「act05 夫婦対面」
「さて、そろそろ来る頃か」
様々な物が散在しているお世辞にもキレイとは言い難い広い部屋で長身、白衣、黒髪長髪の女が一人静かに立っていた。
ローズ・ケリー。魔法協会直属第七師団元副団長であり、団長で現代魔法学研究の第一人者アレイスター・クロウリーの妻。数年前にとある研究を推し進めていたことが原因で協会上層部の反感を買い師団は解体、その後に娘を亡くし蘇生する方法を求めて世界中を旅していた女性である。
娘を亡くしてから使用し始めた葉巻を咥えながら自身が作成した資料を眺める。いつ見ても完璧とは言えない未完成の資料。自分だけではやはりここが限界、あの人には届かない。娘を殺した神を殺すために必要なピースが揃わない。
「神殺し……。無謀だとしてもやり抜いてみせる。その為にも神秘を断絶するこの洞窟の解析を進めなければ」
神殺し、自分で口にしておいて笑ってしまいそうになる言葉である。そもそもの前提として神なんて存在がいるのかどうかも人類は未だ確認できていない。どの文献にも抽象的なことしか書いておらず、勿論そんな存在もあやふやなモノを殺す術などどこを探しても見つかろうはずもなかった。
しかし、彼女が殺そうとしている神とは伝説にのみ残る神のことではない。その存在が万人に死をもたらすことから死を司る神の名を与えられたモノ、厄災獣『タナトス』。それが最初に現れたのが九十九年と半年前。そして次に現れるとされているのが半年後、つまりは年末。最初の顕現での被害はおおよそ世界人口の半分。あれからさほど人間も増えているとは言い難く、今度また百年前のような被害が出ようものなら人類は八割以上死滅することだろう。まあそんなことも彼女にとっては些末な問題だが。
さて話は戻り、彼女の神殺し。その第一歩として開発されたのが対厄災獣魔力圧縮消滅弾である。結局大空での爆発となったので被害はわかりづらいものとなったが爆発データはおおまかに回収できた。そのデータで以て改良をした弾頭も開発済み。あとは威力計測のために強固な結界を展開してある魔法協会に憎しみ半分に投下するだけ。そこからさらに改良を加えて神殺しを成し遂げる最終兵器を作り上げる。その為なら全てを、自分すらも犠牲にしてみせる……。
「時間がない。早く作業に戻らなければ」
「ふっ、それもいいが先にこちらの用を優先してもらおうか」
声のした方を振り向けば部屋の入口、そこに立っていたのは最愛の夫アレイスターと見知らぬ女の二人だった。他の四人の姿が見えないのは途中ではぐれたのか、そもそもこの洞窟には同行しなかったか。
よくよく考えれば彼らにとってここにいる人間とあのガキ、その全てと他人同士なのだ。ここまで付き合う義理も必要も皆無だろう。
そっと一息。二人なら兎も角、六人同時に相手するのは会話だろうと戦闘だろうと面倒極まりない。特にここは神秘が断絶された空間である。『アレ』が完成していない状況での勝ちの目はないに等しい。流石にそんな状況になるのだけは御免だ。
「何をしにきたのかしら。見ての通り私は忙しいのだけれど」
「私は君に三つの要求をしにきたのだ。彼女とともにね」
「ふぅん。で、その女は何者?」
「私の名前はアンナ・モルゲンシュテルン。貴女が放った爆弾から皆を身を挺して守ったリヒート・モルゲンシュテルンの母よ」
「っ!? ……へぇ、あのクソガキの母親。あぁ、言われてみれば似てるわねそのムカツク顔つき」
「お前はッッ――」
「待ちたまえレディ。実に業腹なのは理解しているつもりだがここは私に任せてくれたまえ」
アンナを片手で制し一歩前へと出る。その表情はいつもと変わらない淡々としたものだが、少しだけ楽しそうにしているようにも見えた。
「さて最初の要求だ。魔法協会に対厄災獣魔力圧縮消滅弾を撃ち込むのはやめたまえ。アレでも一つ秩序を作り出している。無くなれば混沌の時代を迎えることになると予見しよう」
「できないわね。私達の研究を頭ごなしに否定したあの老害共を殺さなければ気が収まらない」
「あの時は多少憤りを感じたものだが今ならば、これまた多少は彼らの言いたいことも理解できたのだ。神話を脱するのはまだ早いのだと」
「何を甘えているのかしら。さ、頭っから要求が通らなかったわけだけれど他の二つも言っとく? 簡単な予見をしてあげましょうか。私は全てを却下する」
「……予想の範疇だ。ならば仕方がないだろう」
いつも羽織っている白衣を投げ捨てて身軽な恰好になるとおおよそ似合わないが拳を構えて、
「リリスを亡くして以来初めての夫婦喧嘩だ。覚悟したまえ」
「あら、互いに戦いは本分ではないはずだけれど」
「なに、戦闘の素人同士であれば映えはしないだろうが勝機はある。そして予言してやろう。君は私には勝てないよ」
「女だからと言って舐め腐っているわねこの棒人間がッッ!」
かくして観客三名の夫婦喧嘩の幕は切って落とされたのであった。
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