「act17.6 留守番の場合」
「あの恋人達はうまくやってんのかなー。やってたらいいなー」
そう語ったのはキール。彼らが買い出しに出て数分沈黙が続いた後に口にしたのだ。カナメにとって心が動くような話題ではなかったので無視をしていたが、それにむっとしたのか「ノリがわりぃな」と悪態をつかれてしまう。口では軽く言っているが、相当カナメのことを意識しているようだった。
大きくため息をつき、
「話があるなら言え。わざわざ回り道なンざしなくとも話くらいは聞いてやる」
「——そうか、なら話したいことから話す。多分あいつらはお前から何かを感じ取ってお前を許そうと思ってるだろうが、俺様はそうじゃねぇ。アレは一体どういうつもりだったんだ?」
アレ、とはおそらくカナメとユゥサーが戦っていたこと。直接手を下したのは違う者だったとしてもあの介入がなければカナメはあのままユゥサーを殺していたことだろう。それについてはいずれ突っ込まれるだろうし、下手な言い訳もしないと決めていたので正直をありのままを話すことにした。
「オレは並行世界のユゥサーと同一存在だってのは理解しているか?」
「なんとなく。まだ完全に理解したわけじゃねぇけど」
「上等。……たとえばの話だ。Aという世界のXがある時Bという世界に迷い込んだとする。勿論余程のことが無ければそこにはBの世界のXが存在しているわけだが、この世界ってヤツは一つの世界に同一存在がいるのは許せないらしい。そこで世界は優れたヤツだけを生き残らせようとさせる。それが自殺衝動。互いの意識に働きかけて殺人を促す自殺装置ってヤツだ」
「自殺? 互いに殺しあうのにか?」
『この場合、世界にとっては同じX同士で殺しあうため自殺と呼称するのではないでしょうか?』
その通りだ、と言いどこから取り出したか水の注がれたコップに口をつける。
「アイツ、妙に殺気立っていなかったか?」
「……言われてみれば」
確かにいくら鍛えるためとはいえ、実の妹にあそこまでの殺気を向けるのは普通ではなかった。
「……なるほどな。事情は理解はした、けどよ。それでもはいそーですかと納得できるものでもねぇ。俺様はお前を許さない」
「それでいい。最初から許される気もねェわけで、オレもウリアを許さねェ。どんな理由があろうとも人殺しが許されていいわけがねェンだ」
と、その一言でキールの表情が曇る。理由は考えずともわかるが、あえて口にするとすれば、
「さっきデスを殺したことを気に病んでンのか?」
「……デスってーのはあいつの名前か? なんでそれをお前が……」
「さっきアイツを捨ててきた時に聞いた。アイツは最悪なことにピンピンしてやがったよ。つまりお前らは誰も殺しちゃいねェ」
「それは、詭弁だ。もし仮にあいつが死んでなかったとしても、普通なら死んでいるんだ。なら殺しているも同義だ」
『ですがそれは甘えです。自分達に害が及ぼうというなら全力で退けるのが当然です。マスター達は正しいことをしたのです』
「別の世界では人それを過剰防衛とも言うがな。ま、ともあれアイカの言ってることに間違いはねェ。身を守るための最善策を尽くせ。でないと厄災の獣との戦いでも生き残れねェぞ」
その言葉に違和感を覚えたのはキールだけではなかったようで、アイカも次の発言を慎重に考えている。とはいえその発言の真意を問わなければ話も進まない。
『それは中に人がいる、ということでしょうか?』
「……そうとは言ってねェだろォが。違うとも言い切れねェのが難しいとこだがな。いいか、仮にアレが人を核にしてンだとしても自分達の命を脅かす侵略者に容赦はいらねェ。わかったらそろそろアイツらも帰ってくる頃合いだからこの話は終わりだ」
少し話足りなそうにしたキールだったが、これ以上は何も引き出せないと察すると静かに席を立ち、
「トイレはこっちでいいか?」
と言った。
「……トイレはあっちだ」
そう指をさすとその方向に歩き、やがて部屋は数十分振りに静かになった。その静かな部屋に一人いるカナメはそっと、
「……オレの甘いな」
静かに消えるように呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます