第一幕
第1幕「時間加速」
1
マリン・ガブリエラと名乗った女性が近づいてくると即座にガイナと呼ばれた少年は剣を構える。
「マキナ・クォーノスさんからの頼みで今日からアナタと旅に出ることになったの。だからとりあえずその剣を下ろしてくれない?」
「……俺はそんな話聞いてないぞ」
それに、と一言。
「俺より弱いやつとは旅なんてしない」
「世間知らずここに極まれりね。いいわ、アナタより強いことを証明すればいいのね?」
面倒事が増えた、とでも言いたげな顔でため息を一つ。
ガイナがこう言ったのには勿論理由があり、当のマキナ・クォーノス、彼の父が共に旅をしたいなどと言う者が現れた時はこう言えと教わっていたからなのである。
先程の猪もこの女性が呼び出したのだとしたら弱いということは無いはず。
しかも、だ。父は自分には弱いやつと旅をするな、と言いつつ彼女には旅をしろと言っていたという。『つまり父から見れば彼女の方が強い』ということを表しているのかもしれない。あくまで可能性としての話だが。
ガブリエラの腰周り等見ても武器らしいものを持っているようには見えない。つまり魔法で戦う正真正銘の魔法使いというやつらしい。
「言っておくがさっきと──」
「同じものを使うと思っているの?」
刹那、ガブリエラの目の前から一条の氷の矢が飛ばされてくる。
それを横に避けると更に飛んできた第二射目を剣で一閃、そのまま敵に向け走り出す。第三射目を用意できる間も与えないと言わんばかりに即座に接近してみせたガイナの構えた剣は確実にガブリエラの首を刎ねる為に動いていた。
しかしそれを阻止するかのように両者の間に地面より氷の柱が出現する。
それを後ろへ下がる事でなんとか避けたが、更にその柱から別の柱が生成されガイナを数メートル後方へと突き飛ばした。地面に伏す前に受身を取ると再び剣を向け構え、息を整える。
「不意打ちなんて酷いじゃねぇか」
「アナタこそ本気で首を落としに来るなんて酷いじゃない。ま、手加減したらやられる、と認識しているだけまだ賢いかしらね」
一応命を本気で狙われていたのにあちらは殺す気が無いという余裕の態度。簡単に勝てる相手ではないと思ってはいたが想像以上に手強い。
勿論手を抜いていい相手ではない。
ガイナの灰色の瞳が半転した。
ザッ!と地面を蹴る音が聞こえた時には既にあっさりと首を刎ねてしまっていた。
──のだがしかし斬った瞬間におよそ人を斬ったとは思えない氷を砕いたような音がしたと思えば腹部にガブリエラが突進をしてきて馬乗りの形で首元に氷で作ったと思われるダガーを押し当てられる。
ほぼ一秒間で行われた攻防、ガイナには何が起こったのイマイチ理解できていなかった。
「アナタが戦っていたのはワタシを模した氷像よ。氷像相手にドヤ顔している隙にこうして本物は懐へ入り取った。アナタ自身気付いているかわからないけれど、何らかの方法で超加速をした後、瞬きをしているわね。ワタシぐらいにもなればその隙、見逃さないわよ?」
と、言ってはいるが内心では──
——氷像を相手にしていた? バカ言わないで。流石のワタシでもそこまでリアルなものは精製できないわよ……!
あの一瞬で反射的に自分と相手との間に氷壁を築き、反射的にしゃがみ、反射的にタックルしただけの話。
あの速度に反応できた自分のことを内心褒めつつ、ダガーを押し付ける。
「さて、これで満足かしら?」
「わ、わかった!わかったから近いって!」
うん? と顔を傾げるとガイナが何を焦っているのかわかったらしく、
「ははぁぁぁん?そういう歳頃だものね?照れるのも仕方ないわねぇぇ?」
そう言うとぐいっとダガー、ではなく胸をさらに押し付けていく。
恥ずかしい。
山で育ったとはいえ別に異性と交流がなかったというわけではないし、そういう知識も身につけている歳頃の男子には変わりないのだ。そりゃあ恥ずかしい。
ま、冗談は置いておいて、とガブリエラは少し離れるといつの間にか握られていたはずのダガーは消えていた。
「ワタシの勝ちね。さぁ、今から世界を知る旅を始めるわよ!」
こうしてガイナはガブリエラと共に世界を知る旅に出るのであった。
「ひとつ、質問」
「なにかしら?行先なら準備があるから下町に行こうと思っていたのだけれど」
「魔法というものに関して実はあまりよく知らないんだ。是非教えて欲しいんだが」
「………………………………………………まじ?」
2
「…………この世界で生きておきながら魔法のことを知らないの?」
「知らないわけじゃないがよくは知らないんだ。魔法という技術があること、それがそこそこ周知されていることは知ってるんだが、どういう原理で使えてどういうものなのか詳しく知らない」
山を降りてすぐある小さな町へと向かう途中、のんびりと歩きながら話す男女が二人。
ガイナは魔法のことを上手く理解出来ていないようでなんとなくすごいことが出来る超常、としか思っていないようだ。
