「act06 躍進と素直に喜べず」

「ツヴァイス……、なの?」

「んもー、ミタラわかるデしょー? ガブリエラさん、久しぶりダカらって顔もワスれちゃったンでスか?」


 間違いない。雰囲気こそ変わってはいるが、数ヶ月前に離れ離れとなったツヴァイス嬢そのものだ。だがその様子はどうだ。雰囲気だけが変わっているだけならまだよいが、薄ピンクだった髪色は混じるように黒と白に禍々しく染まり、反面その瞳は黄金のように美しく輝いている。


「ようやっと来たか。待ちわびていたぞ」

「お、お待ちください! 熾天使いならばまだしも、このどこぞの馬の骨とも知れぬ小娘を我らと共に立たせるなどと……ッ」

「エイカム」

「王……。これは我らの戦場を汚すだとかそういうことではありません。名誉などではなく、彼女の身を案じてのことなのです」


 確かに今までの少女の姿を知らない者から見ればどこにでもいそうな普通の女の子に見えないこともない。だがそれを知っている人間にとってこの変化はあまりにも異様、しかも少し魔法の心得があっただけの少女がこの場に立てるということはそれほど強い何かを手に入れたのだろう。


 そして、一緒に旅をした者、あるいはその家族であればその何かにも心当たりもあるはずだ。


「悪魔」


 全員の視線はファインへと刺さる。ファインの表情からは酷い後悔の色が見えた。自分が目を離したばかりにこんなことになってしまったと言わんばかり。薄々は勘付いてはいたが、過保護にもほどがある。彼女の旅を認めたのも最大限の考慮だったのだろう。


「姉サンならわかってくレルって信じてたヨ! ありガトね」

「姉さん、ということはお前の妹か。なるほど、身の程知らずも姉譲りということ——」

「ネエサンをブジョクスルコトはユルサナイ」


 その瞬間だ。王の間に存在する全ての生き物がただ一つを除いて死に絶えた。呼吸を忘れ、動きを忘れ、生を忘れ、存在を忘れ、しかし一つだけ忘れることはない。


 絶対的な恐怖。これだけは忘れてはいけない。は、少なくともこの空間の中では間違いなく最強であることを。






「なんて冗談デスケド」


 存在を思い出した。次に生を思い出した。次は動きを、呼吸を、最後に人間らしい思考を思い出す。ツヴァイスの気分次第でこの場に居る全ての人間を蹂躙できる、そう彼女が発した言葉の圧力プレッシャーは語っていた。


 力の差を理解できたのか舌打ちをして王の方を向き直る。エイカムとて馬鹿ではないし、仮にも秩序と正義を重んじる第一師団の団長である。充分な戦力があると判断すれば異論など挟むことはしない。


「——これで全員揃いました」

「うむ、彼女の強さが理解できたようでなによりだ。役者も揃っているわけであるし、さあこれから厄災戦の作戦会議、といこうではないか。では今作戦の総指揮を担当するアレイスター・クロウリー、任せたぞ」

「任された」


 この言葉にもエイカムは苛立ちを示したが、これではいつまで経っても話が進まないと理解しているのか口を挟むことはない。……いや、視線だけで殺せそうなほどに睨んではいるが。


「厄災戦におけるデータはおよそ百年前、先駆者達が命懸けで次代へと託したものを利用する。しかしなにしろ一回、それもたかだか数日分程度だ。この通り行くという保証は全くないものとすることを前提として理解しておいてほしい」

「そんなことはわかっているわよ。それでもそのデータを前提に作戦を組まなきゃいけないアナタを苦労、少しだけ同情するわ」

「ありがとうガブリエラ嬢」


 素直な感想に素直な感謝。いつものアレイスターならなんとなく皮肉で返してくるとばかり思っていたが、それをする余裕すらないということか。彼を知っている人物であればこのやりとりだけで気を引き締めるには充分だったはずである。


「今作戦の最終目的は厄災獣タナトスの完全撃破、封印なんて甘いことは私が許さないわけだが異論はあるかね?」

「ふん、貴様は気に入らんが確かに私もその意見には賛成だ。このような災害を次代を担う者達に残すなど決してあってはならんのだ」

「その言い方には少し棘があると思うなー。すたー君もぐー君も、命を懸けて戦ってくれた先代に失礼だよー」

「別に彼らを馬鹿にしているとかではない」

「単純に我らが許さないというだけだ」

「「あとその呼び方はやめろ」」


 てへっ、と可愛く舌を出すコメッタを無言で叩くアレイスターとエイカム。実はこいつら仲いいな?


「……話を戻そう。前回の状況から読むに今回も大量の厄災の子が現れると想定できる。皆知っているだろうが、既にこの国の周りにも出現し始めているから間違いはない。そこで、タナトスを直接叩く部隊と周りの子を排除する部隊に分けようと思う」

「俺様、そういう戦略だとか詳しくないけどさ。相手がそんなに強いなら全員でかかった方がいいんじゃねぇの?」

「一般人代表キール君、質問をどうもありがとう。さて、その理由だが仮に全員でかかったとして、確かにタナトスは倒せる確率は増えよう。しかし、それだけでは子が好き勝手に暴れ、周囲の損害が大きくなってしまう。なにより無関係の民さえ巻き込むことがある」


