第113話 本領



 僕らは黄昏危険区域レベル3へと進軍していた。ここまでレベル1、レベル2と特に何もなかった。そう、何もなかったのだ。あったのはスコーピオンの群れが襲ってきたぐらいで、それ以外では魔物に遭遇していない。



 黄昏に何度も赴いたことのなる者ならば、この違和感に気がついているだろう。司令部でもその件で会議があったらしいが、厳重注意するくらいしか結論は出なかった。でもそれもそうだろう。しっかりと周りに注意すると言うごく当たり前のことくらいしか、僕らにはできないのだから



「ここが黄昏ですか……」



 そう呟くのはアリエスさん、いやアリエスだった。今回の件を機に、彼女は自分のことを呼び捨てにして欲しいと言っていた。だからそうすることにしたのだが、彼女からの呼び方は未だに『さん』付け。曰く、昔からそうしてきたので今更変えるのは違和感を覚える……とのことだった。



「黄昏といってもただの魔族、主に魔物が支配する大地だけどね」

「いえ……その、外に出れただけでも私は嬉しいのです」

「死ぬ可能性もありますよ?」

「それでも、です。だってどうせ私は……」



 第一小隊の最前線。戦闘はベルさんが歩いて、その後ろは僕とアリエス。そこから一級対魔師と二級対魔師の人たちが中に入り込み、後方はノアと先輩……という形だ。本来ならば、前線に魔法を使う対魔師は起きたくないのだが、彼女の強い希望で今はこのような形になっている。


 まぁレベル3程度なら、守ってあげることも可能だけれども……それでもやはり心配なものは心配だ。全くの未知数の能力。情報としては、特級対魔師に匹敵するほどの魔法を持つと言われたが……百聞は一見に如かず。僕は念のためにも、彼女を守れるように意識をしていた。



「……どうかしましたか、ユリアさん」

「……これは、敵ですね。ベルさんッ!」

「……了解。みんな、戦闘準備を……」



 僕の常時展開している黄昏眼トワイライトサイトによって魔物の存在を知覚。それはまるで僕らを待ち構えているように、横一列に並んでいた。距離にして……おおよそ、5キロ程度だろか。



 魔物の固有名は巨大蜘蛛ヒュージスパイダー。色々と因縁のある相手だが、すでに戦い方は熟知している。脚を切り落とす、頭を潰す、または魔法による攻撃は火属性が効果的だ。さらには周囲に糸を吐いているのか、至る所に蜘蛛の巣ができていた。その粘着性はかなりのもので一度捕まれば、自力での脱出はかなり難しいことになる……。



 そして第一小隊の全員で情報を共有すると、戦闘準備をし……そのまま全員で大地を駆けていく。



 もちろん先頭は僕とベルさんだ。風を切り、そのまま尋常ではないスピードで大地を駆けていく。両手に持っている複合短刀マルチプルナイフから不可視刀剣インヴィジブルブレードは発動済み。そのまま僕とベルさんは、目の前の個体を切り裂こうと互いにその刃を振り上げるが……次の瞬間、信じられないことが起こった。



「爆発……?」



 爆ぜる。爆ぜる。爆ぜる。ざっと二百匹近い巨大蜘蛛ヒュージスパイダーだが、その全てが次々と爆ぜていく。爆ぜた後もまた、その残骸は燃え続ける。まるでその場に何も残す必要はないとばかりに、灼け続けるそれを僕は呆然と見ていた。



 まさか先輩、それともノアがこれをやったのだろうか。



 そう思って後ろを振り向くと、その魔法を発動していたのは……アリエスだった。右手を前に突き出して、流れ出る汗を拭うこともなく、魔法を発動し続けている。そして……3分にも満たなかっただろう。巨大蜘蛛ヒュージスパイダーの大群はその存在をかき消された。何も、欠けらすら残っていない。そこにあるのは、ただ燃え尽きた何か。それだけだった。



