「act03 明けの明星」
悪魔嬢の頬を汗が伝う。ああ強がってはみたもののアレは明らかに今の彼女よりも強い存在だった。既に魔力核が二つ破壊され消耗しているはずなのにこの威圧感。
「ギセイにしてきたモノのオモミ、ってヤツかなァ!」
『まずいな。存在がヤツに圧されている。あの世界の熾天使いがああも強かったとは。君も私も覚悟を決めねばならないようだ』
「——ワカッテル。だから一つ契約をお願い。三十分だけでイイカラアタシを絶対にシナナイ身体に作り替えて」
『対価は?』
「その先のアタシの全てを捧げる」
『……あの少年のことはいいのか?』
「諦めてナイよ。でもココで負けたら意味ナイでしょ? だからコノ三十分の奇跡に頼る」
『奇跡に頼る、か……』
悪魔はツヴァイスの内にて鼻を鳴らして笑う。それに呼応して彼女も笑顔を作って見せる。決して笑える状況でもないと理解しているはずなのに彼と彼女は心底楽しかった。
『違うな。間違っているぞ。奇跡に頼るのではない。私を頼れ!』
「アイガッテン! さァ、全力でいかせてもらうよッ!」
ふわりと大地から足を離すと空気中に漂う魔力の残滓を集積、即席の魔力毒剣を作り上げ薙ぎ払う。周囲にいた厄災の子はその一撃を以て苦しみ悶え消滅していく個体が多数だったがやはり本体には効かず、お返しと言わんばかりに放たれた魔力弾を弾く。
「……あの魔力弾。キールクンが使っテタヤツ。魔法攻撃もコピーできるナンテ器用だネ。ナラ、コレならどう?」
作られたのはこれまた巨大な球体。禍々しい魔力毒の塊。その空間の全てを喰い尽くさなければ気が済まないとでも言いたげなソレを軽い調子で放つ。結果は直撃。これはあの無駄にデカイ躯体では避けられない。空間に衝撃が走る。周囲の文明が跡も残らない程に喰われる。喰われる。喰われる。人々が時間をかけて作り上げてきたものが圧倒的な暴力によって無残にも喰い尽くされた。
しかし悪魔嬢は何も思うことはない。悲観も感嘆も失望も歓喜もない。油断などないし同情もしない。
——ココに封印されてると知っテテクニを作ったンダから自業自得ってヤツでしょ。
それよりも悪魔嬢の意識は未だ厄災獣から離れない。当然だ。まだ倒せてなどいないからだ。
咆哮が聞こえる。それと共に魔力毒塊を霧散させ中より空を睨む獣の姿があった。
「アイチャー。アレで倒せるトハ思ってナカッタケド、魔力核の破壊すらデキテナイなんて自信なくすなァ……」
少なくとも先程よりは弱っているはずの厄災獣の魔力核の破壊はツヴァイスにとっても困難な事らしい。先程二つ砕いた三人の凄さをツヴァイスは実感する。
——デモどうしたものか。サスガにアレでも火力不足トハ思わなかったヨ。……ん?
ふと厄災獣の視線が自分ではなくその後ろへと向かっていることに気付く。振り返ってみればそこには純白の翼を広げた漆黒の存在がいた。一見すれば厄災獣の縮小版のような姿形をしているソレもまた空で地上を見つめている。
『——アレは』
厄災の子、
「——じゃないね。あぁ、生きてたんだ。リヒートクンっ!」
ではなく厄災の子の魔力を喰らいその性質を取り込んだルシフェルに対応し得る熾天使い候補の少年、リヒート・モルゲンシュテルンその人だった。その姿は塗りつぶされたかのように黒いが彼女が彼の魔力反応を間違えるはずもない。
「おねえさん、久しぶり! お手伝いにきたよ!」
あの頃とは比べ物にならないくらいリヒートは強くなっている。それは間違いなく言えるがまだ足りない。彼にはまだまだ強化の余地がある!
