「act12 あと一週間」

 実質顔合わせの意味が主だった厄災戦会議から約一ヶ月、国の周辺に出現している厄災の子と戦いながらそれぞれに実践経験を積んでいた。特にキールは戦闘経験の無さからくる判断の遅さが彼の弱点だったわけだが、経験を積めば一気にその才能を咲かせていくのは当然と言えば当然のことだった。


厄災戦を一週間に控えた今、突然王より招集がかけられたのである。何やら重要な話があるとのことだったが、一体何のことだろうか。もしかしたら厄災獣に関しての情報が何かわかったのかもしれないと少しだけ期待しながら王の間へと向かうと、前に見たメンバーと、一人しわくちゃで自力で立っていることも難しいのか用意されたらしい椅子で座っている見知らぬ老人がいた。


「皆に集まってもらったのは他でもない。厄災獣との戦いにおいて有用な情報を得られる機会を得たためだ」


 期待した通りでよかった、と内心安堵しながら知らない老人に視線を移す。このタイミングでいるということは彼が情報の提供者だと考えるのが妥当だろう。となれば彼は百年前の厄災戦での生き残りか。もう恐らく普通の人間より動けないだろうが、昔はバリバリ前線で戦っていた魔法使いだってことは身体に染みついている魔力を見れば一目瞭然だ。


 それはともかくおそらく誰にとっても知らない人物だろうと思っていたが、反応は意外なところからあった。


「——じいちゃん?」


 目を見開いて声をあげたのは隣に立っていたキール。彼がじいちゃん、と言ったのならばその正体は考察するまでもなく明白。魔法使いの中ではマキナ・クォーノスと並んで名を知らない者はいないであろう前厄災戦の英雄。厄災戦の数少ない生還者、アプソバ・ダイターロスその人だ。聞いた話では確か前厄災戦後に消息を絶っていたはずだが、一体どういう風の吹き回しなのか。


「そう! 前厄災戦の英雄の一人、アプソバ・ダイターロスじゃ!」

「……そう大袈裟にするな。ただ運がよかっただけともいう」

「君ならばここに来てくれると信じていた」

「それこそ買いかぶりすぎだ。ワシはとっくの昔にただの世捨て人で、今はそれ以上でもそれ以下でもない。故にワシに敬意なんぞ払わんでいいし、過剰に期待されても困る」

「でも来たじゃないか」

「——そういう言い方は好きじゃない。来ることなんてわかっておったクセによ」


 アプソバは我が孫の方を一瞬だけ視界の端に捉えると、王に向け軽蔑の視線を送る。どうやらキールは本当に愛されて愛されて、争いとは無縁の世界で育てられていたらしい。そんな彼をこの戦いに巻き込むのに罪悪感がないわけではないが、それを口にすればまた怒られるだろうし、なによりここ一ヶ月で完全に彼の覚悟が固まっているのは確認できた。今更心配することではない。


「まあよい。ワシがここに来たのは、そして次代を担う若人に集まってもらったのは他でもない。厄災獣タナトスについての情報を開示しようと思っているからだ」


 なんとなくわかっていたことだが改めて明言されると緊張するものがある。なにせ国の総力を挙げてもろくに出てこなかったモノが、しかも生の情報が聞けるなんて。本番を一週間前に控えてこれ以上にないほどラッキーだ。


「と言っても先程も申したように、過度に期待されても困る。ワシが教えられるのはせいぜいアヤツの倒し方くらいじゃよ」


 ——いいや、それがココで一番欲しかった情報でしょう!? 正直期待していた以上の情報が出てきそうね。


「タナトスは全部で八の魔力核を有しておる。その魔力核がヤツの力の根源故にそれを全て砕いてしまえばアレを止められる、はずだ」


 魔力核。そんなものがあったとは初耳だ。しかしそれが確認できたとてどう砕けばよいのだろうか。火力か? 力づくで強引にできるものなのか? 複雑な手順とか魔力に干渉する特別な魔法とかが必要だったりするのだろうか。


「みな気になっていることじゃろうが、まあ魔力核を砕くのに特殊な工程を踏む必要はない。力任せに上から叩く。これでワシは二つ砕いとる」


 やはり火力……! 力イズパワー、力こそ正義。


 まあ結局のところやることは、


「全力で叩く!」


 変わらず余計な小細工なしの真っ向勝負。非常にわかりやすくていい。だが少し甘えたことを言うのを許してほしいところではあるが。


「その、魔力核ってのは復活するのか? 俺様としては、できれば二つ砕いた状態からスタートと願いたいところなんだけど」


 その心配はもっともだ。当然手加減無しの本気では行くが、多少の希望も見えた方が精神衛生上は健康的である。というかそうであってくれ!


「……まあ確証はないが、アレだけ特殊な魔力核なら熾天使いクラスの魔法使いを喰わない限り復活はせんじゃろ。つまり使ってことじゃ」

「じいちゃん!」

「勿論、死なんのが一番じゃが、そうも言ってられんってものを百年前に嫌というほど見せつけられた。死ぬときはせいぜい味方の足を引っ張らん死に方をすることじゃな」


 ……言葉は乱暴だが言っていることは的を射ていた。希望が欲しいだなんて甘いことを言っている場合ではなかったのである。それを改めて確認させてくれたこの老人は鼻を鳴らして笑うと、「まあ君らはワシらより優秀のようじゃし、心配は無用かのう」とだけ言うと席を立つ。


「結局のところワシは、君らにはきちんと生きていてほしい。負債を押し付けるようで気が重いがワシらの成せなかった神殺し、見事果たしてみせよ」


 誰一人言葉を発することはなかったが彼の言葉は各々の胸に刻まれたことだろう。どんなにもがいてもあと一週間で厄災戦だ。絶対に後悔のないように、絶対に生きて帰る!


「あぁ、それと。キールは後で話がある故部屋で待っておいてくれ」


 とだけ残すと百歳を超えた老人のそれとは思えないほど軽快な足取りで王の間を離れる。


 ——さあ、箱庭の物語。その一つの終幕の時がもうじき来るよ。

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