「act09 優しき覚悟、悲しき記憶」
「ひぃっ、ば、やめろ! やめてくれぇ!」
「テメェが殺した魔法使い達も多分そう思ったろうさなァ」
バーニアスの姿は両腕がなく右足も近くに無造作に落ちていて、左脇腹は何かに喰い千切られたように抉れている。悲惨、見るに堪えないことになっていた。
「あ、アレは仕方なかったんだ!」
「人類救済の為ってかァ? 立派だよなァ、便利だよなァその言葉。そう言ってりゃ何でも許されると思ってンだからな」
「大を救う為には小の犠牲は仕方のないことなのだよ!」
「……まァそれは否定しねェよ。そォいうのが必要なのは認めるが中身が伴ってなきゃダメだぜ。何から人類を守るためかもわかってるがテメェには覚悟があンのかよ。目的のために犠牲にしてきた命を背負う覚悟ってもンがよ」
「背負う、覚悟……」
「兎も角、だ。これ以上覚悟もしきれてねェ人間が無駄な犠牲を出さねェようにここでテメェの命を絶つ」
ウリアは自分の身長の三倍はあろうかという槍を構えて、
「安心しろ。テメェの命もテメェのために犠牲になった命もまとめて背負ってやる」
そのまま大槍を振り下ろし切り裂いた。
空を。
いや、正確には冷気か。
「何でコイツを助けた。熾天使い」
ウリアが振り向くとそこには
「話は大体聞かせてもらったわ。アナタの言うこともわかるけれど、それでもワタシは犠牲を出したくないの。そしてワタシはアナタにも犠牲になって欲しくない」
ウリアは顔を歪めながら一歩退く。
「何を、言ってンだ……?」
自分でも何を言っているのかわからなかった。バーニアスを助けたのもそうだ。そのまま放っておけばこれ以上被害を出さずに済むものを気付いたら勝手に身体が動いていた。ただその手を血で染めてほしくなかった、何故かそう思ったのだけはハッキリしている。
「アナタは何かを救うために自分を犠牲にしているのよ」
「ッ……、ンなこたァわかってンだ。だが誰が犠牲にならなきゃこの箱庭は救えない、だからオレは――」
「そんな!」
「ッ!?」
「誰かの犠牲の上で成り立つ、そんな世界なんていらない、望んでない! 綺麗事なのはわかってるけれど、でもそんなアナタだからこそワタシは救われてほしい」
ウリアの頬を熱いものがすうっと滑った。どうしようもなく重なる。今目の前にいるガブリエラがとある少女と。その少女は昔光だったもの。そして守ることがかなわなかった少女。
どうして重なる。その少女はもう既にいないと知っているはずだ。痛感させられたはずだ。なのに……。
「どうしてお前はいつも強くいられる! オレはそンな風には笑えない、オレは!!」
『違う!』
思わずガブリエラを凝視する。今度は声まで似て聞こえてきた。こんなのはただの幻覚、幻聴だ。だっているはずがないのだ。
——わかっている。これは自分の心が無意識に求めた優しさなのだ。それがたまたまガブリエラの優しさと重なっただけ。
――意識を引っ張られるな、強く硬い意思を持て! あの時の覚悟を思いだせッッッッッ!!
『アナタは笑えないわけじゃない。忘れてるだけなの』
――ダメだ、それ以上は言うな! これじゃあオレは!
『だってアナタはワタシの前であんなに温かく微笑んでくれたじゃない』
直後爆風が起こる。その発生源はウリア、煙が渦巻き何も見えないが彼の様子が変わったのだけはわかった。この禍々しいまでの殺意は――
嫌な予感のしたガブリエラは煙が晴れたと同時に氷結治療でウリアを閉じ込めようと試みたが既にその中にはなんの影も存在していない。
背後に気配を感じた瞬間背中にウリアの蹴りが刺しこまれる。それだけではなく即座に見えない爆発のようなことが起きて身体を大きく揺さぶる。バランスを崩しそうになるが何とか踏みとどまり振り向いたがそこにはやはり誰もいない。
するとまた後ろで動きがあったので真後ろに
ウリアが掴まれたその首は凍りついていて少しずつ体温を奪っていく。指先に火を灯して熱しているが熾天使いの氷がそんなもので溶けるわけもなく、それ以上の火力を出すと自分にも被害が出るとわかっているのかそれ以上何かするわけでもなく一気に後ろへ下がって距離を空けた。
何故かわからないが敵対行動をしてくるウリア。あちらがその気なら迎え撃つことくらいはするのがガブリエラ。依然彼の使っている魔法の正体を見抜けていないが空間転移らしいものと爆発を起こす何かがあるのだけはわかっている。
しかしこの奥底から溢れてくる闘争心はなんなのだろうか。ガブリエラは少し喧嘩っ早いところがあったりはするがエドガーのように闘争を自分から求めるようなことはほとんどしない。自分じゃない誰かが自分の中にいるような奇妙な感覚。
「お前か。俺の相棒に手を出す阿呆は。ようやく百年かけて覚悟を決めたってのに揺るがしてくれるなんてよ」
「アナタは……、ウリアじゃないわね。誰かしら」
話し方が変わったというレベルではない。完全に別人のようである。
「コイツの持ってる防衛機能とでもいうべきか。生まれながらの体質でコイツの認めた魂は消滅せずに人格として昇華される、ってやつ。それのおかげで俺は今もこうして生きてる。ありがてぇこった」
「
――
「知らねぇよ、んなことよ。裏で眠ってる時のことなんてぼんやりとしか覚えてねぇし。ま、結局のところどうでもいいのよ。俺の仕事って結局邪魔ものを排除することってのは変わらんし」
油断していたわけではないが思考の海に少し潜った隙を見計らってか、ガブリエラの鼻に男の容赦ない膝蹴りが刺しこまれる。鼻血を出しながら後ろへ下がるが痛みを気にする時間も与えてくれないようで即座に二撃目、握りこぶしが向けられている。
それを上体を反らして辛うじて避けたと思ったがそのまま額に肘打ちを落とされる。その衝撃で脳が揺られ僅かに意識を失う、そんな隙を見逃されるわけがなく腹に
肺から空気が一気に吐き出され、口の中に溜まっていた血塊がごぼっ、と大量に溢れ出す。たったこれだけの攻撃でこうもダメージを加えられるものかと感心する。そうでもして痛みから意識をそらさなければとても正気ではいられないほどであった。
何故だ。何故だかわからないがアレは自分を殺そうとまでしている。そして絶対にこの状態では逃げることすらかなわない。まだやらなくてはいけないことも沢山あるのに。まだ、わからないことも沢山あるのに。まだ十数年しか生きていないというのに。
――カレを一人で置いて行く、ってのは少し、いえかなり罪悪感があるわね。もう少し一緒にいたかった……。
自分の身長の三倍はあろうかという槍を構え、そこで静かに目を閉じる。せめて一瞬で終わればいいけれど、と祈って。
――――――――――何も起きない。
どうしたものかと恐る恐る目を開ければそこには信じられない光景が映っていた。
あの男の顔面を誰かの拳がとらえていたのだ。
では誰が?
熾天使いの証である刻印が疼く。その契約を共にした人間がすぐ近くに現れたのだ。
「がい、、、な、?」
「おうとも、よくもガブリエラをここまでしてくれた。勿論覚悟の準備はできてるんだろうな」
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