第102話 異変



「特に何もありませんね」

「うん……そう、だね」



 現在は黄昏危険区域レベル1に拠点を作るということで、僕ら第一小隊はそのために周囲の警戒をしていた。今回の作戦では、危険区域のレベルが上がるたびに拠点を作る予定だ。その中でも作戦司令部は危険区域レベル1に置く予定なので、念入りに周囲を調査する。しかし周りには魔族はいない。よくこの辺りには魔物が出ることで有名なのだが、今はその気配もない。



 それとこの第一小隊にいる特級対魔師は、僕とベルさんと先輩だ。前衛は僕とベルさんで押して、後衛からはエイラ先輩たちの魔法で支援をしてもらう。それにこの小隊にいる他の対魔師たちも優秀だ。一級対魔師もそうだが、二級対魔師の人たちも黄昏での戦闘経験は豊富。第一小隊は常に最前線で戦うために戦闘力が高い対魔師で構成されている。今後編成の変更などはあるかもしれないが、現状はこれで進む予定だ。



「ユリア、何か感じる?」


 

 そう言って近寄ってくるのはエイラ先輩だった。



「いえ特には……いや、これは」



 瞬間、僕は自分の感覚に何かが引っかかるのを感じる。そしてすぐさま黄昏眼トワイライトサイトを展開。すると数キロ先に魔物の群れがものすごい勢いでこちらに近づいてくるのを知覚した。



「……スコーピオンの群れです。10キロ、いや9キロ先ですね……レベル2からこちらに押し寄せてきているようです」

「……数は?」

「およそ500ですかね。僕が知覚できるだけでは、そうです」

「……ベル、どうする?」



 先輩がベルさんに話しかける。この小隊の隊長はベルさんだ。僕と先輩は特級対魔師といえども、まだ経験は浅い。僕も序列零位という地位になっているが、まだ集団戦闘は不慣れだ。そのため最年長であるベルさんがこの小隊の指揮をすることになっている。



「……少し待って……司令部から、連絡が来た……」



 そう言ってベルさんは通信魔法を展開。そのまま会話を始める一方で、僕と先輩はすぐに他の隊員たちに戦闘準備をするように伝える。ここにいるのは百戦錬磨の対魔師たちが揃っている。負けるはずなど、ないだろう。



 それにしても、連絡が来るのが早い……そう思った。僕の黄昏眼トワイライトサイトでも知覚できたのはこの距離がやっと。10キロ以上離れていれば、厳しかったかもしれない。だというのに、後方にある作戦司令部から連絡が来るということは……おそらく、リアーヌ王女が知覚したのだろう。彼女の持つ天眼セレスティアルアイならば、この異常な魔素の流れを10キロ先からでも知覚できるのだ。



 そしてベルさんが通信を終えると、僕らに告げる。



「……魔物はスコーピオンが約500。個体は変異種でもなく、普通の個体。今回は……私たち第一小隊だけで対応することに……なった。行こう、もう敵は近い……」

『了解』



 その場にいる全員がそう告げると、僕らはそのまま前進していくのだった。





 ◇




「終わりましたね」

「うん……」



 その場にあるには大量の屍。地面にはバラバラに切り裂かれたスコーピオンの死体が散らばっていた。僕はその屍の上に立って、周囲を見渡す。



「ユリアくん……まだいる?」

「いえ、もういませんね。半径10キロ以内に魔物はいません」

「了解。それにしても……スムーズに終わったね」

「はい。皆さんの連携が良かったので」



 そう話していると、周囲にいる対魔師たちが何やらヒソヒソと話しているのが聞こえる。



「あれが人類最強か……」

「さすが序列零位と序列一位ね……」

「正直あそこまでとは、思ってなかったな」

「あぁこれならいけるかもしれない」



 そう興奮気味に話している面々。しかしそれもそうなのかもしれない。今回の戦闘では死者どころか、負傷者も出ていない。なぜならば、僕とベルさんで9割のスコーピオンを殺し尽くしたからだ。残りの隊員には漏れてしまったスコーピオンを相手してもらったが、呆気なく殺しきって終了。



