第103話 将来の夢は、ケーキ屋さん
近場にある大きな岩に腰を落とすと、僕らは会話を続ける。
「ユリアさんは将来の夢とかありましたか?」
「そうですね……僕は父が対魔師だったので、ずっと父と同じ対魔師になりたいと思っていました」
父親。今となっては血の繋がった父ではないのだろうが、僕はそれでもあの人のことは本当の父親だと思っている。僕に大きく影響を与えてくれたのは、他でもない父親だったのだから。
「そうですか。ユリアさんは昔から立派な人間だったのですね」
「いや……そんなことは。リアーヌ王女はどうだったんですか?」
「私はの夢はケーキ屋さんになることですね」
「え?」
「ふふ……驚きましたか?」
「それはまぁ、はい」
にこりと微笑みながら、僕の顔を覗き込むようにしてみてくる。そこにはどこか悪戯めいたものもあって、してやったりというのが表情に表れていた。
それにしても驚いた。まさか彼女の将来の夢がそんなことだったなんて。別に軽視しているわけではない。幼い頃の夢は人によって様々だが、今のリアーヌ王女からは全く想像はできなかった。彼女は昔からずっと、王族としての責務を果たそうとしているのだと思い込んでいたからだ。
「私は幼い頃に食べたケーキがとても美味しいと思いました。当時はやっと甘味などが大量生産されるようになり、ケーキなどが誕生しました。私はそれを食べて思ったのです。絶対に、これを作る仕事をしたい……と。もちろんお母様に言ったら、優しく諭されましたけどね。でも私の夢はまだ変わりません。と言っても、ケーキを売る経営の方に回るのか、それともケーキを作るパティシエの方に回るのか、それは決めかねていますけど……」
「……」
「ユリアさ〜ん。口、空いてますよ?」
「は! あ、えっと……す、すいません……ちょっと意外で……」
「意外ですか?」
「失礼かもしれませんが、リアーヌ王女は幼い頃からもっと王族の使命など考えていると思っていました」
「ふふ。そうだといいのですけれど、やはり甘味は女性が好むもの。私も普通の女性だったということです」
「普通の女性ですか」
「おや? 何か異論でも?」
「……まぁその……普通とは言い難いですから」
「それはユリアさんもそうでしょう?」
「はは、違いないですね」
互いに、聖人と魔人という特殊な存在である僕らはそんな軽口を交わす。初めてあった時はその美貌、それに立ち振る舞いから人を超越した神秘的な存在だと思っていた。その認識は先ほどまで変わることはないが、こうして改めて話してみるとリアーヌ王女も年相応の女性なのだとよくわかった。それにしても、ケーキ屋さんか……なんというか意外と似合っているかもしれない。もし彼女がそんな事業を始めれば、きっと大儲けだろう。
なんといっても、リアーヌ王女は人気がある。王族の存在、特に容姿などは市井の人間にはあまり知られていないが、軍人になると会う機会も少なからず存在する。そんな中で、軍ではリアーヌ王女の人気はものすごい。誰にも人当たりが良く、ただの一兵卒の人間にも優しく話しかけてくれる。その容姿だけでなく、彼女の性格もまた人気を高める要因となっているのだ。
「……私はこの黄昏から解放され、青空を取り戻した先にはそんなことをしたみたいと思うのです。普通の人のように、生きてみたいと。四六時中ケーキのことを考えられるなんて、素晴らしいと思いませんか?」
「……そ、そうですか?」
「そうです! とても素晴らしいことなのです!」
「えっと……そ、そうですね?」
「おっと。失礼しました。私ったら、つい熱くなってしまって」
「……ははは」
「では逆に、ユリアさんはどうします?」
「どう、とは?」
「黄昏から解放された先の世界のことです」
「先の世界ですか……想像できませんね、全く……もしかすれば、この作戦が上手くいって人は黄昏の先にたどり着くかもしれない。でも、また失敗して何百年も結界都市に籠ることになるかもしれない。僕には先のことなんて、イマイチ分かりません。先の世界でやりたいことなど、ないのですから。でももし、もし生きている間にそんな世界が来るのなら、そうですね……旅をしたいですね」
