第24話 バウンティハンター

 脇目を振らず、時田翠子はワンルームマンションに帰宅した。手早くスーツを脱いで黒を基調にしたウインドブレーカーに着替える。細々とした物は上着のポケットに収めた。

「今日こそは」

 まなじりを決して玄関に向かう。黒革のパンプスは隅に寄せて靴底の厚いランニングシューズを履いた。

 背筋を伸ばした姿勢で右の拳を固める。左の掌に軽く打ち付けた。左の拳も同様の動きを見せて軽い準備運動を終えた。

 軽く息を吐いてドアを開けると右手に白い特攻服を着た仙石竜司が待機していた。右肩を回しながら笑顔を見せる。

「姉御、今日も張り切って亡霊達を狩りましょう!」

「手始めにあんたから始末しようか」

 翠子が気軽に返すと竜司は手揉みの状態で震えた。

「や、やめてくださいよ。ちゃんと姉御の命令に従って河合さんを悪霊共から守ってるじゃないですか」

「あのさー、冗談なんだけど。に受けないでよ」

「実現可能なので笑えないっす! 身の危険をひしひしと感じたっす!」

 必死の弁明に翠子は笑った。

「あんた、亡霊のくせに笑いのセンスもあるんだね」

「マジで笑えないっす!」

 翠子は笑顔で聞き流し、習慣になりつつある夜の巡回に出発した。


 二人は横並びで街中をゆく。千鳥足のサラリーマンがちらほらと目に付いた。

 店先に吊るされた赤提灯がぼんやりと通りを照らす。魅入られた人々が吸い寄せられ、扉が開く度に香ばしい匂いを辺りに漂わせた。

 その都度、翠子は胸いっぱいに吸い込み、落胆に近い息を吐き出す。竜司は無言で苦笑いを浮かべた。

「……いたわね」

 真顔となった翠子の一言に竜司が頷く。二人の前方から三十路と思われるスーツ姿の女性が歩いてきた。ショートボブの髪は乱れ、目の下には痛々しい隈が出来ていた。その右肩には頭部が肥大化した赤ん坊がちょこんと座り、耳元で呪いに等しい言葉を浴びせ続けている。

「……尻軽女……ケヒ……死ね……盛った雌犬……ケヒヒヒ……消えろ……地獄に堕ちろ……」

 合間に見せる醜悪な笑みは顔に深い皺を刻む。

 翠子はレンズの付いた小型の機械を取り出して赤ん坊を写した。一面に表示された懸賞金を見て、小物ね、と口にする。横手から覗き込んでいた竜司が指の節を鳴らして飛び出した。

