【完結】神の箱庭 〜Magic World〜
杯東響時
第0幕
第0幕「開幕」
1
「お前少し旅に出てこい」
そんな軽さで昔から住んでいた山から放り出された数え十八歳の少年は町を目指すべく整えられてもいない獣道を切り分け歩く。
山を下りている途中何度か野生動物らしきものに襲われたが、少年はそれを食料の調達がてらに少し短めのロングソード一本で薙ぎ払い進む。
剣術という上品なものを習ったことはない。山で共に生きた父に簡単な剣の扱いを教わっただけで後は直感のままに振っている。
可愛い子には旅をさせよ、とは言うがそんな言葉も知らないくらい少年には教養が無い。読み書きは簡単なものしか知らない。山で生きていく中ではほぼ必要が無かったからだ。
ふと、何かを感じて後ろを振り返ると自分の四倍の大きさはあろうかという巨大な猪が鼻息を荒らげ少年へ近付いていた。
殺気があればかなり事前に察知出来たはずなのだがこの猪にはそれが無い。
こちらと争う気は無いということなのか?
そう考えていると猪の瞳に力が宿った。
なるほど、意図的に殺気を忍ばせていたということらしい。
最近の猪は賢いなと関心していると――
ボウッッッ! という激しい破裂音が大きく響き渡る。
……まだ、まだ猪との距離は十メートルはあったはず。それなのに少年は弾かれたように後方へ叩きつけられたのだ。
背後にあった木に激突した瞬間、肺から空気が吐き出され身体が痺れるような感覚に襲われる。身体を襲う痛みに耐え緩やかに立ち上がり、落ちていた自分の剣を拾い上げた。
初めての経験。物理的にはありえない現象だった。
この世界では『魔法』と呼ばれる超常、技術が存在しているらしい話を聞いたことがある。
山からあまり下りたことのない世間知らずな少年にとって話には聞いていたものの見たことの無い、初めての邂逅。
実は少年には炎の塊のようなものが目の前で造られていく様が見えていたのだ。少年にとっては充分回避行動も取れるはずだったが、それをあえて剣で受け止めた。
その理由は単純、魔法の破壊力がどれ程のものか見てみたかった、それだけである。
しかしまさか野生動物まで魔法を使うとはと少年は驚いたが、逆に言ってしまえば魔法という技術はそこまで当たり前に広まっているということである。
少し、少年の心は弾む。前に話を聞いた時から使ってみたいと思っていたのだ。ここまで広まっているなら簡単に学べるような気がして、少し、撤回。かなり心が弾む。
少年が興奮している間に猪の方にも動きがあった。一度大きく咆哮して後ろ足で地面を掘る。
突進してくる様子のようだが、それを確認した少年の瞳が半転した。
「それじゃあ遅いぜ」
と、発した声は既に猪の真下。正確に言えば少し短めのロングソードを喉元へ押し付けている。
終わってみれば呆気なかった。巨体で肉厚だったが、それをものともせず一閃。難無くその首を落としてみせた。
しかし不思議だ。この猪は斬り伏せたというのに血飛沫一つあげることはない。最近の動物は変わってるなあと思っていると、
「へぇ、アナタ面白い魔法使うんだね」
猪の中から声が聞こえてきた。
どういうことかと目を擦ってもう一度注視すると、そこには少年の四倍程の大きさのある猪の姿はなく、代わりに自分より少し小さく歳は二十歳程、青髪碧眼、丈のやや短いワンピースを身に纏う胸の主張が激しい女性が立っていた。
「黒髪ショートに灰色の瞳、それに安物の旅装束と腰に提げたロングソード。アナタがガイナ・クォーノスね?ワタシはマリン・ガブリエラ。これからヨロシクね」
これから少年は、世界を知る旅に出る。
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