4-16

 3003号室の二つ隣、廊下の一番奥の3001号室の扉を莉央は開ける。

3001号室も美月の部屋と同じスイートルームだが3003号室よりもさらに広い。このホテルで最上級の部屋だ。


「パーティーの主役がこんなところでのんびりしていていいの?」


リビングのソファーには貴嶋がいた。彼は微笑みだけを向けて酒の入るグラスを傾ける。


『美月の様子はどうだい?』

「今は落ち着いてる。あの様子じゃ脱出は諦めたようね。意気消沈してたわ」


莉央は貴嶋の隣に腰を降ろす。彼の手が自然と莉央の肩に回り、彼女は貴嶋に寄り添った。


『そうか。可哀想だねぇ』

「心にもないことを。あの子の脱出劇を愉しそうに見ていた貴方は相変わらず性格が悪いのよね」

『私は籠の中の可愛い小鳥が外に出ようと必死に右往左往している様を眺めていただけだよ』


貴嶋が空のグラスに酒を注ぎ、莉央に渡す。二つのグラスが触れ合った。


『だがやはり美月は莉央とは違うね。君は一度も私から逃げようとはしなかった』

「あの子と私では前提条件が違うもの。私には逃げる理由がなかった。貴方の隣にいることを決めたのは私」


 口紅のついたグラスがテーブルに置かれる。その横には貴嶋のグラスが並び、貴嶋と莉央は指先を絡めてキスをした。


 ――浅丘美月。彼女は木村隼人と同じ瞳をしていた。真っ直ぐで穢れのない綺麗な瞳。


それはいつかどこかで置いてきたもの?

それはいつかどこかで忘れてきたもの?

それはいつかどこかで失ったもの?


 あれは莉央が10歳の時のクリスマスイブ。

彼女が住む北海道には雪が降っていた。東京から来ていた父が莉央に贈ったクリスマスプレゼントは雪と同じ真っ白なテディベア。

あの白いテディベアの黒くて丸い瞳が美月と重なる。


 父に会えない代わりにテディベアを抱いて眠った。母が死んだ夜もテディベアと一緒だった。泣きながら眠る莉央の腕の中でテディベアの目元も濡れていた。

父が死んだ16歳の夜、もうテディベアは側にいなかった。


どこへ置いてきた?

どこへ忘れてきた?

どこで失った?


 ドレスやスーツを脱ぎ散らかして二人はバスルームに移動した。壁の二面がガラス張りになった浴室からは都会の夜景が一望できる。

広くて解放感のあるバスルームに鳴るキスの音と浴槽に注がれる水の音。貴嶋も莉央もアルコールの酔いが回り、触れた身体が熱を持っていた。


 湯気の立つ湯船に二人の身体が沈み込む。水面には莉央が散らした赤い薔薇の花弁が舞い、莉央の白い胸元や首筋には貴嶋が散らした赤い花弁が刻印された。


「ねぇ……マリオネットって何のために作られたもの?」

『もちろん人形劇のためさ』

「キングにしては常識的な答えね」


貴嶋の答えに不満げな莉央は浴槽で向かい合う彼の膝の上に乗った。貴嶋は目線が上になった莉央を見上げ、目の前にある莉央の胸の膨らみに顔を埋める。

また彼は彼女の肌に赤い刻印を残した。


『じゃあこういう話ならどうかな。誰かを糸で吊って思い通りに操りたいと願う人間の欲望の産物がマリオネットだった、とか』

「それでこそキングらしい答え。面白い」

『誰かを支配したい、独占したいと思う欲望は誰にでも存在するからね』


 湯船の中で莉央が浮かせた腰を降ろす。容易く蜜壺に侵入してきた貴嶋の分身の質量に彼女の表情が艶かしく歪んだ。

甘く吐息を漏らす莉央を見て貴嶋が微笑む。


『まだ余裕そうだね』

「意地悪ね……。そっちも余裕ないくせに」

『じゃあもっと余裕がなくなる話でもしようか』

「なんの話……?」


二人が同時に腰を動かすと薔薇の花弁を浮かべた水面もチャプチャプ揺れる。上下に揺れる莉央の身体が貴嶋と接触し、彼女は貴嶋の首もとに抱き付いた。


『明日……すべてが終わった後、正式に私の妻になってくれないか?』


貴嶋の息も上がっていた。耳元で囁かれたプロポーズに莉央は目を見開いて彼を見た。


「奥様はあのお姫様じゃなくていいの?」

『美月のことも愛しているが妻に迎える存在は莉央しかいないよ』

「もう。勝手な人……」


 暗闇の窓のスクリーンに貴嶋と莉央の影が重なって映し出される。

曇り空の東京の夜。濁った色合いの夜空の下には宝石箱に詰められた夜景が輝いていた。


 次第に言葉を交わす余裕はなくなって、男と女の欲の解放まであと数分。

繋がりを保ったまま立ち上がり、莉央の背中が暗闇の窓につけられた。キスをしながら刻む律動。奥まで突かれて莉央がく。


吐息が交ざり、肌が交ざり、体液が交ざり、愛が交ざる。

絶頂に達した貴嶋が莉央の中で果てる時、彼の遺伝子を宿した液体が莉央の体内に注がれた。膣を通って子宮まで注ぎ込まれるドロリとした欲望は命の種。


 貴嶋は結合部からまだソレを引き抜かずに桃色に色づく莉央のしなやかな裸体を抱き寄せる。熱気のこもる浴室で貴嶋も莉央も汗に濡れていた。


『君が母親になるところは想像つかないよ』

「……私も」

『いつ出来るんだろうね。待ち遠しいな』

「それこそ“神のみぞ知る”よ」


 明日、すべてが終わった後に見える景色を思い描いて。

キングとクイーンは愛を誓った。



第四章 END

→第五章 Curtaincall に続く

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