 それを説明されれば納得できる。自分達がなんのためにタナトスと戦うのか、その目的を忘れてはいけないということだ。


「いいか、これは討伐戦であると同時に防衛戦でもある。よって最前線で戦う人数は六人! それ以外は子の討伐及びこの六人の援護、それに人々を守ることを優先させる」

「ちょっと待て、たったの六人だけか? それはあんまりにも少ねえんじゃないのか?」


 プリカエルの疑問はもっともだ。少数精鋭だとしてもてっきりこの場にいる人間全員は直接相対すると思っていただけに驚きを隠せない。


 しかしそんな意見が出ることは承知の上だとでも言わんばかりに、


「タナトスは自身の魔力を放出する熱線攻撃を持っている。あまり固まっているとこれの的になりかねんし、ごちゃごちゃしていると連携も取れん。よってこの人数が適切だと判断した。なあに、ここにいるのはどれも一騎当千の精鋭ばかり。やってくれると期待しているさ」


 熱線攻撃、というのは子も使っていたあれだろう。確かに子の熱線ですら自分の氷をいともたやすく砕いてしまうほどの威力があるのだ。まとめてやられるくらいなら少しでも被害を抑えられるようになるだけ少数で叩く、ってところだろうか。


「で、その割り振りはどうするわけ?」

「それについては王と事前に相談して決めさせてもらった」


 こらこら、いちいち睨むんじゃないエイカム君。


「まずはファイン、君だ」

「あら、私? 割り振りどうするのなんて自分で聞いといてなんだったけど、まあ当然に、当たり前、前提よね」

「次にマリン・ガブリエラとキール・ダイターロス」

「俺様もか……。足を引っ張らないように頑張らねぇとな」


 なんでこの女の後に呼ばれなきゃいけないのか。エイカムの後ならわかる。プリカエルでも、コメッタでも、ハウリッドでも、エドガーでも、ツヴァイスでも、キールでも納得する。けれどこの女の後に呼ばれるのだけは納得できない。そしてすっごい嫌味な顔でこっちを見てる女、あいつ殺していいかしら。


「ふん、最初に呼びなさい最初に」

「? まあいい。次にツヴァイス・アンデ・シュタインとミハエル・エドガー」

「そのツモリで来たのですから当然です」

「オレは強いヤツと戦えりゃあなんでもいいぜ」

「これで最後だが……、リダウテン・ハウリッド。君に任せた」

「なっ……!? こ、これはどういうことですか王!」


 誰よりも驚いたのはエイカム、まさか自分が精鋭部隊に入っていないとは思っていなかったのだろう。だがアレイスターが同じことを考えているなら多分自分でもハウリッドを選んだはずだ。


「エイカム、君には子討伐の部隊の総指揮をやってほしいのだ。確かに君は優れた騎士だが、それと同時に人の先頭に立って導くことにも優れていると儂は思っている。選ばれた戦士達はそれぞれが強く自分で判断できるが、普通の魔法使いや騎士はそうではない。それを君が導いてやってほしいのだ。わかったな、エイカム」

「っっっ……! はいっ! このエイカム、王よりの言葉をたとえ死んだとしても胸の奥深くに、魂に刻み込み、必ずや戦士を導き民を守ると誓いましょう!」

「……そちらは解決したようですが、僕は何故選ばれたのでしょうか?」

「君の魔法は守護を主とする光属性魔法だ。そういったものに長けた人間が一人は必ず必要だと踏んだのだ」

「成程、ではこのリダウテン・ハウリッド、死力を尽くして守ることを誓いましょう」


 なんとなく話がまとまりそうな雰囲気だが、一つだけ疑問があった。アレイスターならばその存在を知っているはずで無視するわけはないと思っているが、ガイナはどうするのだろうか。


 ……いいや、本当はわかっているのだ。いつ起きるかもわからない人間を厄災戦の戦力として数えることができないのは。だがどうしても思うところはある。


「…………ふーン」

「……? どうしたのツヴァイス」

「いいえ、ナンでもないですよ。それで、コレはタブン一番重要ナことダと思うんですケド、出現地域ハわかってイルんですか?」


 ……確かに。封印されているとは伝わっているがどこで封印されているのかがわからなければ対策してもあまり意味がないのではないか。流石にそんな間抜けな話はないはずである。


「当然わかっているし、君達も少し考えればわかるはずだ」

「そういえば俺様も知らないな」

「オレも聞いたことねぇ」

「……二人はともかく、熾天使いの二人すら知らないとか……。これだから駄肉は。脳が胸についてるのではなくって? だからそんなに大きいんでしょう? あら、大変ご愁傷様ですー」

「あァン? ンだとこの壁女。頭だけじゃなくって胸にも栄養が足りてないみたいねェ?」

「はあ!? なんて下品、なんて下劣、なんて低俗! やはり我慢できません、この女!」

「なぁに!? タナトスより先にテメェを処してやろォか!」

「ええい、やめんかお主ら! ここは痴話喧嘩をする場所ではないぞ」

「「アンタは黙ってて!」」


 言われたヴィクテムは驚いたように目を見開き、エイカムは怒髪衝天、他は必死に笑いを堪えている。待て、今王に向かってアンタって言ったのか?


 ふと冷静になった二人は王座に向かって土下座スタイル。土下座とはどこかの地域にある誠心誠意の謝罪の形。これほど綺麗に深々と土下座したことなど人生で一度もないし、これからもする機会はないと信じたい。


「……全く。少し考えてみろ。ここ最近何故この国の周辺で厄災の子が出現し始めているのか」


 ……そんなはずはない。だってバカだ。その発想は一番最初に浮かんだがそれはあまりにもアホがすぎると真っ先に候補から外したほどだ。いやだってだって——


「この、シューメンヘルに封印されている……ってコト!?」

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