「act05 権能解放」
「熾天使いと渡りあうって、アナタ何者よ。もっとやろうなんて正気かしら?」
以前も説明したことがあると思うが熾天使いとは文字通り熾天使という天使の中でも最上位に位置する存在達の力を振るい、国の全戦力と単体で太刀打ちができる化物なのである。この少年はその化物相手に互角どころか有利に立ち回っていて、かつもっともっとやろうときた。
案外自分なんてそんなに強くないのかしら、と少しだけ自信を無くしそうになったが強力な魔法を使えるだけで魔法使いの最高峰に位置する熾天使いになれたわけではないのだ。まだまだいくらでもやりようはある。
と、ヒートは笑う。何がおかしいのかと思ったがその答えはすぐに返ってきた。
「正気であの厄災を越えられるかよ」
「っ……!? アナタも――」
続きはなかった。轟ッ! と音が鳴ると黄金の瞳の少年を囲うように電撃の槍が数多落ちる。
すぐさま作り出した氷の短剣でもって一、二、三、と受け流し即座に駆ける。休む暇を与えるかと言わんばかりの電撃の槍が襲い来るがもう一つ短剣を取り出すとこちらも止まるものかと避け、切り払い駆ける。
「あんた魔法だけじゃなくて剣の心得もあるのか。やっぱり相当熱い奴だな!」
「ワタシは確かにトップクラスの魔法使いであると思っているけれど、それだけに頼ることなくあらゆる分野も履修してこそのトップよ」
「なら次はコイツでどうだ?」
瞳の色が静かな緑色へと変化すると風が吹き荒れ、少年の手に何かが握られた。姿かたちが見えずなんであるかはっきりとはしないが影の形状から察するに三メートル弱の棒状の何かというのは推測できる。
「それは剣と見たわ。随分と大きいものみたいだけれど十全に扱えるのかしら」
「扱えるから使っているんだし、それに剣とも限らないぜ? 槍かもしれんし斧かも。はたまた棍棒だったりしてな」
そこを誤魔化すということはその得物が見えていないのは意図的に隠しているとの認識で多分間違いない。ということは姿を見られただけで生じるデメリットがもしかしたらあるのかもしれない。
なんにせよ間合いがわかれば対策も立てられる。近接武器としてはあちらの方がリーチが長いが故にあんな大きなもので小回りは効かない。つまり必然的に大振りになるのだ。
ヒートの足元から氷の槍が飛び出しそれを避けるように動く、隙を見計らって接近、短剣を構えるとそれを迎撃しようと少年は何かを横薙ぎに大きく振る。
――予想通り!
剣の間合いに入ったところで一歩下がりギリギリの距離で回避。影との距離差は約一、振り切る所要時間約一、動き出し短剣が突き刺さるまでジャスト――
と思ったその時その場からガブリエラの姿が消え失せる。もっと正確に状況を説明するなら一瞬にしてステージ端の石壁へと叩きつけられていたのだ。
あまりの衝撃に一瞬だが意識を失ったガブリエラはすぐに体勢を立て直して状況の整理を行う。
まず大きな変化は少年の握っている何かの影が一メートルほど伸びているように見えたのだ。どういうものか依然不明だが伸縮自在らしい。姿が見えないのに伸縮自在とは厄介なことこの上ない。
次の着眼点はガブリエラの身体に切り傷がないことだ。勿論壁に叩きつけられたことによる怪我はあるが剣によってつけられたような傷は大きな腫れくらいしか見当たらない(というかあの速度で剣が叩きつけられたら身体は上下に繋がっていなかっただろう)。
腫れている箇所に氷結治療を施し少年を見れば影は消えており瞳も元の澄んだ青に戻っていた。
「こっちじゃkrbg3fはうまく具現化できずに不安定な状態でしか造れない。だから姿も見えないわけだが、不安定な状態だからこそできる使い方もある。例えばさっきみたいに力を調整してやればある程度の伸び縮みはできるんだぜ」
やはり伸びていたので間違いはないようだ。だがその前の説明はなんだ。なにをこの少年は話している。一瞬ノイズのようなものが走ったように聞こえたが……。
「それにしてもやっぱりあんたすげぇな。あの一瞬で自分を氷で覆って衝撃を減らすなんてさ。その反応速度、どこまで限界なのか試したくなるな!」
不思議に思った。自分はそんなことした憶えはないのだが。
よくよく周りを見れば確かにそこら中に自分の魔力が練られた氷の破片が落ちていた。
あの一瞬で自分は何かを無意識に感じ取り魔法を行使したということになるが――
「んなわけあるかぁぁぁぁぁ!」
いくら自分が凄い魔法使いだという自負があったとしても信じられない。
思えば確かに昔から反射速度はかなりのものを持っていた。最近だと初見である
「えっ、さっきの無意識だったのか?」
「み、みたいね……」
ガブリエラは――
少年の背後に音を立てないように、魔力の流れを悟られないように氷の短剣を精製する。少年は気づいていない様子。
――よしできた! さぁ目標を、やれ!
