第七幕「神殺しを成す者達」

「act01 神の炎」

 ガイナとガブリエラが数日かけて辿り着いたのはシューメンヘル王国。この世界で唯一の国であり世界の中心。大規模な街の集合体のような場所でガイナは聞きしに勝る人の多さに声も出せずに口をほうっと開けていた。


 ほうっとしていた二人は国の正門をくぐるなり憲兵さんに連れられてなんやかんやで今王城の客間に腰を下ろしていた。そして――


「…………まるでワタシ達が来るのがわかってたかのような対応ね、お兄様」

「そちらから来なくともそろそろオレから迎えにいこうと思っていたところだ。人類存続のためにはオマエの協力が不可欠なのでな、我が妹よ」


 目の前にいたのはガブリエラの兄であるユゥサー。赤髪に火属性魔法を扱うとは思えない似つかわしくない青の瞳。一番目を引くのは顔の左半分に大きな火傷のような跡があったことだ。左目は見えていないのか黒い布、眼帯で覆われている。あまり表情が表に出ているわけではないがなんとなく優しそうなオーラを漂わせている。


 ……しっかし折角兄妹久々に顔を合わせたというのに何だこの重っ苦しい空気は。結局ガブリエラが兄たるウリエルと会いたがらない理由も聞けなかったのでどう話せば地雷を回避できるのかもわからない。無理に話さない方が無難にやり過ごせるのだろうか。


「兎に角、だ」


 そんなガイナの気持ちとは関係なくウリエルは話を続けるようだ。


「わかっているとは思うがオレはオマエを厄災獣戦の前線に立たせるつもりでいる」

「ワタシもそのつもりだからそこは安心して。で、ワタシが言いたいのはそれだけじゃないでしょうってことよ。夏休みの宿題を最終日にまとめてやるような性格のお兄様が厄災獣が現れるおよそ半年前から行動しようとするなんてよっぽどのことがあったんじゃないのかしら」


「こちらこそそこは安心してほしいと言っておこう。これでもかなりギリギリな期間に声をかけたのだ。してさっきから気になっているのだがそこの少年は誰だ? まさかカレ――」

「ち、違うから! 閃光のマキナの息子よ。厄災獣との戦いで使ってくれって」


 オレはそれでも一向にかまわんがな、と盛大に笑って見せる。笑っているというのに表情があまり動かないというのも不気味な気がするが……。


「ガイナ・クォーノスです。ども……」

「成程合点だな。魔力反応が異様すぎて人ではないと言われても納得するところだったがかの有名なマキナの息子ならば確かに戦力にもなる。だが、まだ弱いな」

「むっ」

「はっ、いっちょ前にムカ着火ファイヤーって感じだな。だがやはりちょうど良い」


 綺麗な白黒の服装を身にまとったお世話さん(?)が入れてくれた紅茶を一息に飲み干すと姿勢は正さずに腰を丸める。その表情はやはりあまり動かないがどうやら紅茶という飲み物が苦手らしいということはわかる。


 かくいう自分も飲んだことがあるわけではないので少し口にしてみたが、これは中々にクセの強い、いや香りが強いもののようだ。これが『じょうひんなあじ』、貧乏舌というか野生舌の自分にはどうも合わなそうだった。


 口苦そうにしているのを見たウリエルは感心したように、


「あまり得意ではないようだな。わかっているじゃないか」


 本人は本気で褒めているのかもしれないが飲めないことを褒められても反応に困る。一方呆れたような仕草で俯くガブリエラは、


「子供舌ども……」


 問題なく飲めているようだ。さっすがおとなー! と煽ろうかととも思ったが人生終了の鐘が鳴りそうな予感がしたので封印。


 しかし兄としては納得しがたいようで。


「何を言うか我が妹よ。紅茶が飲めるから大人、飲めないから子供などという価値観はそれこそ大人に憧れる子供っぽくないかね。 それはそうとまだ自称大人は続けているのかね? いいや言わなくて結構。少年の反応を見れば一切合切綺麗さっぱり把握できてしまった。やはりオレはつくづく天才なんだと実感する。あぁ、あぁ! これは傑作だ、笑え笑え!」


 これはガブリエラが彼を避けている理由がわかってきたかもしれない……。


 それにしてもこの部屋は先程からとても暑いような気がする。そりゃあ世間様では夏というとても暑い季節であることは知っているのだが下手すれば外よりも暑いのではないかと疑いたくなるほどだ。この暑さであればガブリエラが我慢ならずに魔法で室内の温度を下げているところだろうが頭に血が上っているようで顔を真っ赤にして俯いていた。


「いい加減わかれ我が妹よ。今のお前ではオレを前にして魔法を具現させることすらできないのだ」

「っ……」


 ガイナは思い違いをしていた。頭に血が上って魔法を使うことを忘れているのではなく使のだ。誰がそのような芸当をやってのけているのかなど愚問である。


 ユゥサー・ウリエル。熾天使い、神の炎ウリエルに対応する魔法使い。


 先程までの愉快な表情(といってもそう読み取れるだけで見た目はあまり変わらない)から一転、気迫のある顔を覗かせた。大量に汗が噴き出始めるが当然暑いからだけではない。改めて熾天使いというモノがどれだけの存在なのか思い知らされる。ガブリエラともエドガーとも違うこの威圧感はまさに神の炎を名乗るに相応しいモノだった。


「さて」


 ガブリエラの肩がびくりと跳ねた。


 もしかして兄を怖がっている?


「ここからは本題の話をしようではないか、我が妹」

「…………」

「厄災の獣討伐のために共に戦ってほしい」

「それは、俺も目的の一つでもあるわけだから言われなくてもやるつもりだけど」

「だがオマエ達は弱い」


「……俺はともかくとしてガブリエラが弱いってことはないんじゃないか? 仮にも熾天使いだろ」

「仮にもってなによ、仮にもって」

「このオレ程度の炎で溶かせる氷など厄災の獣に如何程通用するものか。よってオマエ達には修行を積んでもらいたい」

「修行?」

「熾天使いのウリエルであるオレが直々に指導しようというのだ。ありがたく思え」


 げっ、と苦い表情を晒す対してニヤリと口角をあげてテーブルを思いっきり平手で叩きつけ、

「これより一ヶ月! 戦力増強のためみっちり対厄災獣戦前線候補生達の集中修行を行う! と言ってもオレが担当するのは飛び入りのガイナ君を含めれば三人だけなのだがな」

「三人、ってことはあと一人いるのか?」

「話が決まってから紹介しようと思っていたのがもはや決まったようなもの。入ってきてくれ」


 そう言われて扉が開かれてそこに立っていたのはガイナと同じくらいの紺色の髪を持つ少年だった。その頬は室温が高いせいか汗が伝って、ウリエル、ガブリエラ、ガイナの順で紫の瞳に映していた。


「話は頭からケツまでしっかりくっきりじっとりと聞いてたぜ。俺様の名前はキール・ダイターロス。神殺しを成す男だ。これからよろしくな!」

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