確かに間違いでは無いが『プロフェッショナル』のガブリエラとしてはなんとも歯痒いところだ。
ということで、だ。
「軽く魔法のことについて、町に着くまでの暇つぶしにでも教えましょうかね」
──魔法とは天使の神秘を真似た人間の技術である。
あまりにも唐突なので話が見えないだろうがこの世界には天使、大きく纏めると『上位種』と呼ばれるモノが存在しているらしい。
らしいというのもここ数百年、目撃されたとの情報が皆無なためイマイチ信憑性に欠けるのだが、そこは置いておいてそういうものがいると思っておけばよい。
その天使達は昔何もないところから火や水を出して地球上の生物に富をもたらしたという。
それを羨んだ人間はそれを使いたいと思い借りた、それが魔法だ。
先程真似た技術と言ったが正確ではない。正しく言い換えるなら借りた技術だ。勿論真似た技術も存在するがそれは話すと長いのでまたいつか。
「魔法を借りる為には生きているもの全てが大なり小なり所持している生命リソース、魔力というものが必要になるわ。ここも詳しく説明すると面倒なので大雑把に説明すると、ちょっとした魔法を使うだけなら大した負担ではないけれど大規模の魔法を使うとなればそれだけ負担が大きくなるって理解で問題ないわ」
「天使、ってやつから魔法を借りているってんなら使用時に消費する魔力ってやつはつまり天使にあげてる形になるんだよな。それって天使に何かメリットがあってやりとりしてるのか?」
えっと、と頭の中で次々入ってくる情報に対しての疑問点をぶつけるといい着眼点ね、と指を鳴らし説明を続ける。
「天使はその生命リソースを溜め込んでさらに上位の存在となるのが目的、と言われてるわ」
「さらに上?」
神様とかにでもなりたいんじゃない? とテキトーな様子で言うと魔法で生み出したと思われる水をそのまま口に含む。
魔法って便利だと思った。
「次に魔法には五大属性というものがあるわ。簡単に火、水、地、光、闇ね。火と水はそのまま、地は自然の力を利用する属性、光は治癒など聖なるもので闇が呪いなどの邪なる魔法よ。ちなみにワタシの得意なのは水、氷はその応用なのよ」
確かに先程の戦闘は氷しか使っていないと思い出したところで、
——あれ、じゃあ出会い頭の炎は?
「水が得意というだけで他の属性が使えないとは言ってないわよ。普通の魔法使いなら二属性くらいまでしか習得出来ないけれど、私はなんたって天才ですから火、水、闇の三つが扱えるわ」
口にも出していない疑問にこたえるかように言ったガブリエラは驚くガイナを余所に話を続ける。
「読心魔法。闇属性魔法の一つよ。ワタシに隠し事は無駄だからそのつもりでいてね♡」
これは面倒な相手と旅をするものだとガイナはこれからのことがほんのちょっぴり不安に思ったところで、
「聞こえてるわよ?」
「勝手に人の心を読むんじゃあねぇ!」
「基本はこんなものかしら。──ほら見えてきたわよ」
父とも何度か来たことのある一番近く、農業が盛んな町。たまに依頼をこなしてその報酬としていくらか特産をもらったことがあるが味付けなどしなくともしっかりとした味がある野菜は絶品だった。
聞いた話ではとある魔法使いが作った魔法道具のおかげらしい。ガイナが魔法に興味があったのはこういう話を聞いていたからというのもある。
「そうね、確かにここは野菜も美味しいわ。だけれどそれだけじゃないのよ」
ガイナはここでは野菜くらいしか食べていないので皆目見当もつかない。首を傾げていると、
「この町だけでしか提供されていないものだし知らないのも無理ないわね。ベッグタブル、この町の美味しい野菜で育てた豚。それを使った肉料理、これがまた絶品なのよ!」
「それは、興味があるな」
山篭り生活だったせいもあるが、人生の楽しみが食事と狩りしかなかったガイナにとってはとても心躍るワードだった。
「えぇ、えぇ!少し用事を済ませたらお話も兼ねてどこかで昼食でも──」
とりましょうか! と意気揚々に言おうとしたガブリエラは町門前に着くと眉を顰めた。
ガブリエラが気付いた『違和感』にガイナもすぐに気がつく。
普段そんな気がないこの町に不釣り合いな『血の臭い』が微かにする。これは家畜などの臭いではない。人間の、臭いだ。
「あ、待ちなさ──!」
刹那、魔力の流れを感知したガブリエラは制するが一歩遅かった。ガイナは既にそこにおらず遠くに反応があった。
……彼は魔法についてほとんど知らない様子だった。
多分そもそも彼には『自分も魔法を使用している』という自覚が無いのだろう。
「だとしたら早めに教えてあげないとまずいわね。あんなもの、自覚なしにおいそれと使っていいものじゃないわよ」
あんなものと呼びはしたが呼び名が無いのも不便だろうと勝手に心の中で
「特異属性大魔法『時間加速』、悪くないわね」
小さくそう呟くと魔力の流れを追ってガイナの向かった方へと急いだ。
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