「旅ですか?」
「はい」
「どこへ行くのですか?」
「あてもなく、ただどこかに」
「それは旅というのですか? 目的があってこそ、成り立つのでは?」
「……自分探しってやつですかね」
「自分探しですか……ふふ、ユリアさんって面白い人なんですね」
「え……そうですか? 自分では至極真っ当な思考の持ち主と思いますが……」
「まぁそれはバイアスがかかってますね」
「意外とバッサリ切りますね……」
「私たちの中に遠慮などいらないでしょう?」
「僕は気を使ってますけどね」
「あらまあ! 本当に!?」
「いやなんですか、その演技じみた声と表情は」
「演者にはなれないでしょうか?」
「ちょっと棒読みですね。でも何事も練習ですよ、練習」
「ふふ、ユリアさんも割というようになってきましたね」
「本音を言うと、同い年の女の子程度にしか感じなくなったので。失礼でしたか?」
「そんなことはないですよ。私はこうして本音で語り合える人が少ないですから。それに同世代の男の子とこうして話すなど、全くなかったので新鮮です」
再び微笑みながらそう語る。話をさらに聞けば、どうやらずっと周りには同い年の友達などはいなかったらしい。大人の中で育って、そして人の悪意というものにも幼い頃から気がついていたという。打算で彼女に近づく貴族の大人は後を絶たなかったらしい。そんな中で処世術などを身につけて、さらにはこの世界について詳しく知るようになったという。大人たちはずっと黄昏に対してどうしていくべきかを語っていたという。そして母である女王はずっと忙殺されていたという。人の母親としてはおおよそ、母親らしい振る舞いなどはない。それでも、彼女はそんな母を尊敬していると。
人類のために自分の身を捧げる母。結界の維持に、結界都市の運営。やることは多すぎるも、それでも女王はそれをこなしてきた。そんな姿を見て、彼女は自然と王族としてやるべきことを認識したのだという。
しかし、王族の全てがそうではない。僕は以前起こったことを話した。
「グレーテ第二王女とは、仲が良くないと聞きましたが」
「……あぁ。グレーテお姉様は、仲が悪いというよりはお姉様が私を目の敵にしているというのが正しいですね。端的にいうなら嫉妬。それに私が聖人として覚醒してからは、一言も口を聞いていません」
「作戦前に、こちらにつかないかと勧誘されました」
「はぁ……まだやっているのですか、それ。特級対魔師に自分の陣営に入るように言っているのは有名な話です。最も、そんなことに人はいるわけがありませんが。お姉様の周囲にいるのは、権力に目が眩んだ汚い大人だけです。おそらく、私が聖人として覚醒し、時期女王になる可能性が高いから焦っているのでしょうね。本当に愚かな人です。同じ血が通っているとは思えないくらいに」
「放っておいていいのでしょうか?」
「一応、母が色々と抑え込んでいるようですが……どうでしょうね。しかしこんな時に王位継承の話をユリアさんに持ち込むなんて……姉に変わって謝罪を……」
「い、いえ! そんな滅相もありません! リアーヌ王女が謝ることなど、全くありません」
「そう。それなら、いいのですが……」
その後も僕らは雑談に花を咲かせる。何が好みで、何が嫌いか、色々となことを話した。そして最後に、彼女は意外な提案をしてきた。
「ねぇ、ユリアさん。二人きりの時は、呼び捨てにしませんか?」
「それは……ちょっと」
「二人きりの時だけでいいのです。ダメですか?」
「う……わ、分かったよリアーヌ。こ、これでいいですか?」
「はい。これからもよろしくね、ユリア」
色々と狡い人だ……そう思うも、僕はどこか気分が良かった。
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