第114話 緊急会議



 危険区域レベル3にも拠点を作り、とりあえず作戦の第一段階は終了した。戦うにしても、ただ闇雲に戦うわけにはいかない。人間にしても、それに魔族だとしても永遠に戦うことなどできないのだから。



 そして今僕らは、改めて会議を開くということで第一拠点に戻ってきていた。各エリアにある拠点には、すでに対魔師たちが配置についている。さらに第一拠点、第二拠点、第三拠点、その全ては結界を生成し簡単に破壊できないようにしてある。今回はその役割を、エルフたちとノアがやってくれた。はっきり言ってその結界はたとえ僕でも破るのは骨が折れる。というのも、ただ単に物理的に破壊できるものではないからだ。




「それにしても、緊急会議ですか」

「あの件じゃない?」

「……私も、そうだと……思う」



 僕、先輩、ベルさんは3人で第一拠点にある司令部へと歩みを進めていた。そして今話しているのは、魔物がいない……ということだ。厳密にいえば、スコーピオン巨大蜘蛛ヒュージスパイダーはいたのだが、今までの黄昏危険区域に比べればいないも同然だ。



 危険区域レベル1~3は特級対魔師レベルならば、難なく戦闘できる場所ではあるがやはりこの場所の問題点はその質量にある。どこに行っても必ず存在している魔物たち。それが今はまるで誰かが意図的にそうしているかのように、ぱったりとその存在を隠しているのだ。


 いやもしかすると、隠しているのではなく……別の何かが起きているのかもしれない。



「着いたわね。さ、さっさと行きましょう」



 先輩がそう言って先にテントの中に入っていくので、僕とベルさんもそれに続く。中に入ると、すでに特級対魔師の面々は揃っていた。室内には大きな縦長の机が置かれており、さらには投影魔法でも使用しているのだろうが、奥の方では黄昏危険区域レベル5までマッピングされていた。それに拠点の位置や、各拠点にどれだけの対魔師がいるのかまで明らかになっている。



「これで全員揃いましたね」



 そう告げるのは、リアーヌ王女だった。今は軍服を着ているのもそうだが、眼鏡をかけてさらには長い髪をアップに纏めている。その容姿は明らかに知性を漂わせている。と言ってもリアーヌ王女の聡明さは、見た目だけではないのは誰もが知っていることだ。



 さらにこの場に一人、特級対魔師ではない人間がいた。



 名は、エイブラハム・オールストン。階級は大元帥。今回の作戦の最高司令官であり、人類を幾度となくその采配で救ってきた英雄でもある。元々は最前線で戦う対魔師であったが、左腕と右目を失ったのを機に後方での作戦指揮官に抜擢されたらしい。その後はその圧倒的な知能を生かして、幾たびの戦場で確かな戦果をあげてきた人だ。直接話したことはまだないが、その圧倒的な雰囲気に僕は飲まれそうになる。


 伸びきっている髪を後ろで一つにまとめ、眼帯をしているのも相まってかなりの重圧がある感じだ。身長も190センチ後半とかなり高い。



 そして僕は全員がついている机にみんなと同じように並ぶと、リアーヌ王女が説明を始める。



「ではこちらをご覧下さい。現状を説明いたします」



 投影魔法で、机の上に立体的に地理的な部分、さらには拠点と、生命反応が赤い点で示される。



「現在、負傷者、死者ともに0人。拠点もまた、予定よりも早く設置できました。第二拠点はエルフの村の隣に設置し、彼らの結界を延長するようにしています。さらには彼らの結界魔法の技術は、すでに他の拠点にも応用してあります。もちろん、この第一拠点にも。そして問題の魔物ですが、ベルが隊長を務める第一小隊が接敵したのみです。魔物の個体名は、スコーピオン巨大蜘蛛ヒュージスパイダー。共に、レベル3までなら一般的な魔物ですが、他の方も気がついている通り、数が少なすぎます。普段の10分の1……くらいでしょうか」