「いつまでも水子霊してんじゃねぇよ!」

 赤ん坊が声の方を向いた。竜司の渾身の右拳が顔面にり込んだ。そのまま突き抜けて赤ん坊は弾けるような音をさせて霧散した。

「これで生まれ変われるよな」

「そうだといいけど。私は別の一人を追い掛けるから残りもお願いね」

「任せてください。はなむけの一発を叩き込んでやりますよ」

 竜司は人混みの中に目を向ける。顔色の悪い二人組の男女がふらついていた。肩や頭に半透明の赤ん坊がしがみ付き、延々と怨嗟えんさの声を上げている。

 翠子は一人、左手の路地に入り込む。少し前を猫背の青年が歩いていた。右手に折り畳み式のナイフを持ち、器用に回している。

「そのナイフでリンゴを剥くのなら見逃してあげてもいいよ」

 青年は足を止めて振り返る。街灯に照らされた仄白い顔で、にたりと笑う。下顎は涎で濡れ光り、青い長袖シャツの胸元はぐっしょりと濡れていた。

「美味そうだな。決めた。今日はおまえを赤いリンゴにしてやるよ」

「ああ~、もう犯行に手を染めたんだ。覚悟してね、憑り付いた薄汚いおじさん」

「……賞金稼ぎか。だがな、祝詞のりとを唱える時間はないと思え」

 ぎらつく目でナイフを握り直す。青年はふらりと一歩を踏み出し、徐々に速度を上げて近づいてくる。

「そんな面倒なことはしないよ。一瞬で終わらせる」

 逃げる素振りを見せず、翠子は両腕をだらりと下げた。

「こっちの台詞だ! 顔面を切り刻んで真っ赤なリンゴにしてやる!」

「じゃあ、私はおじさんをおにぎりにしてあげる」

 両腕の輪郭がぶれる。禍々しい赤銅色の腕が新たに現れた。刹那、青年の全身を掌で挟み込んだ。

「掴まえたー」

 真上に引き上げると同時に青年はくずおれた。

「気分はどう?」

「な、なんだ、これは……離せ……ば、化け物!」

 顎の肉がだぶついた中年男性は赤銅色の両手に拘束された。自由が利く両脚をバタバタとさせる。

「私、化け物って言葉が嫌いなんだよねー。さっさとおにぎりにしよう」

「ど、どういう、ま、待て。もう悪さは」

「はい、おにぎり」

 赤銅色の両手は中年男性を包み込む。首がぐにゃりと曲がって三角の形に圧縮された。数秒の間を空けて開くと跡形も無く消えていた。

 翠子は赤銅色の両腕を引っ込めて歩き出す。すると刺々しい竜司の声が聞こえてきた。

「ガキが夜中に出歩くな。それに姉御の邪魔になる」

「立場をわかっていないようなのです」

 幼い声を耳にした途端、翠子は満面の笑みとなった。見つけた着物姿を背後から抱き上げてクルクルと回す。

「この非常識な行動は絶対に姉様なのです」

「私の赤ちゃん、久しぶり!」

「ええええ、姉御の赤ちゃん!?」

「トサカ頭、違うのです。姉様の妹の赤子あかこなのです」

 無表情で良いようにされている赤子が言った。

 二桁の回転で満足したのか。翠子は赤子を下ろして向き合った。

「赤ちゃん、本当に久しぶりだね。でも、どうしてここに?」

「この近辺で賞金首の情報が途絶えているのです。報酬を受け取りに来ないので正規のハンターではないのです。そこで赤子が偵察に来ました」

「なんか赤ちゃんが賞金稼ぎみたいだね」

 幼い子供にするように翠子はおかっぱ頭を撫でた。何故か、頭で押し返す。黒目勝ちな目を細くして不機嫌な顔付きとなっていた。

「赤子は立派なバウンティハンターなのです。最近の話ですが」

「え、赤ちゃんが賞金稼ぎ?」

 翠子は竜司にちらりと目をやる。考え事をするように腕を組んでいた。

「姉御は家の事情で賞金稼ぎになれないって前に言ってましたよね。妹さんはいいんですか?」

「まあ、あれよ。長女は長男みたいな感じで家を継がないといけないから」

「跡目を継ぐのは赤子なのです。姉様、話が違うのです」

 ぷっくりした唇を硬くして翠子に詰め寄る。

「た、例えの話で本当に継ぐ気はないから」

「それなら姉御が賞金稼ぎになったらいいじゃないですか。小遣い稼ぎを狙うより、よっぽど実入りがいいですよ」

 竜司は溌剌とした様子で返す。間に挟まれた赤子が言葉を付け足した。

「姉様の身体能力は凄いのですが、力に目覚めていないので肉体を持たない悪霊には通用しないのです」

「おかっぱ頭、それは違うな。姉御の真の脅威は赤銅色の」

「こらあああああああ!」

 翠子は叫んで足を踏み鳴らした。道に嵌められた一枚のタイルが無残に砕けた。周囲にいた人々は突然の行動に驚いて足早に離れる。

「もうね。ごちゃごちゃとね。うるさいから家に来るように!」

「姉様の笑顔が赤鬼なのです」

「全然、笑えないっす!!」

「いいから」

 静かな声音で黙らせると翠子は憤怒の顔色で二人を連れ帰った。

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