「act14 再誕の時、来たれり」
——ぐさり。
「——————え?」
理解できなかった。衝撃のあった胸部を見下ろすと、そこからは何かわからないが腕のようなものが生えているのはわかった。
違う、生えているわけではない。腕らしきものは背中から胸を一突きに貫通していた。痛みはないはずなのに立っていられなくなる。全身から生命維持に必要なだけの最低限の血液すらも抜け落ちていった。
視界が真っ暗になるのを止められない。魔力を練り上げることができない。それだけの体力すら残っていないのだ。やがて頭に酸素が回らなくなり、思考が閉じていく。
その閉じていく思考の中で見たものは——
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリンには理解できなかった。何故この場面で彼がここにいるのか。何故彼がガイナの胸を貫いているのか。
名前は知っている。キールから少しだけ聞いたことがあるからだ。白の長髪に、禍々しいほどの紫毒色の瞳を持つ白い肌の青年。そして兄の仇でもある——
「——デスッッッッッッッ!!」
「おや、ボクの名前を知っていたのか? さてはカナメのし——」
続きは言わせなかった。人間らしい腕とは程遠い氷の左腕を振るってソレを弾き飛ばす。本当なら。本当ならば今すぐにでもガイナを助けたい。だがそんなことはもう無駄なのだとわかってしまってるのだ。なまじ魔力が繋がっているため、相手に生命反応があるか把握することなんて呼吸をするのと同じくらい自然とできてしまう。
力が残っていないはずの身体から魔力が溢れ出す。その瞳には光がなく、流れ落ちる赤い涙が頬を染める。唇を噛み締める。当然切れて血液が溢れるがそんなことはもはやどうでもいい。
「——あはっ、怒ってるね。しかもガブリエルの魔力が壁のシミみたいにこびりついてるじゃないか。あの女も相当に諦めが悪いな。さては本気でコイツに肩入れしているのか……? だとすれば自由すぎるぞ、女天使」
「極大魔法」
言葉を交わす必要はない。デスがどれだけ独り言を披露しようとも関係ない。ここで、あいつは完全に■す。
だが——
「できないよ。だってキミには死んでもらうのだから」
刹那、頭が謎の力で吹き飛ばされた。言葉を出す隙は、なかった。
はずだった。
「————ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」
結果から言えば首から上はまだ存在していた。だがあのビジョン。確かに頭を潰されたと思っていたが、ちゃんと生きている。何度も何度も確かめるように首を
「いいや、それは見当違いだ。あのオンナの異能ではないよ。これはボクの神秘。一時間以内にボクと接触した者にありとあらゆる死のビジョンを数秒間追体験させる、ボクだけの神秘。まあ簡単に説明すれば幻覚の類なんだけどね。これはその比じゃない。そのビジョンに合わせて身体が反応する。何回もされればいずれは本当に死んでしまうかもしれないな。次はどんな死がご所望かな?」
マズイ、と理解した時には既に死んでいた。死因はガイナと同じく胸を貫かれたことによる即死。こうやって考える間もなく死んでいったのかと思うと——
「——ガッ!?」
「まだ終わりじゃないさ!」
身体に炎が灯る。普段はこんな火力で死ぬわけなどないのに、火が広がるのを止めることができない。明確に肌が焼けていくのがわかる。幻覚だと理解しているのに体はどうしても抗ってしまう。やがてその炎は肺を焼き、肉を焼き、髪を焼き、丈夫な骨だけが残る——
「——や。いや……」
「次」
「いや——」
言葉を発することは許されなかった。呼吸もできない。地上にあるはずなのに、身体が水中にある。つまり今回の死因は溺死、ということになるらしい。こちらこそマリンにとっては絶対に有り得ない死因なのだが、過去に一度溺れかけた経験がなお幻覚にリアルな恐怖を抱かせる。
溺れたことがある方ならなんとなくわかるだろうが、じわじわとゆっくりと自身の死を実感するだけの時間がたっぷりと存在するのだ。故に死を明確に理解する。故にどんな死に方よりも心を折ることができる。あがいてもあがいてもあがいてもあがいても水面から顔を出すことなんてできない。
ゆっくりと流れていく思考の中でマリンの頭には後悔しか残っていなかった。
——
——次からは、絶対に油断なんてしない。いついかなる時も、どんな時だって……。
マリンはそう誓うと意識を波に攫われる。現実の彼女の瞳には既に光はなく、薄く開いた口からは粘性のある液体が流れていた。血涙は固まり、一筋だけ透明な涙が頬を滑った——
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