裏ゲートにて
〜さばんなちほー・裏ゲート〜
ゲートを抜けたところで三匹のイエイヌが座り込んでいる。どうやら休憩中らしい。
「はいいろちゃん。右目診せて?」
レトリバーがはいいろに顔を近づけ、打たれたはいいろの症状を詳しく確認した。
見るやいなや、レトリバーの表情は固くなる。はいいろの右目は真っ赤に充血して腫れ上がり、瞳孔の内側が少し白く濁っていた。素人目でもわかる深刻な状態だ。サンドスターの力である程度は回復するはずだが、ここまでひどいと完治するのかレトリバーは不安だった。
「レトリバーさん…私大丈夫なのでしょうか…」
はいいろは心配そうに尋ねる。レトリバーはハッとして無理に柔らかい表情を作る。
「大丈夫よ!平気平気!とってもかわいいわ!」
レトリバーははいいろの口元を見て言った。真意のわからないはいいろは舌を出してにこりと笑う。
そんなどうでもいいやり取りを退屈そうに見ていた814番。レトリバーの注意を引こうと、壁のポスターを指差す。
「レトリバーさん。あれ、なんですか?」
そのポスターには4つの黒いシルエットとなにかの文字が書かれていた。当然814番には読めない。
「ふれんずあいどるおーでぃしょん…きょうかいさい…て書いてあるわ。」
研究所で得た識字スキルを遺憾なく発揮するレトリバーに、2匹の従者は憧れの眼差しを向ける。
「あいどる?おーでぃしょん?ってなんなんですか?!」
しっぽを惜しげなく振る814番は興味津々だ。
「それは…えっと…」
レトリバーはまゆを下げ困った顔になる。ここで今しがたゲートから入ってきた知らないフレンズが口を出してきた。
「あら?あなたたちもフレンズあいどるおーでぃしょんに参加するの?私もよ!友達にならない?」
それは頭に黄色いトサカのようなものをつけた、白と黒の衣装を身にまとったフレンズだった。
急に現れて声をかけられたことに身構え、警戒するイエイヌたち。インフォメーションセンターの一件で気が立っていることもあるだろうが、そもそもいきなり友達になろうだなんて裏があるに違いないのだ。
「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったわ。私はロイヤルペンギン。プリンセスって呼んで!」
プリンセスは一回転した後、ポーズを付け首を15度ほど傾けてウインクを決めた。しかしイエイヌ達はなお警戒を解かなかった。
「ちょっと!なによその顔は!怪しいフレンズじゃないわよ!ほら、これを見なさい!」
やたら必死なプリンセスはやたら誇らしげに胸を張った。
「え…まあ…素敵な胸筋だと思います…」
一応プリンセスの胸を見たはいいろは無難なコメントを残した。しかしそこはプリンセスの見てほしいところではなかったようだ。
「違うわ!ここよ!ここ!」
プリンセスは鎖骨の下あたりを指差す。
そこにはキラキラ光る小さなものが付いていた。
「なんですか?それは?」
「ええー!?あなた達知らないの!?やっぱり産まれたてなのね!」
まるで、原始人でも見るような目だ。
「まあ…実物を見たことあるフレンズも少ないから知らないのも無理ないわ。確かパークで持っているフレンズは私含め3人だけだと言うし…いいわ!教えてあげ
る!」
勝手に話を進める勝手なフレンズである。
「聞いて驚きなさい!これは、『優良フレンズのあかし』よ!」
自信満々なプリンセス。しかし優良フレンズと言われてもイエイヌ達にはピンと来なかった。
「優良フレンズ…?危険フレンズの仲間かなにかですか?」
はいいろはお姉さんが言っていた似たような言葉を思い出して聞いてみた。プリンセスは早口で真っ向から否定する。
「全然違うわよ!逆の意味よ!ずっといい子にしてたらもらえるの!これがあるとね!毎日のじゃぱりまんがひとつ増えたり、申請したら他のちほーに行けるようになったりするの!…このために私がどれだけ苦労したことか…!…まあ話さないけど!」
話したそうな顔をしていたが、みんな特に聞きたいとは思わなかった。
「それで、その優良フレンズさんが何の用でしょうか?」
814番がプリンセスの目を見据えて言い放つ。たじろくプリンセスはしどろもどろで言った。
「と、友達に…なってほしくて…」
さらに勘ぐる814番。
「なんで?」
「別にいいじゃないの…私だって…私だって…うぅ…」
プリンセスは今にも泣き出してしまいそうだ。警戒しているとはいえ、いたたまれなくなったレトリバーは814番をたしなめて、プリンセスに言う。
「プリンセスさんはアイドルおーでぃしょん?に参加されるのでしたよね?それについてよければ教えてくれますか?」
この発言で814番はさっきまでの会話を思い出す。
「あ、そうだレトリバーさん。アイドルおーでぃしょんって何なんですか?」
今しがたレトリバーがプリンセスに同じことを聞いたというのに話を聞かない獣である。しかし会話ができそうで嬉しいプリンセスはレトリバーに代わり814番の質問に答えることにした。
「えっと…見た方が早いわ。アイドルはね、こういうのを言うの。」
プリンセスは懐から板状の機械を取り出した。
「ちょっと待ってね」
取り出した板をしばらく弄ると、プリンセスは板をイエイヌ達が見えやすいところまで持ちあげて見せた。
はいいろは板を見るやいなや驚愕した。画面に人影が写っていたのだ。
「な…中に人間が閉じ込められているの…?」
「ひ、光ってる…」
814番も驚きを隠せない様子だ。
「あ、音も上げなきゃね。」
プリンセスが、機械を触ると板から音が聞こえ出した。
『…かねチャンネル!始まるよ!』
「しゃべった...」
音に驚くあまり固まるはいいろと814番。
構わず動画は流れ続ける。
『今日は横浜県の一級河川、王川にやってきたから、河原で石積みをするよ!だれもが納得するような、カンペキな石山を作る!』
『この撮影は何時間で終わるのだ?』
『シーっ!撮影者は音を出さない!』
動画の中で、黒髪の少女の挑戦が始まった。
『わあ!危ない!』
崩れる石山。回避する少女。
『平たくて大きい石を集めることから始めてみよう』
打開策をたて、すぐさま実行に移す少女。
『こんなんじゃダメだー!』
納得する石山ができず、憤る少女。
『小さい石を隙間に詰めたらまっすぐに建つんじゃないですか?』
通行人からのアドバイス。すぐに取り入れる少女。
『よし、これでかんせ…!?…わあ!地震だ!』
完成間近で崩れる石山。突然のアクシデントに挫折する少女。
『あかねちゃん!諦めちゃダメなのだ!』
撮影者の激励に、再び発起する少女。
『カンペキだ…!』
そして遂に石山が完成した。達成感に浸る少女。
喜びに浸っている時間はつかの間。突然音楽が流れ出し、少女が急にラップを歌い始めた。
『
ロックをバックにロックを歌うー♪
ここまでの労苦はハンパなかったけどー♪
論究したかいはあったとー思ってるー♪
』
『また見てねー!』
画面に手を振る少女が映る。
板状の機械を止めるプリンセス。その目は感動で若干ゃ涙ぐんでいる。
「…どう!?ねえ!素晴らしいでしょ!?これがアイドルよ!」
「すごい…すごいです…!アイドルってすごいです!」
はいいろはものすごい勢いでしっぽを振り、足りない語彙力で全力で同意した。
「…ばかみたい」
「それでね。そのアイドルになるためのイベントが、このちほーで開かれるの!それがおーでぃしょんよ!そもそもアイドルっていうのはね…」
814番の意見を無視して、プリンセスは講釈を垂れ始めた。
左目を輝かせてプリンセスのアイドル指南を聞いていたはいいろは、なにか決意をしたようだ。
「レトリバーさん。私、アイドルに、なりたいです。」
はいいろはレトリバーの目をまっすぐに見て、真剣なトーンで言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます