第19話

店の外に出てみたはいいけれど、すでに彼らの姿はない。


昼間の方が薄暗いアーケード街の隅っこ。


俺は右と左と、どちらに行こうか迷っていた。


「あら、和也くん、どうしたの?」


古くからの顔なじみのおばさんが、声をかけてくる。


「いや、ちょっと修行中だったんですけどね」


「あらまぁ、なんの修行中?」


「魔法使いです」


おほほほほ、と、玉を転がしたように智代さんは笑った。


「さっき、猫が飛び出してきませんでした? 焦げ茶の」


「さぁ、見てないわね」


そうですか、分かりましたと頭を下げ、俺は導師の捜索を始めた。


平日の午前中なんて、外を歩いているのは老人と幼い子供を抱えたお母さんぐらい。


そんな中で、俺みたいなのがぷらぷら歩いてると、非常に目立つ。


みんな、どこで何をしてるんだろう。


「お~い、導師~。どこ行ったぁ~?」


あてもなく歩いていると、ふと聞き覚えのある声がして、公園の隅で北沢くんを見つけた。


ランドセルを背負っている。回りには、制服姿の中学生。


「あ、北沢くん! 導師見なかった?」


北沢くんの服と顔は汚れていて、左の頬がなんだかちょっと赤くなっている。


三人の中学生は、俺が近寄るとどこかへ行ってしまった。


「導師、見なかった?」


「見てねぇーよ」


北沢くんは、切れた唇の端を手の甲でぬぐうと立ち上がった。


「なにしてたの?」


「は? お前、バカか」


北沢くんの着ている服は、今は汚れているけど、いつだって高そうな服で、その七分丈のお洒落なズボンのポケットに、彼は両手をつっこんで歩く。


「どこいくの? 学校は今日も休み?」


「今から行くんだよ」


ランドセルを背負って歩く彼の後ろ姿は、やっぱりなんだか大人びて見えて、小学校っていう場所が、似合わないかんじがする。


「ねぇ、大丈夫?」


「大丈夫なわけねぇだろ。学校じゃ、誰もいない」


そう言って、北沢くんは振り返った。


「今度から、余計なことするなよ」


余計なことって、なんだろう。


そういえば、いつも尚子や千里にも言われてる。


あの二人は、大概俺のやることなすこと全てが気に入らない。


俺の全てが、あいつらにとって余計なこと、だ。


太陽が空のてっぺんに来て、少し西に傾いた。


お腹もすいてきたし、導師も見つからない。


たまたま目に入ったラーメン屋さんでお昼を済ませて、午後からの捜索を再開する。


北沢くんと初めて会った、土手に来てみた。


河原の草原に立つ一本の木。


行ってみようかと舗装された土手の道を歩いていると、赤いランドセルの菜々子ちゃんを見かけた。


彼女はしゃがみ込んで、土手の草むらに向かって、ちぎったパンを投げた。


「なにしてるの?」


その言葉は、彼女にとって不意打ちだったようで、ビクリとして振り返った。


「な、なんでもない」


草むらには、小さなパンの固まり。


白い影が、スッと草むらに消えると、どこかへ走り去った。


菜々子ちゃんは手にしていた給食のパンを、あわてて後ろに隠す。


「給食、食べきれなかったの?」


色とりどりの、カラフルなランドセルを背負った子供たちがが、すぐ横を通り抜ける。


「うわ、またこいつ給食のパン、持ち帰りしてるぜ!」


「ダメなんだよ、持って帰っちゃ」


「動物にエサやりも禁止だし!」


「違うよ、うちでご飯食べられないから、持って帰って食べてるんだってよ!」


「えぇ~! やだ汚い古い、お腹壊しそう」


赤いランドセルの女の子って、もう多数派じゃないんだな。


この世で一番正直でまっすぐで、嘘の無い人たちが走り去っていく。


菜々子ちゃんは、そんな彼らを黙って見送った。


「菜々子ちゃん?」


「うるさい!」


俺からも、逃げていく必要なんて、ないのにな。


走り去る彼女を追いかけてもよかったけど、多分彼女は今、そんなことを求めたりしていない。


それよりも、俺は早く導師を探し出して、魔法使いにならなければ。


「導師~! 早く修行しようよぉー!」


俺が今一番やらなくてはいけないこと、魔法使いになること。


自分を取り巻くこの世界を、少しでも変えること。


それが俺の、一番の望み。

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