「act3.5 見張り番の場合」
「……二人、何を話してるんだろ。なーんか少し盛り上がってるみたいですし、ちょっぴり仲間ハズレ感否めないですね」
「ま、いつ盗賊が来るかわからねぇってんで熾天使いとはいえ子供がずっと張ってるくれぇだからな。これくらい仕方ねぇさ」
「えっ、あの子熾天使いだったんですか!?」
「っと言葉足らずだったな。正確には熾天使い候補ってだけだが、契約なんてしなくても熾天使いにおいて表向きの長である『ミカエル』を抑え込んだんだ。契約をすればどれほどの魔法使いになるのか楽しみでならねぇ」
盗賊がいつ襲ってくるかわからないという状況だが話を進めるためには少年とその祖母は必須、そして一行の指針を決める主な二人、ガイナ、ガブリエラが話に参加するとなると見張りは自然とこの二人になった。
あまり二人だけで会話をしたことが無かったので上手く話せるかツヴァイスは心配だったがどうやら杞憂に終わりそうである。
「あの、まさかとは思いますが彼とも戦いたいなんて思ってません、よね……?」
「はっ、愚問だな。答えは勿論戦ってみたい、だ。しっかし相手するにはちと幼すぎる。もし手合わせすることがあっても多分五年はねぇだろうよ」
戦闘狂のエドガーでも流石に分別はついているのかほっと息を吐く。先程は不意打ちをもらったせいか文字通り手も足も出なかったがきちんと真正面で戦えばその限りではないだろう。なまじ実力も高いためおそらくエドガーも手加減はできない、ということはもしかしたらだが最悪の場合は死ぬこともあるかもしれない。事実、彼はガイナと手合わせをした時本気で互いに殺し合いをしていたらしい。
――正直、もう二度と人が死ぬのを見たくない……。
甘い考えかもしれない。この世界は自分が思っていたよりもずっと危険に溢れていて、しかも厄災の獣なんて絵本の中でしか見たことのない化け物が存在して、この旅の目的はそれを倒す力を育てるためのもの。ならば当然厄災と相対し、そして、死ぬ人もいるだろう。
知ってしまった以上仮に戦いに参加せずともそこでは人が死んでいるのだろうかと考えるだけでも吐き気が止まらない。
何より自分には力がない。
ガイナのように特殊な魔法が使えるわけでもない。
ガブリエラのように膨大な魔力を保有しているわけでもない。
エドガーのように戦闘センスがあるわけでもない。
あの少年のように小さくても誰かを守れるほどの覚悟があるわけでもない。
小さな、本当に小さな自分の我儘でもって旅に出ただけなのだ。彼に覚悟は出来ているかと問われた時は大丈夫だと自信満々に宣っておいて実際困難にあえばこの揺らぎよう。本当に自分は弱い人間だ。
「怖いか」
「……正直に言えばまだあの時の感触を忘れられません」
そう言って触るのは一度は失くしたはずの右手首。痛覚で感じる痛みなどはもう既に無いというのにいまだ痛い。
「忘れろとは言わねぇ。つかむしろ忘れるな。その痛みが積み重なってお前の糧となる」
「できれば積み重ねたくはないですがね」
「それができりゃ苦労しねぇ。自分に特別なモンなんか無くても守りたいと想う心がありゃ大抵の困難は越えてけるさ」
「…………」
「な、なんだよ。急にぽけーっと……。確かに柄じゃねぇことは言ったがオレにだってそんな時期くらいあったっての」
「ふふっ、なんだか意外ですね。ありがとうございました、少しだけ気が楽になりました」
そりゃあよかった、と少しだけ恥ずかしそうに顔をそらした。
「……忘れる必要はない、か」
まだうまく受け止められるほど強くはないがいつかは、とまだ痛む右手首をさすりながらそう思って、
――そうか、あく……。
「おい、二人とも。これからの方針が決まったからこっちにきてくれ」
「うん、待ってました!」
呼んだ声に喜々として返し振り向く。それは一人の少女、なんの変哲もないどこにでもいそうな生娘のように見えたが、その歩みは決定的に誤った方向へと進みつつあった。
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