第139話 Liane's perspective 4:誰よりも愛おしい貴女は、もういない
作戦は成功した。そんな報告が入ってきて、作戦司令部は湧いた。みんな大騒ぎだった。それもそうだろう。だって、私たちはずっと旧態依然としたままで前進できていなかったのだ。それが今こうして、大地をこの手に取り戻したのだから。
残党の魔物も全て狩り終わり、対魔師たちは続々と戻ってきているそうだ。すでに戻ってきてる彼らは、盛り上がっている。それは外の声を聞いても明らかだった。でも今回は犠牲者がゼロだったわけではない。全体の一割にも満たないが、それでも死んでいった対魔師はいるのだ。
そしてその死亡者リストの中にある名前を、私は呆然と見つめていた。
ベルティーナ・ライト。
そうリストには表示されている。何度見ても、それが覆ることはないというのに、私は見つめ続けていた。
「……」
ユリアさんとシェリーさんが、その死亡を確認したようだ。
二人は今、ベルの死体をこちらに運んでいる最中らしい。そんな報告を、私は呆然と聞いていた。ただただ、信じられなかった。私はこの目で見るまで信じない。ベルはきっと、帰ってくる。そうだ。これはきっと、私を驚かすためにそうしているに違いない。全くベルも、こんな大事な作戦の時にこんないたずらをするなんて、ダメな人だ。戻ってきたら叱らないといけない。
そんなことを考えていると、ユリアさんたちが戻ってきたらしい。
その瞬間、周りの騒音がシンと静まりかえる。
まるで今までの喧騒など嘘だったかのように、場の空気は静まり返る。私はすぐに作戦司令部を飛び出た。もちろんそれは、戻ってきたベルを労うためだ。
「……ベル?」
外に出ると、そこにはユリアさんとシェリーさんがゆっくりと歩いてきていた。もう視界に捉えることはできた。
でもそれは……どこか哀愁が漂っていた。他の対魔師をもそれを感じ取ったのか、完全に静まり返っている。
シェリーさんは何やら布に巻かれた大きな棒状のものを持っている。それに右目には大きな布が巻かれており、それは真紅に染まっている。
おそらく目に負傷でもしたのだろうか。それに左目は何度も擦ったのか、赤く腫れあがっていた。それはユリアさんも同様だった。
彼のその双眸は、真っ赤に染まっている。それは
二人ともに、涙を流していたのだ。それも、枯れ果てるほどに。そうでないと、あんな跡は残りはしない。
そんなユリアの背中には、彼と同じ大きさの人間が乗っていた。その姿を私は誰よりも知っている。ベルだ。ベルが帰ってきたのだ。
私は笑顔を綻ばせて、タタタとその場に走っていく。まだ小雨が降っているも、そんなことはどうでもいい。今は早く、ベルにおかえりが言いたい。
「ベル……おかえりさない!!」
「……」
「よかったわ。今回も無事に帰ってきたのね」
「……」
「ねぇベル。いつものように一緒にケーキでも食べましょう? 今回は栗のケーキにするのよ? 以前言ったわよね?」
「……」
「ねぇベル、寝ているの? どうしたの?」
「……」
私はユリアさんの背中にいるベルに話しかけ続ける。それと同時に悟る。ベルの軍服の左腕の袖に、何も入っていないことに。右手はだらりと垂れ下がっている。でも、左の袖からは何も出ていない。
さらにちらっと目に入ってしまう。シェリーさんが持っている布が巻かれたそれからは、人の指先が見えたことに。最悪の想定が脳内に過ぎるも、私は敢えてそれを見て見ぬふりをする。
「べ……ベル? ど、どうしたの? 疲れているの? まだ寝ているの? そろそろユリアさんも重いだろうから、降りた方がいいんじゃない?」
「……」
「……ね、ねぇ。ユリアさんも、ベルに何か言ってよ。ねぇ、ユリア。どうしたの?」
今は完全に外聞を忘れていた。ユリアと呼び捨てにするのは、二人きりの時だと決めていたのに普通に呼びかけてしまう。だってそれは、彼が私から目を逸らすようにするから。まるで、かわいそうな何かを見つめているかのように。
かわいそうな、何か?
それはきっと……。
いやそんなわけはない。私は依然として、ベルに呼びかける。
「ベル……ねぇ、ベルってば」
「……」
その体を揺する。でも反応はない。そして私の手には真っ黒な塊が付着する。これは……何だ? これはまさか……。
知っているとも。血液は時間が経過すれば凝固し、真っ黒になるのだと。つまりこれは、ベルの血だ。早く、早く治療をしないとッ!!
