「act13 帰ろう」
力一杯に握った剣が厄災獣を貫いた。確実に。
獣の慟哭が終戦を伝えるかのように世界中に響き渡る。
と、小さな見覚えのある影がすぐ脇をすり抜けていく。
ガブリ、と。
「————え?」
さぞ驚いただろう。しばらく顔も見ていなかった彼が、何故か厄災獣を捕食している光景に。それは最後、魔力核の残滓を嚙み砕くと満足そうに唇に舌を這わす。魔力反応が今までのものとは比べ物にならないほど飛躍的に強化されていた彼の名は——
「リヒート……?」
「お久しぶりです。いやあ、やっぱり厄災なんてものはおいしくないですね」
「んーまー、おいしそうには、見えない……。というか喰うもんでもないよな?」
「ははっ、せいかいです。でもボクはあの人のためにも強さをどんよくに求めないとですし」
よくはわからないけど強くなることは良いことか、と思考を放棄して無理矢理納得させる。消耗が激しかったせいか考えること自体が今は面倒だと感じてしまうらしい。
そこまで思考を巡らせた途端に身体中から力が抜け落ちて、立っていられなくなる。最後に無理を押し通した代償だ。それも当然。焦点が定まらない。頭がふらりと揺れ動く。が、倒れそうになった時に誰かが脇を支えてくれた。視界に映ったわけではないが、この匂いだけはきっと生涯忘れることはないだろうと言える。
「さんきゅーな、マリン」
「——ばっか。それはこっちのセリフよ……!」
「なんだ、泣いてるのか?」
「そりゃあ泣いてるわよっ! 起きるのが遅すぎるのよ、ったく……」
ごめんごめんと軽い調子で謝ると、今度は後方から頭を力なくパシンと叩かれる。こちらももはや見慣れた顔。キールが先程一緒に戦っていた見知らぬ男に支えられて立っていた。
「イテグリアさん、ありがと。……お互いにボロボロだな」
「全くだ。——でも生きてる」
「——あぁ、その通りだ。こいつのおかげで俺様も生き残れた」
そう言って光を失った腕輪を優しく撫でる。いつもの軽口がないばかりか、魔力すら感じない。つまりは、そういうことなのだろう。
「結局、君達若い者達に苦労をかけさせてしまった。私の不甲斐なさに腹が立ってくるよ」
「それは違うよ。えっと、イテグリアさん?」
イテグリアと呼ばれたその男性は厄災獣の予期せぬ攻撃から身を挺して守ってくれた人だ。あちらから見ればただ途中から唐突に現れたガキんちょだったはずなのに、だ。不甲斐ないなんてことは絶対ないし、間違いなく命の恩人である。
そう口に出そうとはしてみたが、どうやら長文を放つだけの体力は残っていないらしい。それでもなんとか言葉を捻りだそうと咳き込んだが、それをイテグリアは片手で制する。
「少年の気持ちは理解できるとも。自己紹介がまだだったな。はじめまして、私の名前はイテグリア。イテグリア・エイカムだ。気軽にエイカムと呼んでくれ」
「そう、か。俺の名前はガイナ・クォーノス。はじめまして、エイカムさん」
「長話もいいけれど、そろそろ戻らない?
そうだな、とだけ返事をすると周りを見渡す。そこにはガイナの知らない戦場の傷がいくつも存在していた。結局彼が駆け付けたのは終盤も終盤で、それより以前にはやはり顔も知らない誰かや、見知った誰かが皆を守るために戦っていたのである。こうして生き残っている人もいるが、その分失った命だって沢山あったはずだ。
例えばそこらに落ちている剣と思しき鉄の欠片。
例えばキールの腕輪。
例えば魔力を譲渡して果てた少女。
例えばここに居ない
その他にも数えきれないほどの何かを失ったはずだ。自分がもう少し早く来ていれば。むしろ最初からいれば、ここまでの被害は出なかったかもしれない。ガイナはやはりそう考えずにはいられないのだ。
だがそれを真っ向から否定したのはエイカム。少年の表情から何かを察したようで、力を込めて、あとほんの少しの怒気も混ぜて口から言葉を放つ。
「あまり己惚れるなよ、少年。確かに少しでも戦力が多ければ違った結果になっていたかもしれない。がな、それは今悔いても仕方のないことなのだ」
少し咳き込み、喉の奥に詰まった血液を吐き出した。どうやら中もそれなりに傷を負っているらしい。
「それぞれが今持っている手札を全て使って、最善最適の解を導き出して今がある。力不足を嘆くことすらあれ、その時その時の選択が間違っていたかもしれないと後悔するのは違うぞ。そして、力不足を感じたのならば鍛錬あるのみだ。——今は生き残ったことを喜び、大手を振って帰還する時だと私は思っている」
そう言って頭をわしゃわしゃと撫でる。その手は大きく、そしてあまりにも温かかった。
そうだ、細かいことは後にしよう。まずは生きて帰る。ユゥサーと約束したことではなかったか。
じゃあ、次に出てくる言葉は自然と決まっているはずだ。大丈夫。今度は短いフレーズだからちゃんと喉から音が出せるはずだ。
最初にキールを、次にマリンの顔を見て、空を見つめる。
「——帰ろう」
——あぁ、なんて蒼く、綺麗な空なんだろうか——
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