2-2-3 家庭教師

「お初にお目にかかります、エリーザ様。私は隣国アーバント王国アウラン子爵の次男ニコラス=アウランと申します。これから週に3日、一日置きに第一、第三、第五の日に家庭教師を勤めさせていただきます。よろしくお願いします」

「エリーザ=ノース=シュバルツよ、こちらこそよろしくお願いしますね、先生」


 6歳になったのを機に父に頼んで家庭教師を付けてもらった。

 父が見つけてきたのは案の定ニコラス=アウラン、緑髪、エルフ耳の攻略対象者だ。


「早速ですが、今日は文字の読み書きから勉強していきたいと思います」

「はい、分かりました先生」

 家庭教師は鞄から何やらカードを取り出す。

「では、この文字が読めますか」

 蟻の絵が描いてあるカードに「あ」の文字が書かれていた。

「あ、ですね」

「正解です。次はこれです」

 犬の絵が描いてあるカードが出される。当然「い」と書いてある。

「い、ですね。先生、私、字は全て読めます」


 この世界で使われている文字は、日本語そのままである。

 流石に、前世の記憶を取り戻した私には、このまま続けられるのは辛いので、文字は分かることを訴える。


「あ、そうですか。既に誰かに教わりましたか?」

「メイドのシリーに教わりました」

 嘘である。シリーには時々絵本を読んでもらったが、文字は教わっていない。

「では書く方の勉強をしましょうか」

 鞄から紙とペンとインク瓶を取り出す。

「先生、書くこともできます」

「それはすごいですね。では私が言った言葉を書いてみてください」

 紙とペンを渡してくる。


「むかしむかしあるところにうさぎとかめがいました」

私は「昔々あるところに兎と亀がいました」と紙に書き彼に渡す。

「書けました」

「ひらがなだけでなく漢字も書けるのですか」

「漢字は勿論カタカナも書けますよ」

 びっくりしている彼を見て、私は当然だと胸を張り、笑みを浮かべる。

「そうですか。そうすると、文字の読み書きの勉強は必要ないかも知れませんね」

 これはあれか、学問無双の始まりだな。そんな事を思った時期もありました。


「じゃあ、数字の勉強をしましょう。一から順に数えてください」

 私は、そこからか思いながら数を数えていく。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11」

「はい、いいですよ。8までは数えられるようですね」

 11まで数えたところで止められる。


「8の次は、11ですよ。最後のエスは言わなくても構いません」

 訳の分からないことを言われ私は焦る。

「いちえふいちえす?どう書くのですか?」

「いちエフいちエスはこう書きますね」

 彼が紙に「11」と書く。


「先生8の次は9ではないのですか?」

「キュウ?なんの事でしょう。数は、1から8までの8個の数字とS F C A G P M Oの位を表す記号からなります。まだ難しいですよね。まあ、Sの位は大丈夫なようなので、Fの位まで数えられるように頑張りましょう」

 彼は、教えることが有って安心したような表情を浮かべる。


「先生、4足す6はいくつですか」

「足し算ですか、まだ早いですよ。段々と教えますからね。ちなみに答えは12です」

 ちょっと困った子を宥めるように答える彼。

「いちエフにエス」

その答えに考え込む私。


「それではこの飴玉を21まで数えてみましょう。私が先に言いますので、後の続いてください」

 鞄から飴玉と皿二枚を取り出し、片方の皿に飴玉を広げ、もう片方の皿に、一つづつ移しながら数を数えていく。

「ではいきますよ。1、2、3、4、5、6、7、8、11、12、13、14、15、16、17、18、21」

 私は素直に復唱していく。

「1、2、3、4、5、6、7、8、11、12、13、14、15、16、17、18、21」

「はい、いいですよ。8は1F、18は2Fでも構わないのですが、徐々に覚えていきましょうね」


 ここで私はあることに気付く。

「先生」

「どうしました」

「数字に0はないのでしょいか」

「ゼロ、聞いた事がありませんね。どこかの方言ですか?」

 彼は首を傾げた。

「あ、いえ勘違いです。忘れてください」

 私は焦ったように両手を振り、発言を取り消す。続いて次の問いかけをする。


「ちなみに先生、ここに飴が2個あります。これを私が2個とも食べてしまったら残りはいくつになりますか」

「残りは無くなりますよね。心配しなくても好きなだけ持っていっていいのですよ」

 彼は、微笑ましいものを見る目でそう答えた。


 私は心の中で困っていた。

 そうか、八進法か。しかもゼロの概念がないときたか。こりゃ学問無双は無理だな。一からちゃんと勉強しないと。

 ちなみにこの世界、小数点もなかった。1より小さい数は、分数で表すだけであった。



 その後も彼に様々なことを習った。

 時間や月日、お金の単位、身分制度や教育制度など、前世と大きく違うことも多かったが、それでも前世がアラサーOL、理解力と応用力では同年代の子供と比ぶべくもなく、三年を待たずに一通りの知識を身に着けたのだった。

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