第49話 第五結界都市



「では、これで失礼します」

「うん。またね〜。シェリーちゃんも、また会おうね!」

「はい。では、失礼します」



 僕とシェリーは頭を下げると第六結界都市を去っていく。


 あれから第六結界都市では何も起きる事なく、僕たちも通常通りに任務をこなしてここを去る事になった。シーラさんには色々とお世話になったが、それでもこの人が裏切り者ではないという証拠はなかった。これだけお世話になり、人当たりもいいというのに疑う必要があるとは……本当に嫌になってくる。



 そして再び黄昏に出ていくと、次は第五結界都市に向かう。もうこの黄昏の世界にも慣れたものだが、安全圏だからといって気を抜くわけにもいかない。



「そういえば、シェリーはだいぶ刀の扱いが様になってたね」

「そう?」

「うん。以前とは比べものにはならないと思う」

「……そうだといいのだけれど」



 第六結界都市での戦闘で、僕とシェリーは久しぶり一緒に戦った。そして僕は驚愕した。この短期間でここまで強くなるのかと。シェリーは以前とは全くの別人になっていた。その実力は一級対魔師の中でもトップクラス。僕は第七一特殊分隊で戦っているが、その中の隊員とも遜色はない。いや……むしろそれ以上かもしれないと感じ取った。



 刀という武器に変えたこともあるだろうが、それ以上にシェリーの成長は目を見張るものがあった。ベルさんの言葉を信じていないわけではないが、僕の予想をはるかに上回るものだった。でもシェリーはそんな自分に満足しているわけではなさそうだった。



「本当に強くなったと思うけど?」

「うーん……なんて言うのかしら、お手本にしているのが先生とかユリアの強さだから……満足できないのかも」

「……確かに特級対魔師を基準にすると、そう思うのかもね」



 シェリーが現在特級対魔師に届きうるのかと問われれば、僕はまだ届き得ないと答えるだろう。絶対的な基準があるわけではないが、それでも直感的にまだだと僕は思っていた。それはシェリーも同様なのだろう。彼女の欲する強さとはそう言うものなのだ。でも僕は、下手にこれ以上慰めたりはしなかった。


 これは彼女自身の問題で、シェリーが向き合うべきことなのだから。



 ◇




「おっす。ユリア、久しぶりだな」

「ギルさん。お久しぶりです」



 第五結界都市に到着。そこで出迎えてくれたのは、ギルさんだった。ちょうど今日は非番らしく、タイミングが良かったようだ。僕はギルさんの大きな手をガシッと握ると、挨拶を交わす。



