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 漆黒の翼をはばたかせてカラスが地上に舞い降りた。一羽、二羽、三羽……次々と優雅に着地を決めたカラスの群れが公園の土を黒く染める。

公園にはカラス以外は誰もいない。通勤通学の時間帯が過ぎた火曜日の午前中、予想最高気温も10℃までの予報が出ている冬将軍の日にわざわざ公園を訪れる者もいないだろう。


 東京都板橋区の都営住宅近くにある公園のトイレから警視庁捜査一課の上野恭一郎が出てきた。上野は洗った手をハンカチで丁寧に拭いて公園の前に停車する警察車両に戻った。

部下の杉浦誠警部補が運転席でコンビニのおにぎりをかじっていた。


『動きはないか?』

『父親が先ほど出勤していきました。母親もゴミ出しをしたっきり姿を見せていません』


杉浦はおにぎりを持つ手とは逆の手で双眼鏡を覗く。双眼鏡の焦点は都営団地C棟四階、406号室に定まっている。

未成年者集団自殺事件に関与している疑いのある男の自宅だ。


 警察の協力依頼を受けて集団自殺した少年少女達のSNSを調べていた矢野一輝が自殺者達にダイレクトメッセージ(DM)を送っていた通称シトリーと呼ばれる人物のツイッターアカウントを突き止めた。


先日自殺した稲垣絢と古川満里奈のツイッターのやりとりにも集団自殺にシトリーの存在を窺わせる記述があり、シトリーが未成年者集団自殺事件の関係者であることは明白。


 ――――――――――――

 →まりにゃん

 私は茨城。あのね最近知り合った自殺垢の人に教えてもらったんだけどひとりで自殺するのが怖い子集めてる団体があるんだって


 →あや@自殺垢

 団体?宗教みたいなヤバい系?


 →まりにゃん

 んー、たぶん怖いとこじゃないよ

 むしろ私たちの味方だと思う。

 そこで話を聞いてもらえて死ぬ方法を教えてもらえるの


 →あや@自殺垢

 死ぬ方法まで教えてくれるの?

 なんかスゴイ!


 →まりにゃん

 ね!苦しまずに死ねる方法教えてくれるかも。

 教祖様みたいな人が死ぬ前に嬉しかったことや苦しかったこと全部聞いてくれて死ぬ人達は教祖様に見守られながら天国にいけるって噂だよ


 →あや@自殺垢

 楽しそう(*≧∀≦*)

 興味あるー!どうすれば教祖サマに会えるの?


 →まりにゃん

 シトリーって人が団体との連絡係だからその人のツイッターにDM送ればいいんだって

 ____________


 シトリーは集団自殺事件が起きるたびにその時に使用していたツイッターアカウントを削除して新しいアカウントを作り、新しいアカウントからまた自殺志願者を募る。

シトリーはネット上で名乗る名前も常に変えている。膨大なSNSの海でシトリーのアカウントを探すことは困難だった。


 現在のシトリーのツイッターを特定するには警察側も未成年者の自殺志願者を装いツイッターを開設してシトリーをおびき寄せるしかない。

矢野が仕掛けた罠は功を奏し、未成年者の自殺志願者を装った矢野のツイッターアカウントにシトリーがダイレクトメッセージを送ってきた。


ダイレクトメッセージにはURLが添付されていた。URLを開くと新宿区の映画館を指定して〈1月24日水曜14時集合〉と記載してある。

時間や場所の相違はあるが、自殺した未成年者達が自殺する直前にシトリーから受け取ったメッセージと内容は同じだった。自殺志願者達はこうして集められ、自殺の現場に連れて行かれたのだと推測できる。


 矢野にダイレクトメッセージを送ってきたツイッターアカウントのIPアドレスからプロバイダーにIPアドレスの情報開示を求め、住所と氏名の割り出しに成功した。

シトリーのアカウント所有者は小柳岳、20歳の男子大学生。板橋区の都営住宅に両親と三人で暮らしている。


『でも俺達がシトリーが小柳だと突き止めたのとほぼ同時期に小柳が雲隠れっておかしくないですか? こちらの情報が筒抜けになっている気がします』

『確かにな。小柳は日曜から家にも帰ってない。大学にもバイト先にも現れていない』


 杉浦の発言を肯定して上野はぬるくなった缶コーヒーをすする。プロバイダーから小柳の情報を得たのが1月21日の日曜日。

その日から警察は小柳の自宅とバイト先であるレンタルDVD店の張り込みを開始したが、小柳が自宅に帰った様子はなかった。月曜日になっても大学とバイト先にも姿を見せなかった。


『まさかとは思いますが、両親が小柳と連絡を取り合って息子を逃がしたなんてことは……。母親は小柳を溺愛している様子でしたし』

『その可能性もなきにしもあらず、だな』


小柳が未成年者集団自殺事件への関与の疑いがあると知らされた母親は、息子はそんなことはしないとヒステリックにわめいていた。

息子が犯罪に関わっている事実を認めたくはない親の気持ちも理解はできる。だが逃げれば逃げるほど罪は重くなる一方だ。

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