第75話 追憶 2
フリージアは仲間を募った。自分の計画を成し遂げるには、一人では何もできない。これは大きなプロジェクトになるに違いないからだ。そう考えて彼はスポンサーや共同研究者を密かに探した。彼の意識にはこれは公にはできないという、微かな良心がまだ残っていた。だがそれでももう止まる事はない。彼の憎悪は歳を重ねるごとに大きくなっていったのだから。
「博士、成功を祈っているよ」
「……ありがとうございます」
スポンサーになってくれて貴族と握手を交わす。彼らの研究室となったのは、王城の地下だった。地下で活動をするのは、秘匿するために当然なのだがこの場所は何よりの魔素の通りが良かった。そして彼らは軍の上層部、王族、特級対魔師の目すら欺いてこの地下施設を作り上げた。
彼がどうしてここまでのことができたのか? それはカリスマ性が起因しているのだろうか?
否。それは人類の憎悪の象徴だったからだ。彼のような境遇の人間は山ほどいる。それは貴族にも、軍人にも、研究者にも、どこにでも存在する。あらゆる場所に魔族に大切な人を殺され、しかし何もできない人々がいた。だからこそ、これは時間の問題だった。人間が非人道的な実験に手を染める。それは別にフリージア・ローゼンクロイツだからこそ、起きたことでもなかった。いずれは誰かがたどり着いていた。
だが奇しくも、フリージアは天才だった。その天才性と狂気が混ざり合った時……人類は強大な力を手に入れてしまう。
「やった……できた、できたぞッ!!」
「博士、おめでとうございます!」
「やっとですね」
「博士についてきて、本当に良かったです」
地下施設。通称、『箱庭』と呼ばれ数十年が経過。箱庭では多くの研究者がいた。ここでは魔族に憎しみを覚えるものが、研究に勤しんだ。それは上の世界で研究している者とは純粋な熱量が違った。この世界を救うという動機よりも、この世界に復讐をするという動機の方が、先に結果を出してしまったのだ。
完成したのはプロトタイプ。人間をベースとしているが、魔族の魔素形態、
そして完成した個体が、溶液の中に満たされて漂っている。
「名前は、クローディア。彼女の個体名はそれにしよう」
クローディア。それは数十年前に彼が失った娘の名前だ。フリージアは同じ名前を彼女につけた。人工的に生み出されたとはいえ、娘には間違いない。彼は彼女にあの頃のような愛情を感じていた。しかし憎しみは、決して掻き消される事はなかった……。
◇
「パパ、私はどうしてここから出れないの?」
「もう少しすれば、外に出られる。それまでパパと勉強をしていような?」
「うん……」
クローディアの成長は早かった。そして何よりも知能が高いのと、彼女は転移魔法を扱うことができた。転移魔法とは、数百年前の人魔大戦で失われていたとされ、伝説級の魔法と評されてもいた。それに加えて彼女は現代魔法もまた、何の違和感もなく扱える。間違いなく研究は成功していた。
これまで数多くの人間に手をかけてきた。もちろん、研究に使うのは罪人などに出来るだけしていたが、それでも何の罪のない一般人を攫うこともあった。しかしその犠牲のおかげで、彼女は完成した。フリージアはすでに狂気に染まっている。彼女のためになら、さらには今後生まれてくる成功体のためならば、どんな犠牲も肯定される。彼はそう考えていた。
「……」
あれからまた数年。クローディアはベッドで一人、虚空を見つめていた。彼女がここ最近思うのは、ここがどこで、私は誰なのか、という疑問だ。クローディアは聡明だった。どんなこともすぐに覚えてしまうし、応用も利く。研究者たちはこぞって彼女に教育を施した。そして彼女は10歳になる前には、すでに研究者並みの知識を手に入れていた。その知性の高さは、挙動からも現れている。一挙手一投足、それに会話をすればそれは顕著だった。
そんな彼女の疑問。それは決して晴れる事はない。むしろ、日に日に彼女の欲求は強くなっていく。
(外に、外に行きたい)
外に行きたい。この薄暗い地下施設はもう懲り懲りだ。彼女は好奇心旺盛でもあった。そんな彼女はこの場所での行動はもう飽き飽きしていた。外に出たい……そしてクローディアは決行した。外の世界に出るのだと……。
「うわぁ……すごい……」
クローディアは外に出ることに成功した。研究室の出入りは、魔法により制御されているも、彼女はそれを難なく突破。そして初めて外の世界に出てきた。
「……赤い?」
初めに思ったのは、赤いということだった。この世界は赤い。厳密には赤黒い。それは黄昏に支配されている証拠。彼女はその事実は知っていた。あの地下でそう学んだからだ。数百年前の人魔大戦で人間は敗北。それから世界は謎の現象である黄昏に支配された。黄昏とは何か、一体外はどうなっているのか。それが彼女の好奇心をさらに掻き立てる。そして、知った。実際に世界はこうなっているのだと。この赤黒い光こそ、世界を支配しているのだと本能で悟る。
それと同時にクローディアは思った。もっと、もっと知りたい。どうして、この世界は黄昏に支配されているのか。どうして、数百年の間、黄昏は世界を照らし続けているのかと……。
「行こう……行かなきゃ……」
そう思うと、自然と足は外に向かっていた。地下施設から出た外の世界は、まだ第一結界都市の内部だ。しかしこの世界はもっと広い。広い世界が、この外には待っている。人間はそれを黄昏危険区域と指定しているが、彼女にとってそこは未知の世界であり、魅力の詰まった場所だった。
知りたい。どうして私は生まれて、そしてこの世界は一体どうして成り立っているのか。そしてクローディアは転移魔法で、黄昏へとその足を進めた。
「……魔物が多い」
黄昏危険区域、レベル2。そこは魔物で溢れていた。話で聞いた通りだった。黄昏は魔物で溢れている。そして人間など、その魔物の前では無力でしかないと……。
だが、クローディアはこの黄昏を難なく進む。箱庭を出てからまだ一時間と経過していない。だというのに彼女はすでに危険区域レベル3にまでやってきていた。怖いものなどない。むしろ、この乾くような欲望を満たせそうな今が何よりも楽しかった。生きていると感じることができた。あの窮屈な箱庭ではなく、この広い世界こそが自分の居場所なのだ。クローディアはそう思った。
そしてさらに歩みを進めると、彼女は人間を発見。だがすでにそれは全てが死体に成り下がっていた。バラバラになった肉塊を見て思うのは、人間の中身はこんなものか……ということだった。別に恐怖などなかった。
「……生き残りか?」
そこにいたのは人間に思えた。だが両手に持っている刀から滴る血を見て、さらにはその溢れ出る魔素を見て悟る……これは魔族だと。その中でも上位魔族である魔人だとクローディアはすぐに理解した。
「魔人?」
「軍服を着ていないな……なぜ、子どもがここに?」
「……子どもじゃないよ。クローディアだよ」
「そうか。では、クローディアよ。なぜここにいる?」
魔人は本来ならば容赦なくその子どもを切り捨てるつもりだった。だが、そうはしなかった。それはクローディアの発する魔素に興味があったからだ。
「さぁ……来たいから来たの。悪い?」
「一人でか?」
「うん」
「やはり……いやその姿は……」
「どうしたの?」
「お前は、人間なのか?」
「え?」
そして彼女は知る。どうして自分という存在が、生まれてきたのかを……。
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