 そしてリアーヌ王女がそう告げると、オールストン大元帥が口を開く。



「……さて、特級対魔師の諸君よ。現状をどう見る」

「意見、いいでしょうか」

「構わない」



 そういうのは、デリックさんだ。特級対魔師序列5位という地位に位置しているが、彼もまたエリーさんのように研究者としても活動をしている対魔師だ。しかしエリーさんが亡くなってしまい、研究施設の管理などが忙しいにもかかわらずに今回の作戦にもしっかりと参加している。


 

 おそらく、今の特級対魔師の中で一番知性が高いのは彼だろう。だからこそ、誰も口を挟むことなくデリックさんの意見を聞く。



「以前のリアーヌ王女の話を総合すると……魔物たちは統一戦争とやらに駆り出されているのでは?」

「確かに……クローディアの記憶の中にはありましたが、あれは魔人側の勝利で終わったらしいですが」

「もしかすると残存兵力を集めて、さらに泥沼の戦いと化しているのでは? それを考慮すれば、この状況も頷ける。しかし現状として、それを楽観視するのもよくない。今回は予想外にエルフたちの助力も得ることができました。ここは思い切って、レベル4まで拠点を広げるのもアリかと」

「ふむ……デリックのいうとおりかもしれないな。さてここでもう一人意見を聞こうか。ユリア・カーティス、君はどう思う」



 オールストン大元帥にそう話を振られるも、それは想定内。この中でも知覚能力が最も高いのは、僕とリアーヌ王女だ。彼女からはすでに意見を聞いているのだろう。それに、僕は最前線でこの黄昏眼トワイライトサイトで情報を収集している。



 そして僕は今まで集めた情報と、自分の考察を踏まえて語り始める。



「私も、進軍には賛成です。レベル3の奥の方でも、黄昏眼トワイライトサイトの知覚には魔物は引っかかりませんでした。おそらくデリックさんのご指摘通りか、または別の理由かもしれませんが、魔物側にも何か事情があるのかもしれません。しかし一つ懸念があります」

「ほう……いったいなんだね?」

「はじめに接敵したスコーピオンですが、私にはどうにも逃げてきたように思えたのです」

「……報告書にもそう書いていたな。詳しく聞こうか」

「あのスコーピオンの群れ。僕らを襲うにしても、統率が取れていませんでした。私が黄昏で彷徨っている時に何度か戦闘をしたことがありますが、その時はかなりの連携を取っていました。しかしあの時は連携もなく、バラバラ。ただ目の前に敵が現れたから仕方なく戦っている。そんな印象でした」

「なるほど……やはり、魔物側にも何かあるようだな。と言っても、我々も奴らの事情などを汲んでいる余裕もない。このままレベル4に拠点を設置。その後は、様子を見てレベル5に行く。いいな」

『了解』



 そうして会議は少しだけ続き、僕らはそこで解散となった。




 ◇



「ユリアさん、ちょっといいですか」

「リアーヌ王女、どうかしましたか?」



 外に出ると、やってきたのはリアーヌ王女だった。



「ユリアさんはエルフたちをどう思いますか?」

「特に何も……先ほどの議題でもあまり上がりませんでしたし」



 あれからさらに会議は進行したのだが、主にそれはエルフとの交流についてだった。ただ、それは今回の作戦にそれほど重要なものではなかったので僕は話半分に聞いていた。彼女の件、アリエスのことはすでに報告書にあげて全体で共有しているし。



「……どうにも嫌な予感がするのです」

「何か感じたのですか?」

「いえこれはただの直感です……でもくれぐれもお気を付けください。完全に気を許してはダメだと思うのです」

「……ご忠告ありがとうございます。最低限、疑うことは忘れないようにしてみます」

「お願いしますね」



 そこで僕らは別れた。この時はリアーヌ王女も心配性なんだろう……そう簡単に結論づけていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る