4-9
[赤坂ロイヤルホテル 3003号室]
スイートルームのソファーの上で美月は文庫本を広げていた。この本は昨夜、三浦と出掛けた時に購入した物だ。
3分の1ほど読んで栞を挟み本を閉じた。
この小説は好きな作家の新作、本来ならば夢中で読み耽ることができるのに今は読書に身が入らない。心が不安定で物語に集中できない。
心のモヤモヤの原因は三浦英司だ。
(あの人、一体何者なの?)
今朝8時に三浦が訪ねてきてこの部屋でルームサービスの朝食を共にした。昨夜の一件などなかったように無口無表情を貫く彼の態度にまた三浦のことがわからなくなった。
(違う。三浦先生は佐藤さんじゃないって何度も言い聞かせてるのに……)
やはり昨日の自分はどうかしていた。三浦の別の一面が垣間見えた気がして高揚していたが、彼はカオスの人間だ。
どれだけ三浦に佐藤を重ねても三浦は佐藤ではない。佐藤瞬はどこにもいない。そんなこと、わかっているのに。
手洗いに立って洗面所の鏡に映る自分を見つめる。昨日あのまま逃げればよかったと後悔したのは昨夜の就寝前だ。
貴嶋も三浦も必要な物は揃えてあると言った。そんな漠然とした言葉の意味が最初はわからなかったものの、ベッドルームのクローゼットの中身を見れば彼らの言葉の意味は一目瞭然だった。
クローゼットには美月の好みに見合った衣類がずらりとハンガーにかけられていた。誰が見繕ったか知らないが下着まで揃っていた。
最初から美月をここに軟禁するつもりで用意されたものだ。
(なんでブラのサイズまでキングが知ってるのよっ! これってセクハラじゃないの?)
ブラジャーのサイズが完璧に合っていることに憤慨していた美月はクローゼットに並ぶ服のタグを見てさらに仰天した。
タグのブランド名は大学生の美月には手が出せない一着数万円もする海外ブランドの製品ばかり。
今着ているニットのワンピースも下着も用意された物から選んだが、有名な海外ブランドの製品だと知って袖を通すのを躊躇したくらいだ。
(私はどこかの姫やお嬢様じゃないんだからっ!)
スイートルームに閉じ込められ、高級ブランドの服を用意された異様な状況に困惑する。もっと別の形で、例えば自分で稼いだ収入で高級な服を買ったり、仕事を頑張ったご褒美にスイートルームに宿泊してリッチな時間を過ごす……それならばもっと楽しめるだろう。
けれど今の自分は得体の知れない男の着せ替え人形にされている気分だ。非常に気持ちが悪い。少なくとも、美月はこの状況を喜べる性格の持ち主ではなかった。
わずかな時間でも三浦と一緒に居たいと思ってしまった昨日の自分に呆れて腹が立つ。逃げて交番に駆け込んでいれば今頃は家族と一緒に過ごしていたかもしれない。
(お父さんとお母さん、
父と母と妹、恋人の隼人、友人の比奈、みんなに会いたい。このまま一生会えなくなってしまうのか?
毛足の長い絨毯が敷かれた部屋を歩く。
確かに、ここにいればお金持ちのお嬢様やお姫様の気分を味わえる。誰だって一度は夢見る贅沢な生活が送れる。
だけどこの広い部屋でひとりきりで過ごす時間は寂しい。携帯電話もなく、話し相手もいない。
(いつまでここに居ればいいの?)
ソファーに座ってクッションを抱え込む。彼女はクッションの上に顔を伏せた。
どんなに高級で綺麗な服を着て高層ホテルのスイートルームで過ごしていても、ひとりでは意味がない。
大切な人達と笑い合うことができなければ、綺麗な服もスイートルームも美月には何ら価値はなかった。
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