第12話

自分は魂の指導者だと名乗る猫、導師につれられて、俺の修行が始まった。


目指すは魔法使いのなかの魔法使い、大魔王。


やっぱり目指すならトップを目指さなければ、何事もやる意味がない。


猫の導師のお世話は俺がやっている。


うちにお招きして、食事の用意からトイレ、ブラッシングもする。


修行させてもらうのだから、これくらいは当たり前だ。


導師は外猫だから、すっごく嫌がるけど、たまにはお風呂にも入ってもらう。


だけど、その分爪切りはしなくてすむ。


そこは助かった。


本日の修行テーマは『魔道への基礎講座~基本の材料とその扱い方~』


野外実習がメインだというから、気合いが入る。


「私は魂の指導者」


「はい」


「本日の修行を始める。私についてこい!」


書店のレジ台からぴょんと飛び降りた導師の後を、小走りで追いかけていく。


どんどん走っていくうちに、閑散としたアーケード街を抜け、路地裏の住宅街に迷い込んだ。


修行のために、今日は店を閉めてある。


どうせ客もいない。


導師は軽快な足取りで、道路の隅っこを走っている。


それを見失わないようについて走ってるけど、困るのは突然排水溝の溝に飛び込んだり、他の人の家の庭を横切ろうとすることだ。


「ねぇ導師、そっちには行けないよ」


導師は尻尾をピンと張ったまま、くるりとふりかえった。


「めんどくさい奴だな。目的地は向こうの河原だ。早く来い」


導師はコンクリートの壁を飛び降りて、よそんちの庭に入り込むと、その先の生け垣を抜けて走り去っていった。


まぁ確かに、そこを通った方が直線ルートで行けるから、目的地の河原までは近道なんだろうけど。


さすがに人間の俺が、そんなことをしたら怒られるから、きちんとしたルートを通って、走るのもやめて、普通に歩く。


猫には許されても、人間には許されない道。


そんなことは、山ほどある。


舗装されている道路なら、ここは勝手に歩いてもいいっていう約束。


だから俺は、歩くことを許された道を選んで歩く。


人気のないそんな道をくねくね歩いていると、目的地が分かってないと、すぐに迷いそうになる。


方向を見失うと、へんな所に出ちゃう。


そんな時には、どうやって目的地にたどり着けばいいんだろう。


ぐるぐると歩いているうちに、住宅街の左手に土手が見えた。


コンクリートで固められた護岸壁。


これはうちの近所に流れる、一番大きな川だ。


そこにあった階段を駆け上る。


目の前には、ゆっくりと流れる川と、その両岸に整備された、ただただ広い草原と青い空、吹き抜ける風が気持ちいい。


よかった、たどり着いた。


しかし、たどり着いたはいいけれど、こんなところで猫の導師一匹を見つけるなんて、どうすればいいんだ。


対岸では草野球チームの打った金属バットの音が、空高く響いている。


土手沿いの道には、自転車とマラソンランナー。


部分的に整備されていない草むらに、一本だけぽつりと大きな木が生えていて、とりあえずそこに向かって歩いてみる。


他に、目印らしきものはない。


膝下くらいにまで伸びた草を、踏みしめて歩く。


たぶんここぐらいしか、猫が身を潜めている場所はない。


「遅いじゃないか」


俺が踏み込んだそのすぐ左手の足元に、導師はうずくまっていた。


「わ! そこにいたの?」


「迎えに来てやったんだ」


「そっか、ありがと」


俺が見つけなくても、見つけてくれる人は、見つけてくれる。


俺がそこに来さえすれば、ちゃんと見つけてくれようとしている人には、見つけてもらえる。


なんだかちょっとうれしくなって、俺は導師の隣でしゃがんでみた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る