「ダメだ。そんなんじゃ全然ダメだ。熱さが足りないな」
刹那ステージ全体に衝撃というか風というか何というか、とにかくそれが広がりひたすらにガブリエラへと不快感を与える。
その不快感のせいか短剣はその形を保つことができず消滅した。
「へ……?」
ガブリエラの中でも変化があった。いつも体中を巡っている魔力の流れがおかしいのだ。先程の何かのせいでバランスが崩されたのだろうか。しかし困った。
――つまりつまり魔法が普段通りに使えないじゃないの!
試しにいつも通り魔法を行使してみるがやはりなにも起きない。これでは――
――出力の加減ができないじゃないの。まあアイツなら多少重いのを喰らっても命まではなくならないでしょう。
「さて魔法も使えないわけだしさ、本当の実力ってヤツを見せてもらうぜ」
少年の瞳は紫色となっていたが今はそんなことどうでもよいとばかりに地面に何かを描き始めた。
「魔法陣? そんなもの描いたところで魔法が使えないんじゃ意味ないぜ」
その通り。今描いているのは魔法陣と呼ばれるもので初心者魔法使いが魔法のイメージをより強固にして発動するために使う所謂魔力増強の陣だ。こんなもの普段なら使わないが、魔力の流れが狂っていて普通には使えないのだ。保険は一つでも多い方がよい。
「神ノ力ヨ我ニ集エ。其ノ力ヲモッテ彼ノ世界ヲ創リシ権能ヲ呼ブ。其ノ力、汝ノ
空気の流れが変わりこのステージ、いやこの町中が瞬時に凄まじい冷気によって支配される。この空間の環境そのものが別のモノに塗り替えられていくかのようなとてつもない規模の、熾天使いマリン・ガブリエラのみが行使できる特権大魔法。
さてここで問題だ。狂った流れを無視して無理矢理最大出力で魔法を発動してやればどうなるか。
勿論やったことはないからどうなるかわからないが、
――おそらく魔法は暴走して制御不能になるでしょうね♪
「
瞬く間に。瞬く間に中心にこの町のどの建造物よりも巨大な氷の柱がヒートを巻き込んで顕現する。
「ふぅ……。なんとかこの程度で、済んだわね。……ごぶっ!」
ガブリエラは膝をついて咳き込む。手は血で赤く濡れ、目は真っ赤に充血をし鼻血も溢れている。
魔力の流れが狂っている状況下で魔法を無理矢理行使すれば安定せず暴走する。暴走すれば魔力は暴れまくりながら放出される。ちょうどホースに詰まり物があってそれを除くために水を大出力で流す感じである。その際に身体が傷つき、それは魔力の量が多ければ多い程莫大な被害をもたらす。更に魔法の制御も難しいためどんなことが起こるかもわからない。
今回ガブリエラはなんとか威力を抑えることに成功したため損傷も少なかったが、本来ならば町が氷漬けになり全身から鮮血を噴きながら絶命していてもおかしくなかった。ここまで抑えることができたのはやはりガブリエラが世界有数の才能を持つ魔法使いであったからだろう。
「いやあやっぱりあんたすげぇわ。ここまで命の危機を感じたのはいつ振りだったか」
声が降ってきた。それは先程まで氷の柱に閉じ込められていたはずの男の声で、その瞳は今までと違う赤と緑のオッドアイとなっていた。
「う、ウソでしょ……。アレは熾天使ガブリエルの神秘を直で出力した、ワタシでも人間に使うの躊躇する特大魔法なんだぜ!? それを直撃して動けて話せてるっての?」
「あぁ直撃したとも。あんたは威力を抑えたつもりだったろうけどまだまだ甘いな。俺じゃなけりゃ死んでたぜ。今も生命を維持するので精一杯でその上寒さで感覚が全くないんだ」
体をふわふわと浮かしながら話す少年の顔色は命の危機が迫っているとは到底窺えないほどの余裕を感じる。
「ってことで降参だ」
………………へ?
「こ、降参って言った?」
「おう言ったとも。正直マジで死にそうなんだ早く休ませてくれ。熱さが足りねぇ、根性がねぇとは思うが命には代えられないからな」
何か釈然としないが、
「勝った、のよね?」
すると目の前に火がぼうっとなって何かの形を作る。これは、『ありがとう』?
「ありがとう、か。ワタシも死にかけたけれど、たまにはこういうのも悪くないかもしれないわね」
言葉に出した後に気付いた。
――完全にアイツラに毒されてるわねコレ……。
次の試合はガブリエラとウリアとの対決。全員の傷が酷かった為試合自体は次の日に持ち越される。
明日は何か嫌なことが起こる予感がする。何故だか何かが。何か、何か……。
「あっ! そういえばアノコ厄災って単語出してたわね。何か知ってるかもしれないのに訊き忘れた……」
――思わぬ収穫だ。これはとても良い燃料になるな。
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