヤさんしっかりして。サーヤさん」


 意識をなくしたサーヤさんが窓から外に崩れおちる。公爵令嬢がサーヤさんを抱き上げ、仕切りに声をかけている。

 あの毒は即効性だ、もうすぐサーヤさんの命は終わるだろう。もう手の施しようがない。


「サーヤさん。ヒロインがゲーム開始二日目に死んでどうするの」


 公爵令嬢が必死に何か呼びかけている。そんなに心配なら、最初から虐めなければよかったのに。そうすれば、私だって、こんな強行手段は取らなかった。


「これどうなるの。ヒロインが死んでしまった場合、ゲームの続きはどうなるの」


 公爵令嬢の声だけが、虚しく響いていた。




 **********

 ちなみに、公爵令嬢は、講師の冒険者のことも、ましてや、模擬戦が大公令嬢の指示だということにも気づいていません。

 こっちはイベント強制力で虐めているわけでもないのに、虐めたことにされているのだ。虐められたくなかったら、そっちから近づいてくるな。と思っているだけです。

 **********


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