「そちらのお嬢さんは、シェリーだな。前見たときよりも、ずいぶん成長してるな」

「えっと……その、ご無沙汰してます」

「あぁ。今後とも、娘によろしくな」

「はい」



 シェリーもまた、ギルさんとは面識があるようだった。


 僕とシェリーは挨拶を交わすと、そのまま基地の宿舎へと案内される。その道すがら、ギルさんはソフィアのことを尋ねてきた。



「どうだ? あいつはしっかりやってるか?」

「ちゃんとやっていると思いますよ。でも、シェリーは一緒の隊だから彼女の方が詳しいと思います」

「……えっと、ソフィアはそのしっかりやってると思います。でも……まだ、あの件は少し引きずっているのかもしれません」

「……ウォルトの件か。ユリアも聞いているのか?」

「もしかして、お兄さんの話ですか?」

「あぁ。ソフィアの兄で、ウォルトと言うんだが黄昏で行方不明になってな……」

「……ソフィアは乗り越えようとしてますよ。ちゃんと過去と向き合っています」

「……そうか」



 それ以上は僕たちはその件について語ることはなかった。




「さて、荷物は置いてきたな。とりあえず、ユリアは研究部に行ってくれ。あいつが呼んでるからな。シェリーは俺と訓練な」



 あいつとは誰だろうか。ちなみに、シェリーは驚いた顔をして「え!?」と言っていたが、まぁそう言われれば仕方がない。



「研究部ですね? その方の名前は?」

「特級対魔師、序列10位。名前はエリーだ」

「分かりました」

「さて、俺はベルが激推ししているシェリーの実力でも見るかな」

「……お、お手柔らかに」



 完全にシェリーは萎縮しているが、きっといい経験になるだろう。



 僕はそう思って、二人と別れて一人で研究部へと向かうのだった。




 ◇




「すいません、エリーさんに会いに来たんですが……」



 研究部に入ると、そこでは至る所でデスクワークと研究をしている人間がいた。でも僕がその名前を告げると、皆が露骨に苦い顔をする。何かあるのだろうか?



「その階段、降りて行けば彼女のラボに行けます」



 近くにいた女性がそう教えてくれたので、僕はお礼を言ってその階段を降りていくのだった。



「……長いな」



 すでにどれくらい降りたのだろうか。思ったよりも、階段は長いようだが……目の前に扉が現れてとりあえずホッとする。そしてコンコンとノックするが、反応がない。いないのだろうか……?



「……失礼しまーす」



 勝手に入るのは良くないかもしれないが、鍵もかかっていないのでとりあえず扉を開けてみた。するとそこに広がっているのは乱雑な部屋だった。机には大量の書類がぶち撒けられているが、実験器具はどうやらしっかりと配置されているようだった。それを見るに、相手の性格がなんとなく予想できてしまうが……エリーさんはどこにいるのだろうか?



「う……ううううん……うん……」

「え?」



 そう。その声は書類の下から聞こえたのだ。もしかして……と思って、その大量に広がっている紙の山を少し退けるとそこには……女性がいた。長く伸びる金髪の髪を机に広げ、そして目をつぶっているも長く伸びるまつ毛からは彼女の美貌が見て取れた。



「あの……」

「は!? い、いま何時!?」

「……10時前です」

「はぁ……よかった。寝過ごしてなかったー。って、あなた誰よ」




 ガバッと起きた彼女は白衣を軽く整えると、僕の方をじっと見てくる。



「えーっとユリア・カーティスです。その、以前お会いしましたよね? 第一結界都市で」

「あー! あなたがユリア!? 私はエリーっていうの! よろしくね! あ、ちなみに24歳の若いお姉さんだから! 若いね!」

「は……はい」



 いきなりガシッと手を掴まれてブンブンと握手を交わす。いや、それはもはや一方的なものだったが……歓迎してくれているのなら、良しとすべきだろう……。



「ふーん。ふむふむ……いやぁ、興味深いねぇ……」

「えっと何か?」

「実は前々から話をしてみたかったのよねぇ……ちょっと、そこに横になって」

「え? は?」

「いいから早く」

「はい……」



 有無を言わさないその様子に僕は呑まれてしまい、とりあえずベッドらしきものに横になる。すると彼女は僕の体に手をかざすようにして、何かを感じ取っている。



「うん……やっぱりね。ふむふむ」



 エリーさんはそういうと、紙にメモを取る。それもすごい速度で。



「えっともういいですか?」

「うん。いいよー」



 僕はベッドから降りると、彼女の手元を覗き込む。



「何をしているんですか?」

黄昏症候群トワイライトシンドロームについての考察。私の専攻は黄昏の研究だから。でもやっぱり、伊達に2年間もいたわけじゃないわね。黄昏の濃度がとんでもないわ。他の特級対魔師もそうだけど、やっぱりあなたは特別ね。普通の人間なら、死んでいるレベルよ」

「……僕には何かあるんでしょうか?」

「……可能性はいくつかある。私が最近考えている仮説とも……合ってる。でも、まぁそれはまたいつか教えるわ。今は裏切り者の件もあるしね」

「そうですか。分かりました」



 その後、しばらくエリーさんと黄昏について話し合うのだった。



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