『ツヴァイス!』
「わかってる! リヒートクン、契約の儀を!」
しかし獣も黙って見ているわけがなかった。先程ツヴァイスが放った魔力毒塊、それを少年へと向け放つが——
「
それだけで魔力毒塊は放たれることなくその場で大きな破壊をもたらす。流石に自分の攻撃であれば効いたのか初めて仰け反り、後ろへと音を立てて倒れた。
アレはおそらく彼と初めて会った時に使用していた魔法だ。その本質は変わっていないはずだが、彼自身の魔力量が以前とは比べ物にならないほど底上げされているため厄災獣本体はともかく、魔力攻撃程度ならば伏せられるほどの強力なモノと化している。
「——我は天を仰がず地にてその存在を示す者。熾天の力を我に。眼前の狂性を滅ぼすための力を我に!」
『天を仰がず、か! 面白い!』
「よろしい! デハ契約をしましょう。我の
「もちろんさ! 手を!」
悪魔嬢と熾天使いは互いに手を取る。刹那、魔力が比べ物にならない程に膨れ上がった。それこそ瞬間的に厄災獣に迫ったかもしれない。この三つの存在が揃っている今でしか発揮できない、本来ならばかつて天使であった悪魔の権能。存在そのものが弱まりもはや行使不能だったその権能を今ここに再現させる。これは魔法などではない。歴とした神秘だ。その名を——
「「『明けの明星』」」
光だ。獣を中心として光が広がる。地上にある全てを飲み込む浄化の光。そう、本来は攻撃用の神秘ではなく穢れを払うためのものだ。だがアレは存在そのものが世界にとっての癌。勿論
しかし劣化しているとはいえ権能神秘を使用してもなおまだ核の破壊には至らない。なんという頑強さか。
「ソレデモ!」
魔力壁が薄れ、魔力核がしっかりと肉眼で確認できている! ならばやることは一つ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
熾天の翼が二つ、真っ直ぐに突き進む。妨害が来る、なんて可能性は考えない。倒せないまでも自由に動けるだけの余力を残させたつもりもなかった。狙うは四つの光の内の一つ。何個もなんて欲をかかない。確実に一つずつ潰して次に託す。たとえ人間個々の力は貧弱だろうと、こうやって力を合わせればいつか強大な敵だって打ち砕ける! 厄災の獣だろうが神だろうが——
「どんな壁だってアタシ達はぶち壊ぁぁああああす!」
大きく音を立てて再び何かの割れる音が世界に響いた。獣の身体に光る球体のようなものが三つしかない。それを確認すると二人は即座に後方へと大きく下がる。砕いたからといって油断して喰われても仕方ない。
「おねえさんつかう魔力けちったでしょ! そのおかげでボクののこりがすくないんだけどー!」
「ゴメンゴメンっ。デモ魔力は残しておきたかったカラ」
「……なにかかんがえてることがあるならいいけどねー。でも、なにかおかしいね」
離れたところで様子を見ているが、倒れている状態から先程起き上がってから何もしてこないのだ。まるで何かを待っているかのような……。
違和感は他にもある。
「——魔力総量に対して強さが見合ってない?」
他のものから見ればそうは思わなかっただろうが、似たような存在であるツヴァイスとリヒートはその絶妙な弱さに首を傾げている。
「たしかに。あれだけ魔力がおおいならもっとすごい魔法がきてもおかしくないです——ッ!?」
「ど、ドウシタの!?」
「まさか、力をどこかにちらばせてる?」
「——アレイスターさん! 聞こえますか!?」
『あぁ、聞こえているとも! そして君達の想像通りの——っ、! 現象が起きているともさ!』
『ちょっと、そっちばっかりじゃなくてこっちにも集中しなさい! 厄災の子を払うのだって簡単じゃあないのよ!』
二人の想像とはこのことだ。厄災獣は自身の力を削って厄災の子を世界各地にばらまき、魔力を略奪。つまりは魔力源である人を殺し、それから不足分の魔力を補おうとしていたのだ。
「——冗談じゃない」
『全くその通りだともレディー! ここはなんとか持ちこたえているが、世界中の人間が厄災の子を払えるだけの戦闘力を持っているわけでは、ない。できれば早く払ってくれると助かる! クソッ、何が戦場はあの国だけだ、あのバカ天使! 当初の私の想定通り、魔力狩りを始めているではないか……っ!』
「——とも言い切れねェぜ?」
ツヴァイスの背後に突然現れたのはウリア、もとい
「いいか、テメェら。テメェらが思ってるほどこの世界は弱くなンかねェぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます