第146話 乙女理論と彼の周辺



「ちょっとユリア! じっとして……!」

「はい……」



 と言うことで諦めた僕は、先輩のいいなりになっていた。


 何をされているのかもよくわからないままに、肌に色々と塗られていく。ファンデーションとかチークとかは分かるけれど、そのほかの技術についてはさっぱりだ。そうして先輩は肌の工程が終わると、次は目に移るみたいだった。



「うーん。やっぱり、ユリアの目は綺麗ねぇ……さて、ちょっとまつ毛をあげましょうか」

「え、まつ毛をあげるですか?」

「そうよ。以前は手をつけてなかったけど、今回は妥協したくないから。こっちもちゃんとやるわね」

「……そうですか」



 ――妥協してくれ


 と心の中で思うも、もう無駄だった。


 ここまで来てしまえば、手遅れなのだ。あとは流れに身を任せるだけである。


 そうして先輩はハサミのようなものを取り出すと、それを僕のまつげに当てようとしてくる。



「ちょ!? それハサミじゃないんですか!?」

「これはビューラーよ。まつげ上げるのに使うの」

「……そ、そうなんですか?」

「うん。だからじっとしててね」

「……」



 じっとしているとまつげにそれを挟み込まれ、少しだけ違和感を覚える。その工程を両目にやると、次はアイラインだとかなんとかを僕の目に施していく。そうしてしばらくすると、僕のメイクは終了。でもこれだけではない。今回はウィッグも被って、ヘアメイクをするそうだ。


 ――あはは……僕はそう、人形だ。先輩の着せ替え人形なのだ……。


 どこか諦めつつも僕は素直に従う。



「よし……ウィッグはすんなりといったわね。じゃあ巻いていきましょうか」

「……はい」



 先輩はカールアイロンを取り出すと、僕の髪、厳密にはウィッグだがそれを巻いていく。長さは胸より少し上ぐらい。セミロングにしては少し長い程度だろうか。もちろん色は元の僕の色に合わせて純白。


 一体こんな代物をどうやって入手うしたのか、色々と聞いてみたいが藪蛇なのでそれはしないことにした。


 今回のテーマは、大人の美人と言うことらしく、髪型も大人っぽくしたいらしい。


 大人っぽいのに服装はゴスロリなんですか? と聞きたいがこれも藪蛇だ。



 そうして先輩は丁寧に僕の髪を巻いていく。毛先だけを器用に分けて掬って取ると、それに熱を当てて形を変えていく。曰く、髪とはたんぱく質でできているので熱する時に変形し、冷める時に形ができるのだとか。



 普段髪をいじったりしないから、全くわからないものの先輩はそう熱弁していた。


 おしゃれする女性の一端を改めて垣間見た僕は、本当にその努力には尊敬を覚えるが……その対象が僕でなかったら、なお良かったのに……。



「よぉ〜し。いい感じよぉ〜」



 そう言うと毛先だけ綺麗に巻き終わった髪に丁寧に香料をつけて、さらには少しだけ髪の操作性を上げるためにオイルも付け足していく。


 わずかに濡れている感じが出て、それは不潔ではなくおしゃれなモノだととして認識される程度である。


 そのまま僕はゴスロリの衣装を以前のように着て、編み込みのロングブーツも履くことで終了。



 先輩はそんな僕のことをキラキラとした目で見つめている。



「さいっ……こうよっ!! 流石、ユリアね! ここまでくるとあなたの性別を疑いたくなってくるわ。もしかして女なんじゃないの?」

「男ですよ、僕は……」



 辟易しながらも、僕は姿見の前に立つ。


 うん。自分で言うのも難だけれど、これは完全に女性だ。男らしさなど、微塵も残っていない。完璧に女性にしか思えないメイクに、その髪型も軽く胸にかかる程度の綺麗なウェーブのかかったセミロングの髪の毛。


 それにゴスロリの衣装に、編み込みの漆黒のロングブーツ。


 ひらひらとしたスカートはすごくスースーして、違和感バリバリだが先輩はそんな僕を羨望の眼差しで見つめている。



「よし! じゃあこれで街に行けるわね!」

「それはそうですけど……これで街に行くんですか? 本当に?」

「当たり前じゃない。もともと、ユリアが外にバレないように出たいって話だったじゃない」

「……覚えてたんですね。完全に僕をいじることに集中していると思っていました」

「……まぁ、その側面もあることは否定しないわ」



 僕から目を逸らしながら答える先輩。


 こうなってしまっては、もう街に出ないという選択肢は逆にない。


 むしろここまでしたのだから、出た方がいいだろう。絶対に誰かに気がつかれることはないだろうし。



「はぁ……まぁ、とりあえずいきましょうか」

「そうね!」




 ◇




「ふふふ……」

「先輩、腕を組むのはいんですがその……なんか道ゆく人にすごく見られている気が……」

「いいのよ。そんなことは気にしなくて」

「いや……めっちゃ見られているんですけど」

「それはユリアを見ているのよ。超絶美人だし」

「そうですか? 先輩も可愛いと思いますが? その服装もよく似合ってますし」

「……! そ、そう?」

「はい。普通に可愛いと思います。まぁ僕の主観なんで、あまり参考にはならないかもしれませんが……」

「ふーん。そうなんだぁ……可愛いんだぁ……」



 先輩は髪の毛をくるくると指先で巻きつけながら、僕の隣を歩いている。


 そんな僕らが目指すのは、お気に入りのカレー屋だ。実はその場所は路地裏のあまり人のいないところにある。ここはカレー好きの人が通う場所である。


 ミーハーな人たちは街の中央にあるレストランに赴くが、それはナンセンス。


 カレーを食べるならここだ。



「……いらっしゃい」


 店長のおもてなしはいつもぶっきらぼうだ。だがそれが逆に心地いい。


 これこそが我がホームであると感じながら、カウンター席に着く。この店はカウンター席が8つしかない。そしてちょうど奥の二つが空いているので、そのまま歩みを進めるが……僕は気がつく。そこには見知った人間がいるのだと。



「あれ、先輩じゃないですか」

「エイラ? それに……あら? 隣にいるのは、エイラのお友達?」



 そう。なぜかシェリーとリアーヌ王女がそこにいたのだ。僕は二人の方に顔を向けないようにして、そのまま席に着く。


 現在の配置は、シェリー、リアーヌ王女、先輩、僕、となっている。


「あら、二人とも奇遇ね。それにしても珍しい組み合わせね。シェリーとリアーヌだなんて」

「まぁ少し思うところがありまして……で、そちらの方は? エイラ、紹介してくださる?」



 はい。死にました。


 ここまできて何も話さないのはおかしいだろう。


 それに以前にシェリーにはこの姿を見せている。今回もその延長ということで、まぁ……仕方ないだろう。ちなみに注文はささっと済ませた。もちろんカレー一択。その中でも今日はドライカレーにしておいた。



「リアーヌ王女、シェリー。どうも……ユリアです……はい……」

「え!?」

「あ! ユリアってば、またやってるの!?」



 二人の方を向いて、僕はぺこりと頭を下げる。


 そんな僕の姿を見て、食いついたのはリアーヌ王女の方だった。



「え!? ちょ!? ほ、本当にユリアさんなの!? 美人な女性がユリアの声真似をしているとかではなく!?」

「……残念ながら、本物です……はい……」

「えぇ……ここまでクオリティだと、本当に女性にしか思えませんね!」

「どう? ユリアちゃんは私の作品なのよ? すごいでしょ?」

「えぇ……エイラってば、そのプロデュース能力はすごいと思いますけど……次は私も協力したいですね」

「お、リアーヌもいける口なの?」

「えぇ。なんだかものすごくインスパイアされました。次はこういう派手なのもいいですが、清楚路線もいいかもしれません」

「清楚ね〜。実は私もやろうと思っていたのよね」

「ちょ!? 僕のこれ、まだやるんですか!?」

「当たり前じゃない。なに、文句でもあるの?」

「そ、そりゃあ……」

「文句あるの? ねぇ?」

「えっと……その……」


 ものすごい眼を飛ばしてくる先輩。


 僕は彼女には頭が上がらなく、そのままやむなくその言葉を受け入れてしまう。


「……ないです。はい……」

「よろしい」


 そうして僕の女装談義で先輩とリアーヌ王女は盛り上がるのだった。ちなみにシェリーは一心不乱にカレーを掻き込んでいた。


 きっとまた僕は女装することになる……そんな悲しい予感が頭に過るのだった。とほほ……。

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