3-1-4 カフェ
講義室でのオリエンテーションが終わった。これからどうしようかと考えていると、トレス様から声をかかられた。
「サーヤさん、これからお昼はどうするのですか?」
「お昼ですか、これといって予定はありませんが」
「よかったら一緒にお食事などどうかしら」
「いえ、私は節約のためにお昼は抜いていますから」
「まあ、それはよくないは、ご馳走するので行きましょう」
トレス様は少し垂れがちなその目を大きく見開いて、少し興奮気味に迫ってくる。
「いえそんな、ご馳走していただくなんてとんでもありません」
慌てて両手でトレス様を押し戻し、否定の言葉を述べる。
「そうなの。でも、そうだわ、学院内のカフェに行きましょう。確か無料だったはずです。入学試験の時に利用しましたが、結構美味しかったですよ」
ここでまた眼前の空中に選択の文字列が映し出される。
1 大公令嬢とカフェに行く
2 第二王子に声をかける
3 そのまま帰る
4 公爵令嬢に決闘を申し込む
いったいこの選択肢は何なのだろう、私以外見えている様子はないし。誰かの特殊な魔法による悪戯かしら。
それにしてもこの選択肢、私を殺しにきているのだろうか。4番なんか選んだら死亡決定だよ。まったく。
とりあえず、今回は1か3だろうけど、お昼ご飯がタダで食べられるなら1かな。トレス様も美味しいって言ってるし、タダなら食べなきゃ損だよね。
では1で。
「無料なのですか。では、お言葉に甘えてご一緒させていただきます」
私は、トレス様とルル様で学院内にあるカフェに向かいます。
「失礼ですがお嬢様、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
カフェの入り口で係の人に呼び止められます。
「サーヤ=ランドレースといいますが」
私は、少し焦って名前を告げます。
「何か身分が分かるものをお持ちでしょうか」
「私の連れだから構わないは」
トレス様が助け舟を出してくれます。
「承知しましたトレス様」
無事カフェに入ることができ、席に案内してくれる係の後を追いながら、ルル様に小声で尋ねる。
「ルル様ここって貴族様専用ではないのですか」
「そんなことありませんよ。それと様付けはちょっと、今はトレス様の侍女なので、そうですね、さん付けでお願いします」
「わかりましたルルさん、ですが、凄くお高そうですし、私なんかが利用して本当によろしいのでしょうか」
「大丈夫ですよ。平民の方でもお金を払えば普通に利用できます」
「えっ、無料ではないのですか」
驚いて思わず大声を上げそうになる。
「トレス様は無料だと思っているようですが、後でちゃんと家のほうに請求がいきます」
どうしようタダだと思ってたのに。顔パス、つけ払いとは困った。
そこにトレス様から声がかかる。席に着いたようだ。
「ルル、あなたも一緒に食べましょう」
トレス様が奥の席に着く。私とルルさんは手前側の席に座った。
「私は本日のお勧めにしますが、皆さんは何にします」
「では私も同じ物をお願いします」
「私は紅茶で」
タダでないなら高そうなものは頼めない。
「あらサーヤさん、ダメよ。食事を抜くなんて身体によくないは。無料なのですから遠慮せずしっかり食べないと。そうね、このスペシャルの特盛にしなさい」
「えっ、いや、ですが」
無理ですそんな高いもの。一週間分の食費が飛んでしまいます。言葉には出さないが焦る私に、隣に座るルルさんが耳打ちしてくれる。
「安心してください。今日はトレス様のお誘いですから、請求は大公家に行きます。お断りしたら失礼ですよ」
とりあえず高額請求が来ることがないことに、安堵を浮かべ、しかたなく頷くのだった。
「はい、ではそちらでお願いします」
食事をしながらトレス様との話が弾む。
「そうなの、お金を稼ぐために魔物狩りもしているの」
「そうなんです。こう見えて結構強いんですよ」
そこに突然、乱入者が現れた。
「なかなかいい食べっぷりだなお嬢さん」
「淑女に向かって大食いだなんて、失礼ですよケニー様」
ケニー様と呼ばれたのは、大柄でがっしりとした、いかにも鍛えてますといった少年だった。
「いや、褒めてるつもりなんだが。それに大食いだなんて言ってない」
ケニー様は耳の後ろを人差し指で掻きながら困り顔である。
「ところで、話が聞こえちまったんだが、あんた結構強いんだって」
「それなりには強いですよ。同年代の女性には負けません」
大食いと言われたことにちょっとムッと来ていたこともあり、大きい態度をとる。
「ほー、それは凄いな、俺の知り合いの令嬢も結構強いが、どっちが強いだろうな」
「それは一つ、機会があれば手合わせしてみたいものですね」
後悔先に立たず。私は取り返しがつかないことを言ってしまったのです。
「お、噂をすれば影、ちょうどいいところに現れやがった」
ケニー様がカフェの入り口から入ってきた少女に声をかける。
「おーいエリー、こっちこっち、この子がお前と手合わせしてみたいってよ」
「何ですかケニー突然に」
近寄ってきたのは、黒髪、黒眼の公爵令嬢であった。
******
「おーいエリー、こっちこっち、この子がお前と手合わせしてみたいってよ」
「何ですかケニー突然に」
私がリココを従えカフェに着くと、昔なじみのデカい少年が声をかけてきた。
騎士団長の息子のケニー=ローザスだ。彼とは幼いころ一緒に訓練したり、迷宮で助けたりした仲だ。
私はケニーの傍まで行き、そこに座る三人の少女たちを見て後悔の念に苛まされた。
来なければよかった。そもそもシリーがちゃんと迎えに来ていればこんなことにならなかったのに。シリーのアホ。ここにいないぐうたらメイドに恨み節を唱えながら、この場面をいかに切り抜けるか思考を巡らせる。
「このお嬢さん、魔物狩りをするほど強いんだってさ」
「そう、それは凄いわね」
ヒロインを見ると俯いて震えている。
「それで、お前も強いって話したら、手合わせしてみたいってよ」
「私とですか。私が強いのは特殊な魔道具のおかげです。剣術の相手はできませんよ」
「いやいやいや、お前剣術も相当強いだろ」
「そんなことありませんよ。それより、そちらの方は本当に手合わせする気ですか」
視線をヒロインに向けると、ピクリと震えてそのまま動かなくなった。視線を下げると、ヒロインの股間部分が濡れている。
はー。漏らしちゃったんかい。
流石にこの年でお漏らしはまずいでしょ。ヒロインだし。どうしよう。こうなりゃしかたがないか。私は意を決し、近くにある水差しを掴み、ヒロインに近づくと、頭から水を被せた。
「なんとか仰ったらどうなの。そんなことでは私に臨むのは1C年早くてよ。頭を冷やして出直してきなさい」
辺りが静まり返る。はー。やってしまった。私は内心ため息をつく。
「おいおい、いくら何でもやりすぎだぞ」
ケニーが不満げな顔をこちらに向ける。
私はそれを無視して、リココに「いきますわよ」とそのまま退出意思を伝えカフェを後にした。
カフェの中では、大公令嬢が侍女になにやら指示をだしていた。
私たちが学院正面の昇降口に辿り着くと、そこには既に迎えの馬車が着いていた。
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