「act04 乙女と戦士の場合」
「あいたたたっ……。っ、エドガーさん!?」
「オレとしたことが着地ミスっちまった……」
「――ひとまず無事なのがわかってよかった。でも、ここどこだろう……」
ツヴァイスとエドガーが落ちた先、着地したのは不自然なくらいに真っ暗なのに互いの姿はしっかりと確認できる不可思議な空間だった。しかもこれまた不自然なくらいに身体が軽く、まるで肉体さえもなくなってしまっているかのように錯覚してしまう。そして断言できる、この空間に長く居たら間違いなく『生』というものを思い出せなくなる。
「さて、とりあえずの問題はオレ達は落ちてきたわけだから上がらなきゃならねぇわけだが」
「魔法は使えない、でしたよね? 飛べないなら別の道を探すしかないですけど、こうも真っ暗だとどこに行けばどの道に繋がるのかもわからないですね」
「そうだな。とりあえずここがどういう場所か知ってそうなヤツに聞くとするか」
「え?」
「ほっほ、儂の存在を感知したか。かなりの使い手のようじゃな。お主、名前は?」
一面暗闇だったところにいつの間にかに居たのはツヴァイスの三倍は歳をとってそうな初老の男だった。しかしこの男、彼女はどこかで見たことがあったはずなのだが思い出せない。よく見れば先程まではっきりとしていた輪郭がぼんやりとしたものへと変わっていた。この状態ではもはや男かどうかすら不明だ。
「エドガー。ミハエル・エドガーだ」
「ほう、あの熾天使いの長『ミカエル』その人か。そりゃあわかるもんじゃ。して、それよりもマズイ気を放っているそこのお嬢さんは?」
「…………ツヴァイス・アンデ・シュタインです」
「ふむ、名前からはわからんがお嬢ちゃん、相当に高位の悪魔と契約しているな。並みの天使程度の神性ならばその尽くを狩りつくすこのヴァルハラにおいてその存在を保つ神気、神の領域に届き得る力じゃ」
「へぇ、そんなやべぇのと契約してるなんて初耳だぜ」
「誰にも言ったことないですし。ガブリエラさんはなんとなく察しがついてるみたいですけど」
一瞬の沈黙、さてとと破ったのはエドガー。平静を保っているようには見えず、彼がかつてないほど飢えているというのは見ずともわかる。それも当然。この男は根っからの戦闘狂であり、ツヴァイスがそんな隠し玉を持っていると知れば、
「戦いたくなるのも必至だよなァ!」
呻き声はなかった。ただエドガーの拳がツヴァイスの柔らかな腹を貫き鮮血が滴る。やがて喉奥からこみ上げてきた血塊を吐き出すとその場に力なく倒れてしまった。抵抗する暇もないほどあっさりとツヴァイスは絶命した。そう、確かに絶命したのだが、十数秒後には何事もなかったかのように起き上がり、何事もなかったかのようにあるかもわからない土埃を払う仕草を行う。傷は既に完治しており当然の如く血も止まっている。
「あれ、私死んだと思ったのに」
「こいつぁすげぇ。確実に息を仕留めたっつうのにピンピンしてやがる。生命の蘇生なんて魔法聞いたことねぇ! こいつァマジにやべぇヤツかもな!」
「違う、違う違う違う。ここがどういう場所か忘れたのかお主」
悪魔の力を試そうとしたエドガーに呆れたように諭すように話しかけたのは姿形がぼんやりとしていてあまり見えなくなってきている初老の男だ。
「ここはヴァルハラ、
「どういう理屈かは知らねぇがここすげぇぞ! 魔法が存分に振るえないのだけが心残りだがそれを抜きにしても永遠に戦えるわけか!」
「そう、ですね……」
「ん、やっぱり嬢ちゃんはここから出たいのか。まあ仕方ねぇな。おい、ここから出る方法はあるか?」
「あることにはあるが、儂にかまけていてよいのか?」
「ッッッッ!?」
気付けばエドガーの腹部にも先程のツヴァイス同様に腹を貫き鮮血を滴らせる細い腕があった。初老の男のものではない。となればこの空間には一人しか該当者はいないだろう。
「つ、ツヴァイスぅ! こんな力が、がが、あったなら、もっと早く出してくれよォォォォ!」
「……誰がここから出たいと言いましたか」
「あァン?」
年若き乙女は乙女から発せられるソレとは違う明らかな重圧感をもって言葉を放つ。隠されてきた本当の力が目覚め始める感覚。
「ここならいくら悪魔と契約しようと死ぬことはない。悪魔の業の習得にはもってこいの修行場ですよ」
――みんな周りは凄い人達ばかりで、自分は目立つことはなかった。姉も妹もガブリエラさんもエドガーさんもガイナちゃんもすごい強いけど、私はどうだ? 何にもない、ただそこにいるだけで無力、無知、無様。そんな私でも強くなれる方法があるとすればこれしかない。ガイナちゃんと肩を並べるためにもここで必ず悪魔を使いこなしてみせるッッッ!
「ハッ、オレも狂っていると思っていたがお嬢ちゃんも相当にキテんな」
「お願いです。私と何回でも死んでください」
「上等だ。この覚悟、承ったぜぇぇぇ!!」
狂戦士と狂乙女、二つの狂気がぶつかる。互いに尽きるものもない、文字通りの果てなき戦い。何度死のうとも何度殺そうとも止まることはなく殺し続ける。
そんな戦いを眺めながら初老の男はこれが青春か、と呟いた。
「ほっほ。高めあえる仲間、素晴らしい! 存分に戦いたまえ諸君。君達の戦いは必ずやこの人類を救うために必要な一手となるだろう!!」
――しかし、ここを出た時彼らは無事に人間を保っていられるかな?
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