 スコーピオンもこの隊の中で誰が一番強いのかわかっているのか、猪突猛進に僕とベルさんを主に狙って来たがそれはこちらとしても望むところ。ベルさんはその刀による圧倒的な剣戟で全てを圧倒。彼女がその刀を振るうたびに一気に何十匹のスコーピオンが絶命。一方の僕といえば、複合短刀マルチプルナイフ爆裂四散フルバーストで展開。さらにそれを幾重の枝葉が分かれるようにして、発動した。僕の不可視の刃はそのまま、ランダムな軌跡を描きながら次々とスコーピオンの脳天を貫いていく。



 このような集団戦ならば、この爆裂四散フルバーストが最も適している。そして僕は残っている敵をさらに削っていき……終了。今に至るというわけだ。



「ねぇ、あんたたち二人で十分なんじゃない?」

「そんなことは……ない……バックアップは必要……」

「そうですよ。僕ら二人でも、まぁ……やれたとは思いますけど。何があるかわかりませんから」

「そうだけど……ちょっと凄まじすぎて、ね。ユリアは本当に強くなったのね。前とは別人みたい」

「……まぁ僕は色々な意味で特別ですから」

「……そうね」



 魔人として覚醒しているから、とは明言しない。そんなことはとうに分かりきっているからだ。



「さて……終わったことだし……戻ろうか……」

『了解』



 そして難なく今回の作戦の初戦を終えると、僕らは拠点をへと戻っていくのだった。




「ユリアさん、大丈夫ですか」

「リアーヌ王女、どうも」



 そう彼女に告げられる。すでに時刻は夜になり、世界は闇に支配されていた。寝ると言っても熟睡するわけにもいかないので、交代で周囲の警戒をするのだが僕は自分が寝る時間だというのに妙に目が冴えていた。



 あれから拠点に戻ると、すでにテントなどは設置されており、さらには結界も何重にも展開されており完全な要塞と化していた。これを突破するのは、おそらく僕でも骨が折れる。魔人でも突破は難しいだろう。そんな強固な要塞と化した拠点に戻って来た僕らはすぐに司令部に行って今回の戦闘について報告。その後は日が暮れたので進軍は一時停止。そして食事をとって、明日に備えることになった。



 僕は寝ようにも寝ることができずに、その場をウロウロとしていた。今日はよく晴れているのか、星がよく見える。僕は呆然と立ち尽くしたまま空を見上げていると、リアーヌ王女と出会った。



 軍服を着て、その髪を綺麗にまとめている彼女だが……それはこの場には似つかわしくない。そもそも王族がこんな最前線に来ることなど、ありえないのだから。しかし彼女は聖人だ。詳しいことは聞いていないが、彼女は人の外にいる存在。先ほどの戦闘でも僕よりも早く敵の存在を知覚していたに違いない。その能力は脅威だ。作戦には欠かせない。それを彼女もわかっているからこそ、この場に来ているのだろう。



「眠れないんですか?」

「最近は妙に目が冴えてしまって……」

「……気がついているんでしょう。もう自分には睡眠はあまり必要はないのだと。私も、そうですから」

「……リアーヌ王女も、そうなんですか?」

「はい。私は聖人として覚醒しましたが、それ以来あまり睡眠が取ることができません。寝たとしても一時間程度で目が覚めてしまう。そしてそのたった一時間程度でも、日々のパフォーマンスは落ちることはありません。おそらく、シェリーさんとエイラは違うでしょうが……私とあなたはもう、睡眠も必要ないくらいに成長したのでしょうね」

「成長、ですか」

「人外になったと表現したほうがいいですか?」

「それは……まぁ、でもそうですね。成長といったほうがしっくりきます」



 気がついていた。僕はもう睡眠を必要としない。それだけではない。三大欲求も限りなくなくなってきている。感情もまた、希薄。そんな自分が少しだけ怖かった。だから隠して、笑っていた。でもリアーヌ王女も、同じなのか……。



「眠ることができない日々は、不安な時間が増えました。どうしても作戦が失敗したらどうしようと考えてしまう。一人でいると、頭がどうにかなりそうだと思いました。だから、少しお話でもしませんか?」

「話ですか?」

「えぇ。この世界を取り戻した後に、何がしたいとか……そんな夢物語をです」

「いいですね、それ」

「でしょう?」



 少しニヤッと笑う彼女は、年相応の少女に見えた。そうして僕たちはこの夜が終わるまで、そんなささやかな夢物語について語る。

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