「あ……その、もしかして余計なことをしてしまいましたか?」

「い、いや……」



 そう僕が言葉を紡ごうとした矢先、周りの対魔師が彼女を取り囲む。



「すごい、すごい!」

「エルフってやっぱりすごいんだな!」

「あんな魔法、初めて見た!」

「アリエスさん? だっけ? あなたすごいわね!」



 囲われている彼女はどこか苦笑いをしつつも、嬉しそうだった。そんな様子を見て、僕の周りにはベルさんと、先輩、ノアが近寄ってくる。



「先輩、ノア。あれ……再現できますか?」

「無理ね。爆発自体はできるわ。魔物の中に液体を気化させて、少し爆裂するように魔法を加えればいいけど。でも問題は、固有領域パーソナルフィールドね」

「う〜ん。あれは僕にも無理かなぁ……エイラさんの言う通り、固有領域パーソナルフィールドがやっぱり問題なんだよね。あれを突破するには、少し手間がかかるし……永久機関を使っても、あれの再現は無理だろうね」

「そう……か」



 今の魔法。以前イヴさんが使っていたのを見たことがあるので、理屈は知っている。だがしかし、問題は二人も言っていたように固有領域パーソナルフィールドの介入が凄まじいと言うことに尽きる。僕も固有領域パーソナルフィールドを無効化する、領域拡散ディフュージョンという魔法を使用できるがあれほどの数を一気にやるのは……不可能だ。



 そもそも僕の領域拡散ディフュージョンは、固有領域パーソナルフィールドを拡散させるものだ。言うならば、物理的に介入して力技でこじ開けるという表現が正しい。でもこれは一対一なら効力を発揮するが、今のような集団戦闘では無理に等しい。



 つまりは、アリエスの魔法は特級対魔師に匹敵するなんてレベルではない。特級対魔師を優に超えるレベルなのだ。



「ベルさん……上に報告したほうがいいのでは」

「そうする……これはちょっと、想定外だからね」



 そうして僕らは後にやってきた小隊と協力して、危険区域レベル3にも拠点を作り出した。ここまでは想定内。レベル3までならば、順調にこれる。その見識はおそらく、司令部だけでなく対魔師の間でも共通の認識だろう。だが問題はレベル4からだ。ここから先は、さらに黄昏が濃くなっていく。僕の場合は、黄昏の影響はもはや無いに等しい。むしろ、黄昏が濃くなるほど体が最適化されているような気もする。



 しかし、他の人は……普通の人間。どんな影響が出るかわからない。それに……エルフの黄昏に対する耐性はどうなのか。亜人なので、人間よりも耐性はあるだろうが果たして他の魔族のように強化されるのか、それとも犯されるのか、それはまだ不明だ。



 それに……やはり、僕は気になっていた。



 アリエス。彼女は何者なんだ。その熟達した魔法の技量。エルフの中でもトップクラスの魔法使いと聞いていたが、まさかここまでとは……エルフは魔法に長けている。だから何も不思議ではない。そう、むしろ当たり前のことなのかもしれない。でも僕は、何か妙な違和感を覚えていた……。



「あ、ユリアさん。先ほどは力になれたようで、良かったです」

「アリエスは……魔法が得意なんだね」

「その……はい。生まれつき、エルフの中でも魔法が得意で、昔からずっと練習してきたので!」

「なるほどね」



 嘘を言っている様子はない。おそらく本当に才能があるエルフなのだろう。それに人間の中にいるのは不安かもしれないのに、彼女は元気そうに振舞っている。僕は……まぁ、偶然初めに出会ったとはいえ、同じ隊なのだ。色々と人間の中でも慣れるようにもう少し話をすべきかもしれない。



 もちろんそれは打算的な意味合いもある。あの魔法のことも、気になるし……。



「さっきの魔法、固有領域パーソナルフィールドはどうしてたの?」

固有領域パーソナルフィールドですか? 申し訳ありません……ちょっと聞きなれない言葉で」

「まさか、普通に魔法を行使しただけ……とか」

「は、はい。私としてはいつものように、普通に魔法を使ったつもりなんですが……」



 あれが、いつものように、かつ普通……?


 僕は改めて知る。この世界は自分が思っているよりも、想像以上に広いものだと。

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