スぺオペには早すぎる!

棒王 円

序章


木目調の床を歩くと、軽やかな靴音が響く。

気密性の高いエンジンが積み込まれている、この帆船型宇宙船は俗に言う海賊船だ。

靴音を響かせて歩く男の顔には、少しの笑みが浮かんでいる。


男は三十過ぎの優しそうな顔立ちの男で、黒髪黒目の筋肉質な肉体をした、いわゆるモテそうな男で。

艦橋に行くまでの間、通路の途中で乗組員に出くわした。

「キャプテン。暫くは自由連合のコロニーにでも滞在しないかい?」

赤い髪の白衣を着た女が、少し赤らんだ顔で話しかけてくる。

「ハビッツ、また酒を飲んでいるのかよ」

男が苦笑気味で答えると、当然という様にハビッツが笑う。

「医者が飲酒したらいけないなんて、海賊に有り得ない発言だねえ?」

「…そうだな。まあ、どこかのコロニーには寄るから、その先は後で考えるよ」

男は手を振り艦橋を目指す。


今回も首尾は上々だった。

ハンガ国宙域まで遠出してみたが、それが当たりだった。

たらふく腹に詰め込んだこの船は、全ての乗組員を笑顔にしている。


艦橋に着いた男は、システムを預かっている茶髪の小柄な男に声を掛ける。

「アカ―、リングを抜けるのはもうすぐか?」

「はい、キャプテン。今回の短縮航行はアンドロメダコロニーに、近似値的に坐しています。楽勝ですよ」

幼い顔に自信満々に浮かべた笑顔は、少し眩しく感じる。

「そうか」

肯く男の傍に、少女が近寄って来た。

紫の髪をツインテールにしている耳の長い少女は、ネコの様な青い目を男に向けて嬉しそうに細める。

「パイアール。もうすぐ通常空間だね。コロニーに着いたら買ってほしい物があるんだけど、いいかなあ?」

男は少女に蕩けるような笑顔を向ける

「何が欲しいんだ、チロル?」

「ふふ。秘密」

ん?という男の表情に、チロルは恥ずかしそうに笑った。


「キャプテン。通常空間に戻ります」

「ああ。まかせた」



通常空間に戻った途端に、帆船はガガガと大きな音を立て、激しく震えた。



「キャプテン!!」


計器の前で、部下が泣き声を上げる。


「無理です!!もうすぐラインを超えます!!」


男は拳を、泣き止まない煩い計器に叩きつける。

コンソールはオールレッド。


金切り声のように、警報が鳴り続けている。


地震のように身体が揺れる。

遠くから爆発音が聞こえる。エンジンを示すランプが消えた。


「キャプテン!?」

すぐ傍に居たチロルが胸に飛び込んでくる。

その顔は蒼白だ。

もっとも、今ここにいる者の中で顔色の良い奴なんていやしないが。


重力発生装置が切れたからか、チロルの長い髪がゆうらりと動いた。


「キャプテン!!デッドラインを越えました!!」


絶望的な声で、アカ―が叫ぶ。

俺達の目の前で、スクリーンに映った座標を示す緑の印が、丸い形の黒い図面の中に入っていく。


…ブラックホール。



およそ、誰にも分らない構造のそれは、発見されてからも手付かずの、情報など皆無に等しい、まさに暗黒の領域の産物。

入った後の事は誰一人知る者のいない。



船が軋む。

金属がギチギチと音をあげる。


「あああ!!俺達もうだめだあ!!!」

「もう死ぬのか!?」


部下たちが泣きながら、それでも逃げようと出入り口に向かう。


警報と軋む音が、耳に五月蠅い。


「キャプテン。あなたは生きて?」

「おまえこそ、逃げろチロル。…確かお前は「血の魔法」が使えただろう?」


特殊な血筋の生まれのチロルは、現代では珍しい魔法を操れた。

男も何回か見た事があるが、それを使えば或は生き延びれるかもしれない。


ぐらりと視界が揺れる。

身体がねじれるような感覚に襲われる。

耳元で血管の切れる音がした。耳を何かが伝っていく。


「早く行け!!」

「いや!!あなたを助けたいの!!」


男の怒鳴り声に、チロルが叫ぶ。


「あなたを、飛ばしたいの!!なのになんで魔法が効かないの!?」

チロルの眼がせり出し、血を吹きだす。


「早く!!」

俺の口から血が滝のように溢れ出す。


「いや!!いや!!あなたを助けたいのよ!!あああああああああ!!!!」



視界が真っ赤に染まった。




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