「ユリア! 早く、ベルを医務室に! 血がこんなにも! それに黒くなっているから、時間がかなり経っているみたい! 早く……早く行かないとッ!」
「……リアーヌ王女」
「……どうしたの? そんな思いつめた
「ベルティーナ・ライト大佐は
「ふふふ、そんな悪質な冗談なんて、らしくないわよユリア。ねぇ、シェリーさんもそう思わない?」
「……先生は亡くなりました。遺言は承っています」
「……やだ。何を言っているの? 何を……」
シェリーさんは真っ赤になっている目を私に向けると、こう告げた。
「お世話になりました、と。それと今まで、本当に……ありがとうと、先生はそうリアーヌ様に仰っていました。それとこれを……」
渡してきたのはすでに真っ黒になってしまった、ペンダントだった。それは私がベルについ先日渡したものだった。その黒さはベルの血なのだろう。完全に凝固している血がついたそれを、私はそれを震えながら受け取った。
「あああ……あぁあああ……あああああ……」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ――。
そんなわけはない。ベルは生きている。死んでいるわけはない。だって、だってベルは約束したのだから。絶対に、絶対に帰ってくるのだと。生きて戻ってきて、二人でいつかケーキ屋さんを開くのだと、そう誓ったのだから。
ベルが約束を破るなんて……そんなわけが……。
「嘘よッ!! ベルが死ぬなんて、ありえないッ!! ありえないッ!! 嘘をつかないでッ!! 嘘よ……こんなこと……嘘よッ!!」
なりふり構わず私は泣き叫ぶ。もうこの目から溢れる涙は止まることはなかった。報告では聞いていた。でもそれは間違いだと信じたかった。
だがこうしてユリアさんの背中にいるベルは、まるで本当の死体のようだった。
その体に温かみを感じない。完全に死に果てた人のように、冷たい体をしていた。
「……リアーヌ王女、気持ちは……気持ちはわかります……でも、ベルさんは魔人に敗北したのです。負けたのです……」
「嘘ッ!! ベルは人類最強の剣士なのよッ!? 負けるわけが、そんなわけがないでしょ!? ねぇッ!?」
思わず、後ずさる。両手を頬に当てて、涙を拭うもそれは決して止まってくれはしない。
永遠に流れ続けるそれは、示しているのだ。
そう、もうとっくに分かりきっている。
ベルは、あの優しいベルはもう……この世界にいないのだ。
「あぁああ……あぁあああああ……ああああああ……」
その場に崩れ落ちる。もう分かってしまった。ベルが死んでしまったのは本当なのだと。もうベルに会うことはできない。二人で話すことも、頭を撫でてもらうことも、私が作ったケーキを食べてもらうことも、もう……叶わない。
叶いはしない……のだ。
「ベルは……彼女の最期は……どうでしたか……」
「……立派に戦いました。ベルさんはその役目を果たしました」
「そう……そうですか……」
地面に顔を伏せる。懸命に役目を果たしたとしても、死んでしまっては何の……何の意味もないではないか……。
――ベルどうして……どうしてあなたは……。
「……ユリアさん、シェリーさん、ここまでベルを……彼女を連れ戻して来てくれて……ありがとう。あとは……医務室に連れて……行ってあげてください。後の処理は……そちらで……してくれるでしょう……」
「……わかりました」
頭を下げて、二人は医務室へと向かっていく。
私は天を仰ぐ。雨は終わり、この世界に光が戻ってくる。でもそれは赤黒い、黄昏の光だ。明るい、どこまで明るい、紫黒の光。
一方で私の心は、闇に染まっていた。もうベルに会うことはできない。
もう……決して会うことは叶わないのだ。
「う……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
改めてその死を認識すると、私は再び泣き崩れた。
さようならの言葉を言うことも叶わずに、私はただただ泣いた。
この体の体液の全てが、涙として出てしまうのではないかという勢いで。
――ねぇ、ベル。私は……私はこれからどうしたいいのかしら。あなたがいないこの世界に、意味なんてあるのかしら。ねぇ、ベル。教えてよ……ねぇ、ベル。
その問いかけはもう無意味だと知りながら、私はベルのことを想い続けながらその場で泣き続けた。
この涙が枯れるまでずっと。
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